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信じる心 それが欲しかった

紅葉した木から、葉がはらりと下に落ちる。

そっと手をのばした。
葉は手に触れず、静かに水面に落ちた。


ただの、普通が欲しかった。
普通になりたかった。
みんなと同じになりたかった。

そして、それが幸せだと思っていた。


「普通」とは、なんだろう?



いつもみんなと違う「ハーフ」「ガイジン」の自分には、「普通」がわからない。

顔を変えたらいいのか。
名前を変えたらいいのか。
肌の色を変えたらいいのか。

中学高校の時には、到底変えることはできないと絶望していた。


それならば、
わたしは一体どうすればいいのだろう。


いくら手を伸ばしても、
葉は私のもとには落ちなかった。

いつもそうだ。
本当に欲しいものは、
なかなか舞い降りてはこない。


わたしはみんなとちがう。



違和感を感じて生きてきた。


それでも、友人といる時は楽しかった。
これは本当だ。
一緒にいると、心底安心した。

でも、
結局、
わたしはみんなとちがう、
どうしてもその感情が沸き起こる。

日本では、
「ガイジン」や「ハーフ」と呼ばれる。

そんな顔でも海外では、
アジア系に見えるようだ。

長い間、そう生きてきたから慣れてしまった。


私はどこへ行けばいいのだろう。


淋しさや孤独を感じるのは、
みんなと違うから。

ずっとそう思っていた。

変えられない宿命、
どう受け入れたらいいのか。

変えられないものは、
諦めるしかないのか。


どうしたら
幸せになれるのだろう。


顔を上げて、空を見る。

風が葉をゆらす。


世界でたったひとりの「わたし」。

頬がつめたい。



私は自分に素直に生きているだろうか。
そもそも素直に生きるとは、どういうことだろう。


この先、
どんなふうにして生きていけばいいのか。


秋が深まり
紅葉した葉は散り始める。

まるで音色に合わせるかのように
ひらひらとゆっくり落ちる。

それを静かに眺める。

季節は必ず移り変わる。

葉は静かにそれを待っている。



私は待った。
ずっと待った。
ただ、待った。


そうだ、

こんなのやめよう。


わたしはみんなとちがう。


そうだ、
みんなと違うからなんだというのだ。

顔など、どうでもいい。
名前など、どうでもいい。
肌の色など、どうでもいい。

それは「わたし」の一部であるだけだ。
ただの一部であるだけだ。

その一部がどうしてこんなにも私を苦しめるのか。

もうやめよう。自分を責めるのをやめよう。

「ハーフ」とか「ガイジン」とか、
もうどうだっていいのだ。

「ハーフ」とか「ガイジン」とか、それは私ではない。

そんな言葉は私を表現するにあたいしない。

そんな言葉で私を決めつけようとする者がいたら、そんなやつ関係ない。

誰かに理解してもらおうとは、もうさらさら思っていない。

私の幸せは、誰にも、どんなものにも左右はしない。
依存はしない。


私が決めるものだ。


そして、


私が「わたし」らしく生きるためには、
「わたし」を好きになることだ。
「わたし」を大事にすることだ。
「わたし」を自由にすることだ。


素直に生きてみよう。


誰にどう思われようと、
誰にどう言われようと、
私は 素直に 生きてみたくなった。


素直に生きるとは、
自分の感情を一番に大事にしながら、
生きることではないのか。


そして、

それが
「普通」なのかもしれない。


塾の帰り道、真っ暗な空に月を見つけた。
いつまでも自分について来るのに、うんざりしたのを覚えている。
月明かりに照らされても、心は晴れなかった。

どんなに神様にお願いしても、
心は軽くならなかった。

父親の転勤であちらこちらに住んだおかげで、
どうせ「ふるさと」などない。
「国」すら、どうでもよくなった。


幼かった自分は、目に見えるものに価値をおいていた。
ずっとずっとそればかりを追いかけていた。
そのほうが安心したから。
「ガイジン」や「ハーフ」でいることは、
不安でたまらなかった。

手に入らないものを、
いつまでも追いかけていても
仕方がないことに気がついた。

何万とある星は、昼間は見えない。
輝いているが昼間は見えない。

目に見えないものを、どう信じよう。


でも、

必ず、そこにあるのだ。


私は、

確かにここにいるのだ。


世界でたったひとりの「わたし」。


重なり合った葉から
きらきらと光が差していた。


静かな午後。


遠くの空に、白い星が見えた。