会話体験をつくる(vol. 1)
人ではないものとの会話。
ほんの10年前ならば、それはファンタジーの世界に属するものだった。だがいまや「モノとの会話」は、日常の中にある。
たとえばスマートスピーカー。
「寝室の電気を消して」とお願いしたり、
「朝7時にアラームをセットしてね」と指示したりもする。
あるいは、人懐っこいロボットと雑談をしたり、
軽口を叩き合うような瞬間だって、あるかもしれない。
会話体験設計って?
会話体験設計とは、こうした機械との会話をデザインすることだ。会話のシナリオ以外にも、キャラクターを決めたり、声を選んだり、テンポを考えたり……いろいろ、する。
設計の対象もさまざまだ。
スマートスピーカー、AI、ロボット、 チャットボット、対話エージェント、ナビゲーション、などなど。
それではなぜ機械との会話には、毎回「設計」なんてものが必要なのだろうか?
必要な理由
大きく分けて3つある。優先度が高い順に並べると、こんな感じ。
(1)安全
(2)目的達成
(3)心地良さ
シンプルだが、これが狂うとマジでヤバい。たとえば、話は面白いけれど、危険な情報提供をしてくるチャットボットを想像してみよう。
この場合ユーザーは死ぬ。
では、指示には従うけれど応答が不快なスマートスピーカーはどうだろう?
この場合は普通にうざい。
じゃあ、安全性に配慮しすぎたスマートスピーカーならば?
もう自分で消すよね。
「設計者を呼んでこい」ということになる。
設計のポイント
さて、「なんども言葉を交わすのは面倒だ」とわかった。だけど、こんなシチュエーションなら話は変わってくる。
この場合、確認しないとみんな死ぬ。ヤバめのコマンドには、「なんども確認」が正解ということもあるようだ。
こんな風に、会話体験の設計ポイントは目的や機能、シチュエーションなどによって変化する。
設計を進めるうちに、必要な機能が見えてくることも。
「会話体験づくり」と「モノづくり」とは、絡み合っているのだ。
考えかた
最後にちょっと、コンセプト的な話を。
メンタルモデル、という言葉がある。認知心理学の用語で、モノや人に対して抱いているイメージのことだ。
「冷蔵庫にものを入れると冷える」のような共有しやすいメンタルモデルと、人によってバラけやすいメンタルモデルがある。
たとえば、犬。
「犬は撫でると喜ぶ」
「犬は触ると噛んでくる」
どちらもメンタルモデルだし、どちらも合っている。
というかメンタルモデルに正誤はない。あってはならない。正しいメンタルモデルを強いられる世界があるとすれば、それはディストピアだ。ディストピアではみんな死ぬ。そんな世界が来たならば、スマートスピーカーに向かってこう叫ばなければ。
「この狂った世界を消して」と!!
話を戻そう。
メンタルモデルに正解がないとはいえ、冷蔵庫にトマトを入れたら「チン」と鳴って爆発する、みたいな世界は困る。それはディストピアだ。ディストピアではみんな死ぬ。そんな世界が来たならば、スマートスピーカーに向かって……
いや、話を戻そう。
会話体験を作るときは、このメンタルモデルを考慮する。みんなで共有できそうなモデルを探るのだ。例を挙げる。
・人は大事なことをなんども言う
・人は会話をする時に向き合う
・人はある種の会話をする時に横並びになり、目を合わせない
・人は親しい人との会話では、カジュアルな口調になる
・人は照れているとき大事なことをわざとぶっきらぼうに言う
どれを選びどれを捨てるかで、世界が決まる。
私たちが誰かと話すとき、心はどんな動きをするだろう?
そう問い続けられることが、会話体験設計の面白さだ。
以上、会話体験設計のアウトラインを駆け足でご紹介した。
次回からはもう少し具体的に、会話体験の構成要素を追っていきたい。
それでは、ごきげんよう。ディストピアにはくれぐれもお気をつけて。
(文 岡田麻沙)
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