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金風船と満月

紙幣を直接プレゼントの形にして贈るスタイルが近年の韓国にはある。韓ドラなどで目にした事があられるだろうか?



紙幣を扇の形にしたものや、銃弾のように紙幣を連射して空に飛ばすマネーガン、お金で作ったケーキ。お金が出てくるティッシュケース、造花の周りをガクのようにお金で包んだお花のアレンジメントなどもある。
どれもそれが祝いの席に出てくるだけで場が「うわーっ」と盛り上がる。



2月のテボルムの日だった。私が金風船の実物を見たのは。テボルムというのは旧正月の次の満月の日で、日本でいえば小正月。現在の韓国では、この日は五穀飯とナムルを作って食べる。それもお年寄りがいる家だけの話になってきてるけど。(昔は各地域で洞祭があった日)



その朝、義姉から「晩御飯食べにおいで」の電話があった。テボルムだからかなと深く考えず向かった。電話口の義姉の声は明るく軽くてなんかいい感じだった。親戚の食事会は職場の飲み会と同じで、無礼講といっても実は無礼講ではない。酔って口にした「このハゲ!」は永遠に忘れてもらえない笑 今までスルーしてた。その日うちの家族は日本旅行中で家には私だけだった。夫がいたら夫だけ義姉の家に送ってたかもしれない。何故かこの日は「行こう!」とすっと身体が動いた。



義姉の家のドアを開けた時、肉の匂いに「しまった!」と思った。忘れてたけど義姉の御主人のお誕生日だった。(私にとってはコモブ)大きなお膳を2つくっつけた上には、五穀飯とナムルはもちろんタコだのユッケだの豚肉だのがどんと置かれていた。どんぐりゼリーのトトリムクはなんと義姉の手作りだった。ケーキも果物も既にあった。「誕生日」といって呼ぶと遠慮するから「飯食いに来い」と呼んだのだろう。



義姉のところの嫁さんは、40代頭という若さなのに年輩の人の心を鷲掴みにするデキる美人嫁だ。こういう日には惜しみなく祝う。彼女からの自分の義父へのプレゼントが金風船だった。



コモブが大きな白い箱の蓋を開けると、綺麗なヘリウム風船がふわりと上がっていった。風船の糸の部分に黄金色の五万ウォン札が連なっていた。10枚あって50万w。下の箱を開くと四方に開いた箱の側面と底面に青緑の一万ウォン札が50枚並んで張り付けられていた。合わせて100万w(12万円弱)の現金プレゼントだった。





現金を誰の目にも見えるような形にすることで、プレゼント自体がパフォーマンスになっていた。皆が金風船の現物見るのは初めてだったので、皆「うわあ~~すごい!」と声を上げ場が盛り上がった。風船には手頃な重みの持ち手がついていて、野外や天井の高い宴会場で開封しても飛んでいかなそうだった。




普段「写真撮って」なんて絶対言わないコモブなのに、娘さんに「写真撮って」と。私も一緒に別の角度から撮った。コモブ嬉しいんだな!一人写しの後、義姉も横に並んで夫婦で金風船を前に写真撮影。見ているこちらも嬉しくなるような弾んだ光景だった。



ここが本当に日本と違うとと思うのだけど。この国のお年寄り達は「誇りたい」が実に明確だ。しかもそこに遠慮がない。自分は家族にこんなに大事にされてるんだぜ~!を全世界に言いたい!嬉しいから。そして祝う方もそれが分かっているのでちまちま祝わない。「心だけ」とか「お気持ちだけ」とか「簡素に」をぶっとばす勢いだ。今回のコモブの誕生日は還暦や古希ではなかったが、それでもこの盛大さだ。



横でご主人の喜びをみていた義姉は率直に「私も誕生日にこんなの欲しい~!」と言い放った。出木杉君な嫁は「もちろんです!オモニの時はもっと大きく祝いましょう!」と頼もしく答える。義姉崩れる!義父母を掌で転がすスゴ腕嫁笑  


お年寄りが集まると靴や帽子を指さして「娘がこれ買ってくれた」スマホ画像をみせて「息子が旅行に行かせてくれた」と自慢大会が始まる。そんな光景を何度もみたけど、嫌みな感じを受けた事は一度もない。



韓国も非婚傾向で、孫のいない家も当然あるのだけど、あの人は孫がいないから控えなくっちゃというのは、韓国のお年寄りにはあまりない発想のような気がする。言われてようやく気が付く程度というか。人は喜びに遠慮しない。自分の喜びへの集中度がすごいんじゃないだろうか。喜びにはしゃぐ人に対して「嬉しいんだものあたりまえだよね」「人間嬉しかったらああなるでしょう」と微笑ましく見る認識が日本より強いのかな。




私が義姉宅のキムジャンを真面目に手伝っていた時代、年末に義姉夫婦達を呼んで家で忘年会をしてた。近頃の韓国では家に招いて食事を出すことは減っている。しかし「世話になっている義姉夫婦達に何かを」という気持ちだけは夫婦揃ってあったので毎年準備した。大したものは作ってないけどなかなか大変だった。しかし呼ぶと義姉達が非常に喜んだ。



「今日のモイミ(集まり)義弟の家の忘年会と重なっちゃっていけないんだ~」と我が家についてからも電話をかけまくるコモブ きっと誰にもきかれてないのに笑。単なる「ご飯」以上の「自慢の種」をプレゼントしてるような気がした。しんどいから忘年会無しにしたいと思い始めたが、義姉が「今年はいつ?」と向こうから聞くので結局コロナ前まで続けた。キムジャンと同じでしんどくて今さらやれないけど、ささやかなイベントに弾んでもらったのはありがたかった。



昔の韓国人には、小さいのより大きいのが良いに決まってる!というシンプルな考え方があった。日本の昔話では、大きいつづらにはオバケが入ってて、お宝は小さい方にあった。あれは見た目に騙されてはいけないよ、という得難い教訓だけど、韓国ではとにかく「見える部分」を大切にするし、良いものは見た目もいいという考えが普通だ。「見た目は悪いけど、見えない所はすごくいいのよ」は、ここでは難しい。「そんなに見えない所がいいなら、見える所がよくないのは変」と来る。たしかにそれが自然かなと今では思っている。



お金に対するイメージが韓日で違うのではないだろうか。日本で「はだかぜに(裸銭)」を渡すのは、相手に失礼な感じがぬぐえない。日本人はお金にまつわる良い事悪い事の両面を感じていて、お金を扱う力が無い場合(子供とか)お金は危険なものになるという無意識的な合意があるのかもしれない。だからお金をそのまま渡さない。




韓国人がそう思わずお金を金風船みたくオープンな形にしちゃうのは、お金をシンプルに「絶対良いもの!」と思ってる気持ちが強いからだろうか。お金に「おそれ」を強く感じる人が、お金をプレゼントツールにして喜ぶことはないと思う。



コモブはひとしきり皆が金風船で弾んだ後、自分の寝室にその金風船と箱を持っていき枕元に置いて座って眺めていた。娘からのプレゼントでコモブ夫婦は翌日から済州島旅行だ。いいないいな景気が良いな。




コモブの寝室の枕元に置かれた金風船がゆらゆら揺れるのを目にしながら、金風船の送り主の嫁と一緒に大量の洗い物をした。デキる嫁でありながらも性格の良い子で喋るのも楽しい。見た目も中身も良い笑 かくれんぼしながら走り回る嫁の子供たちの笑い声が聞こえる。きっとこのまま泊まっていくのだろう。私はお礼を言って義姉の家を失礼した。ナムルのお土産を沢山もらった。ちなみに義姉の作るナムルはものすごく美味しい。



6人の女が酒を酌み交わしながら、わははと飲み食いしたテボルムの夜だった。雲が厚くて満月はまるで見えない夜だったけど、月がどうだと言う人もいなかった。だいたい本物のテボルムの満月だって、顔出した位で金風船の半分も皆に「スゴイ~!」とは言ってもらえない。あの金風船とそれをもらってニコニコ顔だったコモブこそが、この日の完全な満月だったと思う。満ち足りていたな。いつまでもお元気でいてほしい。


ありがとうございました。
















 























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