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458.ヒツキアメツチファーム日記(2023.11.19)

ファームに参加して、気づきとギフトを受け取る。
スイッチが押される。

土の上にいるだけでも。光を浴びているだけでも。
身体が変わっていく。

鍬をふるい、ハサミを使うことで、五感を通して、気づきが飛び込んでくる。
鍬が土に入る振動、音、変わっていく土の色、質感、潤い。

仲間の発言や、仲間との会話に、耕されて、やわらかくなっていく心。
土の中や、草の中から、顔を出す虫たちとの遭遇。

何よりも、土を踏み、つながっていること。
植物にふれ、つながっていること。
おひさまの下にいること。

(美しい笑顔の、美しい心の、美しい魂を持つ人たちと、共にいること)

(本文より)

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大橋和さんが主宰してくださっているヒツキアメツチファームに参加させていただいた。
ファームを訪れるのは、10か月ぶり!

駅から歩いてきて、ヒツキアメツチファームの区画が見えてきたときの第一声は、

「わぁぁ~ ぴかぴか! きらきら!」

目をこらすと、作業をしている仲間のシルエットが見え、思わず手を振る。

澄んだ空気。青い空。心地よい風の中に、きらきらとしか言いようのない輝きで、土に根を張り、空に向かって、大きく手を広げて、伸びている植物たち。

前々日にまとまって降った雨でできたのか、よどみなく空を映す水たまりは、小川の流れか湧き水のように輝いて美しい。

(撮影 くみこさん)

10か月ぶりのファームは、育っているハーブの名前も、ぜんぶ、教えてもらわなければわからなくて、ひとつひとつ、たずねて教えてもらう。

何をどうしたらいいかもわからなくて、最初は、そばで見ているのだけど、すぐに、やさしく声かけてくださり、道具も貸していただいて、やりかたを教えてもらう。

鍬の柄を、見よう見まねで持って、土を耕す。

〈土を耕していると、自分の内側も耕されていくから〉

と言ってくださった言葉を聴いたとき、はっとした。

(何かが切り替わる感じ。目覚める感じ)
(目の前の土と、鍬と、自分の内側〈子宮とか、骨盤内部とか〉が連動する感じ)
(ふかふかに。しっとりと)
(耕され、潤いがあふれ、浸透していく感じ)

土の上に、さらさらと何かが蒔かれはじめた。
黒くて、きらきらしている。

〈黒いダイヤモンド〉という言葉が浮かぶほど。
しゃがんで、近寄って観察する。とってもきれい。


(撮影 くみこさん)

「くんたん(もみ殻を炭にしたもの)」というのだと教えてもらう。

混ぜることで、肥料と、土がふかふかになるのだそうだ。
初めて見た。ものすごく、きれい。

ハンバーグの種に、パン粉を混ぜて、ふわふわにするみたいなものだな、と思いながら、土と、くんたんを、鍬をつかって、混ぜ合わせていく。

もみ殻も、こんなふうに、炭にして肥料にしている。
稲は、藁も、実も、すべてが、あますことなく生活の役に立つこと、その智慧に感銘を受ける。

土を起こし、まぜあわせていると、黒くしめった潤いある土が、ふかふかと現れる。
自分の内部にも連動していて、ガチガチに固まっていたところに、ゆるみが生れて、やわらかくなっていく。

ハーブを粉末にしたものも、土に還され、まぜあわせていく。

ふだん、アスファルトや、フロアの上にしかいない私の足が、新しい呼吸を始めた土の上に、着いている。
裸足になって、アーシングしたくなる。

土の上にいると、それだけで、エネルギーが循環して、身体が熱くなってくる。
寒いと思って、たくさん着こんできたので、暑くてたまらなくなり、早々に1枚脱ぐ。
みんなも、どんどん薄着になっていく。

その次は、レモンバームの刈り取り。驚異的なほどの生命力を感じる。

撮影 あきよさん

根元を10㎝くらい残して、ぜんぶ刈るそうだ。

さっそく、株のそばにしゃがみこみ、伸びて垂れ下がっている葉をかきわけ、くぐって、根元をたどり、少しずつ手にとって……

ハサミを入れようとしたとき、

〈生きたまま、切る〉

ということが、鮮烈に響いてきた。

大地に根を張り、天に向かって伸びてきたレモンバームに、ハサミを入れることに。
根元の近くから、切ってしまうことに。

思わず、手を止め、手をあわせ、祈る。

いのちが絶えるのではなく、調理されて滋養となったり、生活に潤いを与えたりという、新たな循環への誕生や旅立ちだと考えたら、このハサミは、へその緒を切ることに似ている、と感じた。
私たちが、毎日、食べているもの。それらは……

(どんなものも、生きたまま、収穫される)
(いのちをいただき、うけとることは、活かしていく責任がある)
(この肉体を使って)

ハサミを入れるたびに薫るレモンバームの芳香の中で、切実に感じた。
しっかりと太い茎は、みずみずしく、年輪のよう。

撮影 くみこさん

小豆は、長い鞘を割ってひらくと、中に、赤い豆がずらりと並んでいる。
入っていない部屋もある。
色も、形状も、大きさも、みんなちがっている。

スーパーで売っている小豆は、みんな、色も粒もそろっているように見えるので、出荷時には、かなり選別されているのだとわかる。

あまりにかわいいので、みんなで、鞘の中に入った小豆をてのひらにのせて、写真撮影。


(撮影 きょうこさん 浜田トリミング)
撮影 くみこさん 浜田トリミング

次に、ハーブや、咲き終わったマリーゴールドを、土の上に。

ひとりひとり、マリーゴールドの小さな花束を掲げ、手をあわせて瞑目し、ていねいに手向けていくセレモニーのひととき。

(撮影 くみこさん 浜田トリミング)

ほんとうは、中に混ぜ込んで土に還していくのだけど、上にのせたようすが、とてもきれいで、花曼荼羅のようで、みとれる。


この日に収穫したのは、レモンバーム、ホーリーバジル(トゥルシー)、ローズゼラニウム、小豆、ねぎ少々。

新聞紙に小分けしても、すごい量!


(ホーリーバジルは、なんてよい香りなのだろう)
(レモンバームは、分けても分けても、まだある)

小さな種から、ここまで成長する。
土の力で。植物の力で。光や風や雨の力で。

ファームに参加してお世話してくださった仲間の力で。
日々、ファームのことを気にかけて、折にふれて、足を運んでお世話してくださった和さんの力で。


あっというまにお昼前になり、名残惜しくファームをあとに。

午後からは、ヒツキアメツチサロンで、和さんのエジプトのお話会だ。

ランチは、駅前のショッピングセンター2階のカフェで、「バランス定食」をオーダー。


彩がきれいで、野菜がおいしく、ヘルシーで、品数が多く、栄養のバランスが考えられていて、おみそしるが旨い。

日々の生活は、すべてがご神事だと、日本人が大切にしてきた歳時記や暮らしの在り方から感じている。

神様からのいのちをうけとり、からだに取り入れて循環する食事も、ご神事。
そして、直会。

みんなで食べるごはんのおいしさ。
作ってもらったごはんを食べる幸せ感。

(おいしいなあ、ありがたいなあ)

と思いながら、味わって、食べた。

***

ファームに参加して、気づきとギフトを受け取る。
スイッチが押される。

はじめて、ファームに参加した2022年12月。土の上と下は、見えるものと見えないもの、潜在意識と顕在意識、二極の関係性を象徴しているように感じた。

ちょうど、そのころに読んでいた、モーリーン・マードック氏の著書『ヒロインの旅』第六章の中の、ある女性のセリフ、

「~ただ土を触って、自分に帰る道を探しています」

という言葉が、蘇ったことが思い出される。

大橋和さんの「Woman」というワークショップで、〈自分のガーデンを手入れする〉というイメージワークをしたことも。

植物の生長は、〈乙女・母・老婆〉という、女性の旅のサイクルに似ていると感じたことも。

(芽吹き、生長し、開花し、結実し、落果し、土に還り、発芽まで種を抱く)

土の上にいるだけでも。光を浴びているだけでも。
身体が変わっていく。

鍬をふるい、ハサミを使うことで、五感を通して、気づきが飛び込んでくる。
鍬が土に入る振動、音、変わっていく土の色、質感、潤い。

ハサミを入れるごとに強まっていく、レモングラスの芳香。
近くにいるだけで幸せな気持ちになる、ホーリーバジルの花のかたち。ずっと包まれていたくなる香り。
ローズゼラニウムの、あまやかな香り。

仲間の発言や、仲間との会話に、耕されて、やわらかくなっていく心。
土の中や、草の中から、顔を出す虫たちとの遭遇。

何よりも、土を踏み、つながっていること。
植物にふれ、つながっていること。
おひさまの下にいること。

(美しい笑顔の、美しい心の、美しい魂を持つ人たちと、共にいること)

心配していた寒さが杞憂になるほど、ぽかぽかになっている。
飛び入り参加みたいな、久しぶりの参加でも、あたたかく招き入れてくださるありがたさ。

感謝につつまれる。
たくさんのハーブたちに、つつまれる。

(さて!)

ドライハーブにする、コーディアルをつくる、チンキにする、ポプリをつくる、分けてあげる……
さまざまな、素敵な計画が聴こえてくる。

こんなにたくさんのフレッシュハーブ。

(〈生きているまま〉〈へその緒を切るように収穫〉したときの思い)
(いただいたいのちを循環すること、その中に入ることへのコミット)
(ファームでの時間)

11月に入ってから、急に体調が万全でなくなったこともあり、「食」の大切さや、「身体」のケア、「五行」を見直すことなどをやりはじめているタイミングだったので、「生活に植物を取り入れること」へのアンテナが、立っていく。

ドライハーブティーは、ふだんから生活の中にあるけれど、こんなにたくさんのフレッシュハーブに出逢う機会はあまりない。

さっそく、鍋に湯を沸かし、ホーリーバジルのハーブティーを作る。
花も、葉も、細い茎ごと入れてみた。

(浸出液の、ことばに表せないような、透明感あふれる翠)

ガラスのサーバーの中で、生き返ったようなホーリーバジルの鮮やかなグリーンのゆらめき、水中植物のように息づいている姿の美しさに、見とれる。

長く使えるチンキを作ろう、と思い、ウォッカなど、材料を用意することに。

そして、祝日がやってくる。
仕事は休みで、父はデイサービス。
朝から、いろんなスイッチが入る。

まずは、チンキを作る。

次に「食」のスイッチが入ったので、スープをつくったり、ひじきや、切り干し大根をたいたり、ふわふわのだしまきたまごを焼いたり。

りんごを煮ようと思い立ち、レモンがないので、ゆずを使い、砂糖がないので、はちみつを使い、時間をおいて、りんごの水分が出てくるのを待ち、煮る。
レモングラスと、ホーリーバジルの茎を投入。

久しぶりに、ずっと台所にいながら、

(そういえば、私は台所に立つことが嫌ではないのかも)

と、思った。

台所には、「火」と「水」と「風」があり、「地」のエネルギーは、食材が持っている。
土のついた野菜を洗い、いのちのかがやきをうけとり、生まれ変わらせる。

(台所にいることは、「火」と「水」と「風」と「土」のエネルギーが渦巻く中にいること)

実家の台所は、北側の奥にあるので、窓から太陽は見えず、暗いのだけど、自宅マンションの台所は、南向きのリビングを見渡せるカウンターキッチンだったので、窓から空がみえていた。

夫や子供は、リビングにいたけれど、私は、台所に立って、顔を出していることが多く、そのほうが落ち着く感じで、常に何かやっていた。
当時は、あまり意識していなかったけれど、台所は、エネルギーをチャージできる場所だったのだと感じる。

気がつけば、ハーブを使ったレシピを検索して、作りたいもの、食べたいものをチェック。
このあいだまで、(じゃがいもとたまねぎのみそしる)ラブだったのだけど、一気にタイハーブ料理にシフト!

(次は、何を作って食べようかな)

こんなにわくわくするのは、ハーブがどっさりあって、しかも、週の合間に、ぽっかりあいた休日だからだ。

月曜から金曜まで仕事をして、帰宅して、認知症の父のことをして、学んでいる講座の課題をして、SNSをチェックして、夫と子供たちのことを、すきまに思い出して、家族のこともやりつつ、ブログを書きたい、物語を書きたい、絵を描きたい、などと思い始めたら、夜の寒い台所に立つ時間なんて、とたんに縮小されていく。
週末も、あれこれ用事があると、なおさらだ。

部屋の片づけの時間は、もう何年も「消去」されているので、散らかった部屋をそのままにして、朝からずっと台所にいて、あれこれ作って、もりもり食べて、魂のリトリートができた。

ヒツキアメツチファーム、和さん、ヒツキアメツチの皆さんからの贈り物を受け取って、感謝の気持ちでいっぱいだ。

りんごは煮すぎて、ほぼ、ジャムだけど、ハーブの色と香りに大満足。
ありがとうございます!


浜田えみな

エジプトのお話会のことは、次のブログで。

前回のファーム日記はこちら


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