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50年前から見た50年後はこう [映画 ソイレントグリーン 感想]


 こいつはすごいものを見てしまった。

 俺の好みにブッ刺さるSF。

 制作はなんと1970年代。50年も前だ。そして今作の舞台設定は2022年。現代だ。
 
 果たしてどれほど作中で描いた未来感と現実はリンクしたのだろうか。まず見てみよう。

 人口増加、それによる食糧不足と激しい社会格差。程度の大きさはあれど見事的中と言えるのではないだろうか。
 作中では牛肉が幻の食材とされ、りんごジャムが当時の価格で300ドル近くしていた。今の価値観だと1000ドルくらいだろうか。なるほどなあ。今一時停止して5分もしないうちに、なんならコンビニですら買えるのになあと面白くみていて、ハッとした。チキンクリスプはいつの間にか倍になった。ガシャポンは最低でも300円はする。

 ああ、こうやって少しずつ少しずつ確実にモノの価値は上がっていたんだ。このソイレントグリーンの世界でもそうだったんだ。

 そして、俺の生きる世界でもそれは確実に進んでいるのか…

 近未来を描いたSFだと、こうして必ず現代とリンクする部分が出てくる。それがこの物価や、バックトゥザフーチャーのエアマグみたいにリアルなモノだとフィクションと現実の境界線が薄くなり、いつかなくなる日が来るんじゃないかと言う気がしてワクワクしてしまう。

 逆に、外れていた部分もある。
 デバイス系統が全く進化していないという点である。
 ただ、今作の世界観だとむしろ技術革新が止まった世界観として説得力がある気もする。なので、個人的にはアリ。

 そして、そんな退廃的ディストピアを活かした素晴らしいシーンが、ソーンの同居人が自ら死を選択するシーン。

 この世界ではホームと呼ばれる安楽死できる火葬場のような施設がある。
 希望性で、本人の望む音楽、モニターには好きな景色、好きな色の照明と共に薬で死ねるようになっている。

 同居人はソーンのまだ生まれる前、地球に当たり前のように動物がいて、彼らの肉を食べられて、自然が溢れていた時を生きていた。そんな豊かな地球を知らないソーンに彼はいつもその様子を話していたが、ソーンはありえないと相手にしない。

 その同居人が自らホームに入る。それを知り急いで駆けつけるソーン。
 そこにはモニターいっぱいに広がるかつての自然に溢れる地球。

 あまりの美しさに言葉を失い涙を流すソーン。
 同居人も、言っただろ?と涙する…

 このシーンのソーンの感動する様が本当に良い。
 日常のふとした時、よく晴れた日の青空や、なんとなく見た遠くの景気に富士山が見えた時とか、そんな時ですら俺は感動することもあると言うのに。初めてみた地球の美しさなんてそれはそれは信じられないほどの感動なんだろうな。あのソーンの表情はその感動に満ちていたもんな。すごい良かったよ。
 と、同時に、そんな感動するほどの美しさが現代にはまだ失われず今もなお生き続けていると言うことでもある。もっと当たり前の美しさに目を向けてみるのも大切なんだとソーンから教わった。

 ラストも報われない感じが世界観と非常にマッチしていて良かった。これは傑作です。素晴らしい。

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