意識と視点と感覚をずらしてみること。
もともと舞台上で身体を使うということにおいて、
ある程度の経験なり、わかっちゃいるにはいるうちの子?な山崎正悟さん。
細かく言うと声と身体のバランス・一致せなあかんことを理解はしている。
片方だけでは駄目だというか、偏りというか、考え方として持っている。
実際出来るかは置いといて、わかっちゃいるからうちの子?にしてるが。
だがよ、ワシは別に定期的に稽古なりをすることはない。
それこそ演劇的な役者の訓練はいらないっつうか、
必要な人には必要だけど、んなん各自で足りないもの自覚しとけと思う。
まぁ何が足りないかはこっちとしてもわかってて、
でもいわゆる演劇的な、例えば「ダンス」では入らないことを知っている。
本人の知っている、苦手意識があったりするものは蓄積されないし、
下手したら苦行タイムでしかない。
ある意味、ワシは親切ではございません。
だって何が不足しているかは本人がわかっているから。
それを一から教える気はないし、それは成長なり蓄積の妨げになると思う。
「やらなきゃ」という意識が動いたら、残らないもの。
んでさ、ワシはよくある演劇的ワークショップとか行けとは言わんわけ。
ボイトレとかもある程度しつこく本人と出会う前にやってるし、実際。
最低限の演劇的なそこらへんは欲しけりゃ教えるし、
PCちゃんの不具合で更新止まってるけど、
映像の朗読で罠仕掛けてるし、読解なりどう読むかは本人が考えている。
どうせO.Kだしても本人「…」になるしよ。
でさ、一見関係ない、
無関係なことの方が本人の気づきみたいなのは出やすい。
ってか、無関係に見えるものほど本人の発見は見つかりやすい。
あくまでも個人の感想です。(最近の口癖)
てなわけで、さり気なくたまになんかお願いしているわけよ。
マイ人脈でのいろいろな人に、いろんな経験をさせてくれと。
今回は映画撮ってたり、役者もしてたり、
でもガチな格闘家でもある稲葉良光さんを召喚したわけですよ。
お試し導入のほんとの触りの部分をお願いして、
身体の使い方含め、
「格闘技」という視点・分野からの身体の動かしである。
演劇的身体の動かし方、連動と、
格闘技の身体の動かし方というのは近いようで遠く、
でも意識が入れば遠くはなく、近い話であって、
微妙に欠けている、不足している、緩慢になるところがさ、
いやこれは本人の自覚、認識のラインなので、
正確なところはワシは把握できないところだけれども、
今すぐではなくても、残るものだ。
本人に残るものが引き出しだ。
成長の糧だ。
こういうことがある、こういう考え方がある。
そういう使い方がある…etcをどこまでぶち込んであげられるかが、
一番大切だと思う。
ま、これも個人の感想です(笑)
他人を育てるというのは根本的におこがましい話だと思う。
日常的なところに関しては特に。
「公演」という目的、目標地点ではやることはやるが、
んなもん持ってる引き出し全部出せや!と個人的には思う。
引き出しに関しては「ここらへんにあるかな」の予測で、
推測でつついたりはするけれども、
でもまぁすべてを背負うというか、全部は無理だ。
無理ではないんだけども、その為の下地だけが投げられるもんだ。
下地をどう使うかはやはり本人の問題で、
その下地が使えるかどうかも本人の問題で、
まぁそれも「下地」がなんだかわかってなきゃどうにもならんけどな。
たださ、無関係なものなどはないんだよ。
日常生活の中で持ってる、どんな人でも実は持ってるものはあって、
その視点と演技においてどうリンクできるかである。
と思う。
芸の肥やしとはそういうもんだ。
てなことで、今回は短い時間ではあったけれども、
楽しそうに山崎正悟さんと稲葉良光師(氏)はやってたのでいいんだろう。
謎の師弟関係が発生したので吹いた。
ま、相性もあるんだろうけど。
不定期であれ、継続的にやることにはなったので、
「ま、いんじゃね?」と思いつつ、
どうせだったらマイ人脈を総出でやらかしてやろうかなとは思う。
なんにしても稲葉師(氏)には感謝でござる。
それを血肉にするかは山崎正悟次第である。
でもワシの芝居、原則動くな!だけどさ、
身体がね、ちゃんと一本通ってないとワシの本来の求めるっつうか、
存在感、役者=仏像論っつうやつが成立しないので、こうご期待?
ま、経験って視点と意識広げないとあかんよねってオチ。じゃないと時間の無駄だよ。下手したら金の無駄だよ。
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