ノキアショックから復活を遂げた地方都市オウルに学ぶイノベーションの本質
私はいま、90 day Finlandという世界各国の企業家やビジネスパーソンが参加するプログラムに参加しています。
私はこの期間中、フィンランドでの生産的な働き方、社会課題解決を志向するスタートアップ、イノベーションなどについて学びや感じたことをシェアしようと思っています。
私自身、5年ほど前にアアルト大学にデザイン留学の経験があり、同じ領域で働きながら、新鮮な眼差しで、フィンランドを見たいと思っています。
今回は、ビジネスオウル(ビジネスと雇用を支援するオウル市の公益法人)にお勤めの内田さんから話を聞く機会があり、そのエッセンスを共有したいと思います。
参考:内田さんのご講演資料
2023年5月23日自治体国際化協会ロンドン事務所オンラインセミナー
オウル市は、1980年代以降ノキアと共に一時は経済成長を遂げた人口20万人(フィンランド5番目の大きさ)の北部フィンランドの地方都市で、モバイル技術の研究開発拠点として世界的に有名な町です。
しかし、2008年~2014年頃のノキアショックで一変し、経済的な衰退の中、どのようにして再生を遂げてきたのでしょうか。その答えが、イノベーションの本質に繋がっているように思います。
日本にも、人口減少や都市への一極集中などの問題から「地方創生」というキーワードが話題となっているように、一つの成功例として参考になればと考えています。
産官学連携によるオウル市の成功
ご講演資料にもあるように、オウル市は、大学、大企業、スタートアップ、政府・地方行政機関、投資家などの多様なプレイヤーが連携し、地域のイノベーションを促進しています。これにより、多くの先進的な技術やビジネスが生まれてきています。
日本でも「産官学連携」は、政府や地方自治体が力を入れている領域です。
例えば、渋谷の近くに研究開発やスタートアップなど多様なプレイヤーが入る拠点が創設されるというニュースも最近ありました。
オウルからは、この手法を活用した成功事例が数多く生まれてきています。
例えば、IoTデバイスの設計、エンジニアリング、製造を行うHaltian。
ノキアショックで解雇された数人で2012年に立ち上げた企業で、創立者の1人であるCEOのPasi Leipäläはかつてノキアの新製品開発部門の主任を務めていたそうです。今では100名以上の従業員が働く企業に成長しています。
さらに、オウルには「オウルヘルス」と呼ばれるヘルスケアエコシステムがあり、産学官共同プロジェクトとして2030年完成を目標に5Gなど最新技術を取り入れたスマートホスピタルを建設中で、病院に併設して産学官の連携促進を目的としたイノベーションセンター立ち上げプロジェクトも進行中だそう。
またオウルヘルスラボという、医療・ヘルスケア分野向け実証実験場を提供するプラットフォーム(フィンランドで一番最初)もあり、製品開発の効率化に役立てることができます。
ヘルスケア以外にも、オウル大学が主導する国家プロジェクト6Gの研究開発が2018年から始まり、町全体を広域テストベッド化するラジオパークプロジェクトも現在進行中で、モバイル技術を活用したエンドtoエンドの実証実験場を、2026年頃には第一フェーズが終わりオウル市以外の企業や研究機関の方々の利用も可能となるそう。ラジオパークもオウル市/ビジネスオウル、ノキアオウル、フィンランド技術研究センターVTTオウルなど産学官が連携したプロジェクトです。
一例として、以下のようなスタートアップがオウルから生まれてきています。
・OURA (ヘルスケア系:指輪型ウェアラブルデバイス)
・QuietOn(ヘルスケア系:睡眠改善のアクティブノイズキャンセリング・パッシブノイズ減少イアプラグ)
・Cerenion(医療系:脳波測定IoTデバイス)
・Peili Vision(リハビリ用VRアプリ開発・ソリューション)
・Augumenta(ICT:産業向けスマートグラス開発・ARソリューション)
プリントエレクトロニクスの研究開発拠点からのスピンアウトの例として、PrintoCentからは:
・Tactotek(プリント回路・電子部品を3D射出成形プラスチックなどに一体化したスマートで薄い電子機器)
・Warming Surface Company(シート状のヒーティング素材)
Warming Surface Companyは2022年に立ち上がったばかりですが、どの企業も海外の展示会に出展するなどグローバルなスタートアップに育ってきている、グローバルに育つ可能性が十分にあるということです。
イノベーションの源泉となる「フラットさ」
こうして、オウル市は地域が一体となって、イノベーションに取り組む姿勢から成果が出てきていますが、その秘訣は?という話を聞くと意外な答えがかえってきました。
それは高度なテクノロジーや専門家のデザイナーについてだけではなく、「階層や組織を超えたフラットでオープンなコミュニケーション文化」こそが、オウルのイノベーションの核心だというのです。内田さんだけでなく、ビジネスオウルのトップリーダーたちも共有する価値観とのことです。
例えば、大企業で開発された研究技術をもとに、研究者やビジネス開発の人が何気ない会話の中からアイディアを発想し事業化していく。その事業化までのプロセスで、オウルヘルスラボのような実証実験場を活用したり、国内外の起業家や既存企業、投資家、政府系ファンドなどの力を借りながら、イノベーションを推進する。
こうした多様な関係者が連携し、変わる変わるイノベーションの担い手となりながら事業を生み出し、立ち上げていく様子があるそうです(産学官連携のエコシステムが機能しているともいえる)。
このフラットなコミュニケーションは、日本語で言う「腹を割って話す」という姿勢を意味します。しかし、日本の文化には、先輩・後輩の関係や集団主義、内外の区別など、その実践を難しくする要素もあります。
対照的にフィンランドは、フラットで個人主義的な文化背景を持っているため、一概に、そのまま日本に持ち込むのは難しいかもしれません。
一方、オープンイノベーションや産官学連携を通じ、多様性を活かし新たな価値を生み出すためには、今まで以上に「多様な声に耳を傾けながら垣根を超えて対話すること」の大切さが増しているのかもしれません。
「腹を割って話す」文化を形成する教育
では、どのようにして、フラットな対話を促す文化が形成されてきたのでしょうか。その土台となっているのが、「教育」です。
ここでいう「教育」とは、単に学校の教育だけを指すわけではなく、
・学校教育
・家庭教育
・社会教育
この3つの軸が絡み合うことで真の教育が実現すると考えているそうです。
まず、学校教育としては、個性を育てることと、コラボレーションの両方を重視していることが挙げられます。
私自身もアアルト大学に留学してから同じような経験をしてきました。
正解がないような教育については、相手が言うことを否定せず、多様な考え方をまず受け入れる、という先生の姿勢があります。
多様な個性を認めて、それぞれの意見であったり、強みを伸ばすということと、その伸びてきている個性と異なる個性を掛け算するようなコラボレーションの姿勢で授業を行います。
これが、大人になってからも垣根を超えて、多様性を掛け算する、まさにイノベーションを促進するような対話のあり方につながると言うのです。
次に、家庭教育です。落ち着いた家庭環境のなかで、親同士が育児を協力しあい、もちろん家庭によって千差万別ですが、精神的にも余裕があったり、子どもの多様な個性を大事にする姿勢は親からも伝わるというのです。
私も親として、なかなか実践できない場面も多くあるのですが、おおらかで寛容な親が多い印象は受けます。家庭ごとに差はありますが、そのおおらかさの背景には、1ヶ月の夏休みがあったり、1日の中でも朝早くから働いて、夕方には帰るといった、仕事にさく時間やエネルギーが落ち着いているということがある気がしています。
最後に、社会教育です。これは、家庭や学校以外で出会う人やなどとの何気ないコミュニケーションです。東京などの大都市で電車に乗っていれば、子供は邪魔者扱いされ、親も、批判されやすいような状況ができやすいですが、フィンランドのような自然が多く、空間的にも余裕のある場所では、落ち着いたコミュニケーションをしすいのかもしれません。
このように、小さい頃から、イノベーションを創出するような人材や組織が生まれてくる背景には、脈々と受け継がれてきた、教育や社会・自然環境がその源泉となっているというふうに感じました。
===
日本でも圧倒的な高度経済成長を遂げた背景には、人材の質が平均的に非常に高いという背景があったと言われています。今は時代が変わって、これまでの教育のあり方から新しい教育や社会環境のあり方へと変化が求められていると思います。
働き方改革や早期の起業家教育、エコシステムづくりなど目の前で「短期的」に成果になりやすい施策はいっぱいありますが、「中長期的」な視野からも教育や社会デザインといった10年、20年スパンの本質的な取り組みなど合わせて重要だと再認識しました。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
カバー写真:VisitOulu
フォローやシェアいただけると嬉しいです。