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【選りすぐり】をめぐる自由研究

ふと漢字の読み方が気になって調べていたら、昔懐かしい自由研究みたいになった話をすこし。


無意識を意識化する

先日とある動画コンテンツを見ていたら、【選りすぐり】というテロップがついた。”へぇ〜選って漢字を書くのかぁ〜”と、自分の無知とこんにちはしたわけだが、もう一つ発見したことが。発見と言うより、引っ掛かり。

『よりすぐり』『えりすぐり』…読み方どっち??
という疑問が湧いた。

そしてその疑問が湧いた瞬間、自分が普段どっちを使っていたかもわからなくなってしまった。人前でスピーチしたり何かに録音したりしなければ、使い慣れた単語をどう言っているか、それほど意識していないんだろう。
ぼんやりと見えていたはずのものが意識した途端に見えなくなった感覚がして、なんだかモヤモヤする。そこで、とりあえず国語辞典を引くことにした。

調べ始める

最近買って愛用している、三省堂国語辞典を引いてみた。一般的にはえりすぐりよりすぐり、どっちなのかなと。結果、どっちでもいいらしい。

えりすぐる[選りすぐる] よりすぐる。
よりすぐる[選りすぐる] いいものを選び出す。えりすぐる。

引用:見坊豪紀他,2022,『三省堂国語辞典第八版』三省堂.

これを見る限り、よりすぐるえりすぐるに転じていったのかな?いまはどっちも使うみたいだな。という感じがした。しかし、それを裏付けるような記述はない。もしかしたら、よく使う方に語釈がついているのか?…気になる。

何か手がかりはないかとさらに三国(三省堂国語辞典)を眺めていると、【選る】を語源とする単語が周辺に載っていて、そちらに目を向けてみる。すると、わらわらと出てくる関連語彙。
選り好み、選り抜き、より取り見取り、よりによって、選り分ける
これらは、の欄に載っていたり、の欄に載っていたり、両方に載っているものもある。

その中で有力な情報を発見!
よりによっての語釈に、えりにえって〔古風〕という解説を見つけた。

ということは最初立てた仮説とは逆で、えりすぐるよりすぐるに転じていったのか?という考えに替わった。
そしてここまで来て、三国では限界だと感じた。そもそも小型辞典には載っていないことを調べようとしているんだなということがわかった。しかし手応えは得た。自分で調べられるのはここまでか…

図書館司書というプロ

というわけで翌日仕事が休みだった私が向かった先は、図書館だ。休日の家族連れで賑わう図書館(幼い子が静かにしようとがんばってるのかわいい)で、もっとも端にある参考図書・貸し出し不可のコーナーにある国語辞典のエリアに向かう。そこにあったのは、たくさんの国語辞典!!!(鼻息荒め)
とりあえず、広辞苑などの中型辞典を一通り調べる→それでもわからなかったら、日本国語大辞典(大型辞典)で調べる。という方法で攻める。

まずは、広辞苑。すると三国(三省堂国語辞典)とは反対に、えりすぐるの欄に語釈があり、よりすぐるの欄には「えりすぐるに同じ」と記載されていた。これは、えりすぐるが歴史的にみて古いからななのか?それともよく使われるから?単にアイウエオ順で先に来るから?
まぁとりあえず、調べたものは資料としてコピーしておくかと思ってカウンターに行ったところ、すごい人に出会った。図書館司書の方だ。

広辞苑をコピーしようとする私を見て、「調べ物ですか?せっかく図書館まで来ていただいたので、大きいので引きましょう!」と言って、あとから引くつもりだった日国(日本国語大辞典)を取りに行ってくれた。しかも、引くのが早い!明らかに活字慣れしていてカッコいい。

そして、どちらの読みが先に生まれたかを調べたくてと相談すると、「だったら古語辞典ですかねぇ、これいま引いてるのが江戸時代語辞典です。」と話しながら引き始める。の欄を両方見るので、すかさず(おそらく)ポケットから紙を取り出して、しおり代わりに挟んでいくさまも鮮やか。そして何冊か一緒に見てくれて答えが見つかりそうなあたりで、そっと私の方を見て聞いてきた。「どこかの先生ですか?具体的な文献とかも…必要ですか?」と。単なる趣味なのでいま見た範囲で大丈夫そうですと答えると、ホッとした様子の笑顔でカウンターに戻っていった。カッコいい。

結論

【元々はえりすぐりと言われていたが、中世以降(11世紀〜16世紀あたり)に、よりすぐりに転じた】というのが辿り着いた結論だ。

辞書にいくつかの用例が記載されていて、えるの欄に枕草子(10世紀頃)の引用があるのに対して、よるの欄にはそれほど古いものは載っていない。さらに、日葡辞書(1603年刊行の日本語ーポルトガル語辞書)にはよるが載っている。それ以降のものでは両方みられる。えるが転じてよるが生まれたが、えるも消えることなく引き続き使用されているということだろう。

では、なぜえるよる転じたのか?
という新たな謎が生まれそうだったが、それは調べながら解決した。
えるは元々ゑるだったからだろう。実際古い文献の引用では「ゑり物」や「ゑりにゑて」といった表記が見られた。
[eru]→[yoru]という変化は遠い気がするが、[yeru]→[yoru]という変化はなんだかとても近い気がする!きっとそうだ!と図書館司書さんと顔を見合わせた。

これが私が導いた結果である。小一時間で調べられたけど、あの図書館司書さんが手伝ってくれたからだろう。感謝だ。

あとがき

最近辞書にハマりつつあって三国を愛用しているのだが、今回結果として日国を使うこととなってやや興奮している。(ちなみに、いくらするのかなと軽い気持ちでググったけど、そっとスマホを閉じ。)

今回図書館に行く前日に、自分のInstagramでフォロワーさんにアンケートみたいなものを投げかけてみた。その結果は、えりすぐりが多かった。地域や年齢の特性も出るのでなんとも言えないと思っていたら、友人からメッセージが来た。いくつかやりとりをする中で、選るという動詞を調べることや、その関連語彙を注視することから紐解くという気づきを得た。そう言えば彼女は、元国語の先生だとかいつか話していたなと。詳しい人は的確な着眼点を持っているものだと腑に落ちた。

どちらが古いかの結論は出たが、えるよるのどちらが多いかはまだよくわからない。単語によってというところもあるなと。日常会話コーパスを調べてみたら数の違いは調べられるかも!?とは思ったが、今回はいったんこれで。

今回こうやってすぐに調べる時間と場所があってラッキーだったなと。もちろんネットでも検索してみたが、ネットでは核心に迫る情報は得られなかった。だから図書館に行ってみたのだ。強制されるわけでもなく、締め切りがあるわけでもない。ただ興味に引かれるがままに納得いくまで調べて、シンプルに楽しかった。大人の自由研究って楽しいもんだな。

参考文献

調べた辞書をコピーしたけど、奥付までメモしてこなかったので正確に第何版かとか出版年とかわからないけど覚書。言葉のスペシャリストたちに感謝。
『日本国語大辞典第二版』東京大学出版会
『江戸時代語辞典』角川学芸出版
『古語基礎語辞典』角川学芸出版
『類語大辞典』講談社

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