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終わりの見えない孤独


大学4年生、5月。
私はいったい何をしているのだろうか。

始められない就活。
手をつけられない卒論。
辞められない飲酒。
戻らない昼夜逆転の生活。


バイトには普通に行くし、最低限の家事はするし、ごはんもしっかり食べる。だけど、それ以外のことが全くと言っていいほどできなくなった。

こうなってしまったのはいつからだろう。多分始まりは去年の夏頃だと思う。

大学に2年通った後、おととし1年留学をした。コロナが本格的に流行し始めた去年の春に復学し、一人暮らしを再開した。この頃から私はじわじわとストレスと孤独感に蝕まれていった。

留学を終え再び大学に通うために一人暮らしを再開したはいいものの、コロナの影響で授業の開始が1ヶ月ほど遅れた上に、全ての授業が遠隔で行われることになった。それだけならまだしも、1年休学していたためほぼ全ての授業を面識のない1個下の後輩と共に受けなければいけなかった。

誰もいない狭い部屋で1人パソコンに向かい、知らない後輩と授業を受ける日々。慣れない遠隔授業と人見知りが重なり、ストレスは大きくなるばかりだった。

そんな中で私の唯一の支えであったのが、当時付き合っていた元彼だった。地元の先輩だった彼は平日は忙しく仕事をしていたが、毎週土日にはいつも片道1時間半かけて私のところへ来てくれた。会えない日には必ず電話をした。しょうもない話もいつも笑いながら聞いてくれて、いろんなところに連れて行ってくれて、抱え切れないぐらいの愛をくれて、幸せだった。

でも、そんな幸せを私は自分の手で壊してしまった。私は彼が大好きで、彼も私のことが大好きで、それだけで幸せだったはずなのに、いつからか、その幸せを重く苦しいもののように感じてしまった。

授業、課題、バイトに追われる毎日の中で、週末ぐらいは1人で自由に過ごしたいと思うことが増えた。そう思ううちに、いつからか週末を彼と過ごすことを義務のように感じるようになり、その義務感が私を窮屈にさせた。

大好きなはずなのに、彼さえもストレスに感じてしまう自分が嫌で嫌で仕方がなかった。そんな自分に対する嫌悪感と彼に対する申し訳なさから、去年の夏、私は別れを選んだ。

彼と別れた後、案の定私は喪失感に苛まれ、苦しんだ。ぽっかりと空いてしまった穴を埋めるために、暇さえあればお酒を飲んで、クラブに行って、マッチングアプリでいろんな男の人と会った。一夜限りの関係も数え切れないぐらい持った。ただただ寂しかったのだと思う。

酒、クラブ、男遊び、バイト、そんな生活をしていたら、いつの間にか2ヶ月の夏休みが終わっていた。大学の後期が始まってからもその生活を辞められず、授業にはほとんど出なくなったが、11月に彼氏ができた。マッチングアプリで出会った同い年の人で、いつだったか、いつもより酔っ払っていた私を彼が迎えにきてくれて告白された。

お酒が入っていたこともあり深く考えず付き合うことにしたが、完全に堕ちきっていた私は彼の期待に応えることができなかった。辞めて欲しいと言われたタバコは辞めることができず、お酒を飲んでいて終電を逃し彼を怒らせることも度々あった。隠していたが他の人と行為をしてしまったこともあった。

そんな救いようの無い自分に耐えられず、結局2ヶ月も経たず別れを選んだ。2ヶ月足らずの短い期間の間に、どれだけ彼を傷つけただろうか。情けなかった。

彼と別れてすぐの1月後半、期末試験の時期が来た。試験期間には一応勉強のためにバイトを入れないようにしていたため、バイト以外に出かける用事のなかった私は2週間ほど家から出なかった。

この時、初めて鬱の症状が出た。それまでお酒やクラブ、男遊びで紛らわしていたものが、誰とも会わず1人で過ごしているうちに一気に爆発してしまったのだと思う。

何のために生きているのか、自分の存在意義は何なのか、考えたって答えは出ないのにそんなことを延々と考えては泣く日々が続いた。探してみたけど、私が持っているものなんて何一つなくて、私の居場所はどこにもなかった。死のうと思ったけど死ねなかった。でも、生きていく気力も湧かなかった。

当然、試験勉強もできなくて、ほとんどの授業の単位を落とした。授業に出て、勉強して、試験を受けて、単位を取る、そんな当たり前のことが何故できないのだろうか。みんながそつ無くこなす日々を、何故私は簡単にこなせないのだろうか。自分に腹が立って仕方がなかった。

そんな期間を経て久しぶりにバイトのために外に出た日、顔を上げて歩けなかった。何故か誰の顔も見れなかったし、なんとなく人の多い場所が怖かった。だから下を向いて音楽を聴きながら歩いていたら、聴き慣れた曲が急にとてつもなく気持ち悪く感じて、突然の不安と共に激しい動悸に襲われた。涙が出た。不安障害の始まりだった。

何もかも嫌になって、未来なんて見えなくて、ただひたすら辛かった。自分がどこへ向かっているのかわからなかった。

ある日、いつも通り部屋で1人死んだように壁を眺めていた時、友達から電話がかかってきた。「何してんの?」呑気な一言でプツンと私の中の何かが切れた。突然泣き出した私の取り留めのない話を友達はただただ聞いてくれた。人に話すのは初めてで、うまく伝えられなかったけれど、彼はちゃんとわかってくれた。

「生きてるのが辛い。私が死んでも誰も悲しまない。」私がそう口にした時、彼は「俺はすごく悲しくなる。俺にとって特別な存在だから。」と、真っ直ぐ伝えてくれた。嘘のない言葉だと分かったから、それまでとはまた別の涙が流れた。

彼もまた、心の病に悩んだ過去を持っていた。彼がどん底にいる時、彼を救ったのは私だった。彼はもともと何事にも前向きで、ネガティブな感情を表に出さない人だったし、いつもしょうもない冗談でみんなを笑わせるような人だった。だから私は、彼には悩みがないのだと思い込んでいたが、そうではなかった。

彼は悩みやストレスを自分の中に溜め込み、表に出せない人間だった。そして、溜め込んだものを抱え切れなくなった時に、彼はパニック障害を発症した。その時、彼が1人では抱え切れなくなった重荷を表に出すために初めて悩みを話した相手が私だった。

私は彼から相談を受けた時に自分がどんな言葉をかけたのか、正直思い出せない。でも、彼は最後に「話してよかった。少し楽になった。」と言ってくれた。

私が彼を励ます側だったのに、今度は私が彼に励まされる側になった。辛い気持ちを全て彼に話して馬鹿みたいに泣いたら、少しだけ楽になった。少しだけ頑張ろうと思えて、少しだけ前向きになれて、少しだけ明るい未来が見えたような気がした。彼には本当に感謝している。

苦しい胸の内を誰かに打ち明けることは決して簡単なことではないが、1人で抱え切れる苦しみには限界があるから、苦しい時は少しだけでもいいから誰かに話そうと思えるようになった。


苦しい時間はここで終わると思っていたけれど、苦しみはなかなか私を離してくれなかった。

3月、大学の同期である大好きな友達が卒業した。

私がここ数年で何よりも目を背けようとしていた現実だった。留学を決めた時点で、友達と一緒に卒業できず、1年遅れて卒業することになるという事実をわかってはいたが、いざその瞬間を前にすると、どうしようもないくらい孤独を感じた。

現実からどうにかして目を背けたかった私は、卒業式の前日、クラブでいつも以上にお酒を飲んだ。途中から記憶はないけど、朝起きると高そうなホテルの広いベッドに横たわっていた。隣には知らない人がいた。こんな光景はもう慣れっこだった。私は抱きしめられているのに独りだった。

ひどい二日酔いのまま花屋さんでちょっと高い花束を買って卒業式に向かった。

鮮やかな袴に身を包んだ卒業生の群れの中に、大好きな友達を見つけた。目が合った瞬間に涙が溢れて止まらなかった。袴姿の友達はとても綺麗で、私のあげた花束もとてもよく似合っていた。門出にふさわしい美しさだった。

「置いてかないで」

思わずそんな言葉が溢れた。これで私は本当に1人になってしまうんだと思った。大好きな友達のいないこの先の1年の大学生活を1人で乗り越えられる気がしなかった。

卒業式が終わって4月になった。私は大学4年生、友達は社会人になった。

それまでは馬鹿みたいな話しかしてなかったのに、会社の話が増えた。相槌を打つことしかできなかった。それから、私はあまり自分の話をしなくなった。

「就活してる?」

他の人たちみたいに、友達も何気なく聞いてくる。私が就活しているかどうかなんて何故気にするのだろうか。していたってしていなくたって誰にも関係ないのに。

「してないよ。やりたいこともないしとりあえずフリーターでいいかなって。」

私はいつもの定型文で答える。本当はこんなこと思っていない。卒業したら絶対就職したいから、就活はやらなきゃいけないと思っている。でもできていない自分がいるから、自分への言い訳と、みんなの中の「自由気ままにテキトーに生きてる」という私のイメージを崩さないようにそう答えるしかないんだ。

私は就活どころか、何もする気になれなかった。4年生になって授業は週2コマ。就活はもちろん、卒論を進める時間も、課題をやる時間も、バイトする時間もある。なのに何もできないんだ。

少し前から頭を使うことができなくなった。就活のためのESやレポートを書くことも、授業を90分集中して聞いて理解することも、卒論のための文献を読むこともできない。やらなきゃいけないからやろうと努力するけれど、どうしても頭が働いてくれない。どうしてしまったんだろう。わからない。

卒業できるのかな。そんな不安が新たに増えた。この現状をどうにかしなきゃいけないのに、どうにもできない今の自分は一体何者なんだろう。


5月に入ってすぐ、3年前からずっと片思いをしていた人から連絡が来て、2年半ぶりに再会した。

私の留学や私にも彼にも恋人ができたことなどがあり、自然と2年半という長い時間を会わないまま過ごした。その長い沈黙を破って彼が私に連絡した理由は失恋だった。1年半ほど付き合った彼女と別れ、寂しさを埋めるために私は呼ばれた。

3年前も私は彼の気まぐれな寂しさを埋めるための道具で、彼が私に気がないことは最初から分かっていた。だからずっと思いを封じ込めて、他の人と付き合ったりしたんだ。なのに再会したらその思いがまた溢れ出てしまった。

大好きな人にとって寂しさを一時的に埋めるだけの存在である自分が、辛い。どうしようもなく好きだからこそ、ただただ辛くて苦しい。

ただでさえ不安定だった私の精神状態は、彼に再会してから崩壊寸前になった。私を本当に求めてくれる人はどこにもいない。心の拠り所もない。

お酒に加えてリスカが辞められなくなった。もう自分を追い込むことしかできない。死ねないと分かっているから、自分を傷つけることでどうにか生きていこうとしているんだ。

この人だったら分かってくれるかもしれないと思って勇気を出して自分の話を何人かにしてみたことがある。でも、みんな分かってくれないような気がして、結局途中で話すことを諦めてしまった。

「そういう時もあるよね」
「考えすぎだよ」
「大丈夫!」

そんな言葉を聞きたいわけじゃない。じゃあどんな言葉を聞きたいのかと言われたらよくわからない。何もかもわからない。

何もわからないから、こうして文章にしてみた。全部が辛くて、たくさん泣きながら書いた。全部書き終わったら何かが変わるかもしれないと思ったけれど、やっぱり何も変わらなかった。

今日も1人、孤独と向き合う。

私はこれからどこへ向かうのだろう。



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