ブログで人生変わったな。この5年間のサイト運営をざっくり3,000文字で振り返ってみる。

2017年9月にブログをはじめて、今年で5年経った。

自分にとってどんな5年間だったんだろう?と薄れた記憶を引っ張り出しながら振り返ってみたい。

2017年、私は税理士事務所に勤めていた(その後、退職)。職場の税理士がブログをはじめたという話を聞いて、興味を持った。

有名な税理士ブロガーがいて、今までの枠組みを壊すように「独立して人を雇う旧来のビジネスモデルから自己完結型で仕事をこなすスタイル」に切り替えることを提唱していた。
「そのためにはブログをやって、本業につなげよう」という流れで、従来のビジネスモデルに疑問を持っていた税理士たちを惹きつけ、セミナーの枠は常に埋まっている状況だった。

同僚はそのセミナーを受け、独立の準備としてブログを作っていた。

実際に見せてもらうと、これがブログ?普通のサイトじゃないかと驚いたのを覚えている。

ブログと言えばアメブロみたいな日常を書き綴るものだと思っていたから、"新しいブログ"って面白そうだなと感じた(その手法はかなり前からあったのだけど)。

私は思い立ったら行動に移さないと、何も手につかない性分なので、その夜にネットで調べつつ、サーバー契約してブログをはじめた。

翌日、同僚にブログを見せるとすごく驚いていた。あの時の私はきっとしたり顔だったんだろうなー。

税理士資格もないくせに今後の仕事のビジョンなどを書いていて、今思うと死ぬほど小っ恥ずかしいけど、あの厨二病第二期みたいなものがあったからこそ、今があると思うと笑い話にできる。

記事のネタになる仕事の話はあっという間に無くなって、趣味のことを記事にし始めた。

多趣味だったから書くネタには困らなくて、ゲームや音楽、ホラー漫画、アメコミ、サッカー……とにかく書くこと自体が楽しかった。
書くことの楽しさはずっと変わっていなくて、自分に合っていることを見つけられてよかったなと思う。たぶん中学生のときに文庫を読み漁ってたのが今につながっているんだろうけど、話が逸れるので、また別の機会に。

そのうち、ホラー漫画の界隈で知り合いが出来た。リアルで集まって漫画を持ち寄って酒を酌み交わすようになって、「あ、ブログを書いていてよかったな」って思った。

記事を書いてなかったら、Twitterをはじめてなかったら、その出会いはなかったし、交流がなかったら、私はブログをすぐにやめていたはず。

コロナ禍になって、最近はホラー漫画界隈の集まりに参加できていないのが少し寂しい。Twitterで生存確認は出来ているが、それでも実際に会うのはまた別の楽しさがある。

そういえば、今のパートナーと出会ったのもブログとTwitterと伊藤潤二先生のおかげなので、私はリアルに「ブログで人生が変わった人」だと言えちゃうね。胡散臭い情報商材より、よっぽど説得力がありそうじゃない?

時系列は少し前後するけど、パートナー(になる前)からサブカル(ゲーム・音楽・漫画)とサッカーは分けたほうがいいんじゃない?とアドバイスをもらって、ブログを分割することにした。

サッカーブログのほうはその後全然更新出来ていないけど、書きたいことは山ほどある。でも優先度を考えると他が先になってしまう。今ではサッカーを見るのも鹿島の試合だけになっている。

何かができる時間って短すぎるよね。本当に。

2020年にホラー漫画とゲームも分割することになった。

ホラー漫画は私にブログ・サイト運営の面白さを教えてくれたし、人との出会いも生んでくれたから、サイトは絶対無くさないし、もうそろそろ手を入れたいなと思っている。丸1年更新出来てないしね。

ゲームのサイトはアドベンチャーとシミュレーションで分けた。雑多なものよりも特化していたほうがユーザビリティが高い。正直、以前の働き方だったら作業時間は捻出できていなかったと思う。これも幸か不幸かコロナの影響。通勤時間がないってめちゃくちゃ大きい。

ゲームブログを独立させたぐらいから「ブログ」から「サイト」に変えて行きたいと思うようになった。実際、今はブログとサイトの垣根なんて無いけど、ブログというと未だに日記のイメージを持つ人もまだいて、下に見られることもある。まあ勘違いなんだけど。
すごいPVを稼いでいる人でも親近感を出すためにあえてブログと名乗っていたりするから、そのあたりは読者との距離感によるのかも。

というわけで、ここからはブログじゃなくてサイトと呼ぼう。

2つのゲームサイトを地道に運営していたら、セガさんに声をかけて頂いてレビュー記事を書くことになった。

サターンとドリキャスで育った私にとって、嬉しい以外の感情はない!と思ってお引き受けした。子どものころの自分に将来セガさんと仕事できるよって言っても絶対信じない。

私、リアルに「ブログで人生が変わった人」じゃない?(2回目)

それからは少しずつレビューの依頼も増えてきて、TGSはビジネスデーに招待して頂いた。本当にゲーマー冥利に尽きる。

それでも一番良かったのは人とのつながりかな。同じようなゲームが好きな人とTwitterとかDiscordで話すのは単純に楽しい。付かず離れずの距離感も心地良いし。パブリッシャーの方もフランクで感じが良い人が多い。

2022年。年末が近づいてきてもうそろそろ新しいことがしたくなった。
アドベンチャーゲームのサイトで百合ゲーとギャルゲーが少し浮いているのが気になっていて、これだ!と思った。
パートナー(ブロガー)が新しいサイトを立ち上げていて、私も便乗して百合ゲーのサイトを作った。

勢いに任せてスタートした感じもするけど、ここ半年ぐらいは自分のなかでずっと構想があったので、いい機会だった。

百合は漫画、アニメ、小説と各ジャンルで盛り上がっているけど、ゲームの盛り上がりは今ひとつだなと感じている。

ぶっちゃけた話をすれば、 百合ゲーメーカー・SukeraSparo/SukeraSomeroの古賀さんが『いつかのメモラージョ』『クダンノフォークロア』のパッケージ版売上に言及した記事(リンク)を読んで、ショックを受けたのもある。
最近は精力的に音声作品をリリースしているけど、ゲームの話題は特に無いし……(それでも『推しラブ』のSwitch移植は百合ゲー業界にとってめちゃくちゃ大きいと思うけどね!)

百合界隈は盛り上がっているように見えていたけど、他のコンテンツに起因するもので、百合ゲーはそこに乗っかってないんだ……。百合ゲー愛好会の更新頻度が落ちるタイミングともリンクしているし、メーカー側がメディア運営するのはコストから見てもマンパワーから見てもしんどいのかもしれない。

じゃあ個人メディアとして私がやればいいんじゃないかと思った。
ただでさえパツパツだけど、それでもやる価値はあると感じている。

SukeraSomeroさんのブランドコンセプトは「世界を百合で溢れさせる!!」だけれど、私は世界を「百合ゲー」で溢れさせたい。

まだアドベンチャーゲームのサイトだったときに「ローカライズしてほしい海外百合ゲー」で特集記事を作ったら、反響があった。
日本の百合ゲーは言わずもがなで、海外の百合ゲーももっと日本に入れていきたい。

私が百合ゲーに対してできることはもっともっとあるはず。
それを新しいサイトでやっていきたいな。

と思っているうちにサイト運営歴が5年になりました。どれだけサイト作ってたんだよって感じだけど、どれも好きなことだから仕方ない。
まだまだこれから。楽しんでサイト運営していきたいな。

追伸
パートナーの分と合わせると我が家のサイト運営数は11だと分かって白目。

これはただの読み物で、宣伝したいわけじゃないのでテキスト中にサイトへのリンクは入れていません。







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