見出し画像

体育会系調理補助ー最終回へ②ーこの仕事が好き

私は、首都近郊の病院の厨房で調理補助パートとして働いています。早朝のパートで、もう5年半。
色々ありましたが、今度 姑と暮らさなければならず、引っ越すため、もうすぐ仕事を辞めなければなりません。姑は、同居していた義弟が急死してしまったので、一人になってしまうのです。けれど……

その朝は、いつもよりタスクが多くありました。
朝 仕事に入ると、
「山田さん、当直の先生、1人分のお膳追加して下さい」
もちろん、パートは調理士さんがスムーズに仕事を運ぶため、雑務に分類できることは全部やります。この追加分の小鉢も主菜も、パートが盛り付け セットします。
「それと、6時50分に先生のお膳を1人分、食堂に持っていって」
私は、心の中で冷や汗をかきました。
(1人分のお膳を作って、さらに3階の食堂まで、先生のお膳を持っていくの? ただでさえ、キツキツの時間配分なのに、そんなことしたら時間通り患者さんに配膳できるかどうか……)
正直、先生の朝の時間より早く持ってきて下さいの要求は、私がこの仕事に就いて これが、3度目でした。たまに、早朝の急患など入ると、先生もお腹が空くので早めに要求が来ることがあります。

私は、急いで1人分のお膳を作り、いつもの業務を急ぎ、時間が来ると3階の食堂へ……。

降りてきて、急いで配膳準備、チーフと喧嘩してぶつかります。2人ともイライラしてます。(朝は、2人しかいない作業)。
「あなたは、人のせいにしている! 」
(誰も、なにも言ってないじゃないですか! )
なにも、言葉にしていないのに、決めつけられます。もしかしたら、それはチーフがチーフ自身に向かって言っていたのかもしれません。内心では、業務にない要求をする先生にイラついてたのかもしれません。

「山田さん! 多少後回しにしてもいいです! 上へ(患者さんの配膳へ)行ってください! 」
「はい! 」
私は、患者さんの配膳へ、また3階へ駆け上がりました。

配膳が、終わり、厨房へ帰るとき。
調理補助パートは、患者さんの料理のフタが専用バスケットに入っていれば、厨房に持ち帰ることができます。
介護士さんに、
「フタのバスケット、持っていっていいですか? 」
よく見ると、まだフタが取られてないお膳もありました。
介護士さんは、目をむき、
「ま、まだ配膳終わってないのに フタ持っていっていいかって言われたよー! 」
その介護士さんは、いつもは顔を合わせない、馴染みのない介護士さんでした。
「すみません! 」
私は、慌ててお辞儀をしました。少しでも、早く仕事を進めて業務を全うしたい、焦りから来た私の行動でした。

厨房に帰ってきて、
チーフは、休憩に外に出ます。
私は、一人になると、今までこらえてきたものがグッと……。

家では、病気の主人。それをからかう近所の人。仕事場では、ハードな毎日。6年近く……。実の両親はボケて老人ホームへ2人とも入ってしまいました。

思わず泣いていました。
これが、仕事に就いて親のことを思って以外で 泣いたのは、初めてのことでした。

そして、皿の洗浄に入り、3階食堂の昼ごはんセットに行って帰ってくる頃には、昼番の人たちとのバトンタッチが終わり、私はその頃には、気持ちの整理もついて、自分なりに今日あったことを考えて、前向きな方向へ答えが出せてました。

先生にも、私たちにも、それぞれの立場があり、それぞれの主張がある。それぞれのことを言っても仕方ない。パートは、要求された仕事をできるだけのことをしてこなすだけ。それが、パート。お金をもらってやっているのだから。

仕事は、終わる頃には、12分遅れで終わり、いつもの汗を流した爽快感がありました。

その日の業務のバトンタッチをした 昼番パートのナカちゃんが、
「山田さん、今日で私とは終わりですよね? お引っ越しされるのでしょう? 」
「あ……」
「これ……」
ナカちゃんは、手に手さげ袋を持って、
「お別れに……」
「あ、ありがとう……」

私は、家に帰る途中様々なことを思い出しました。
S店長、Оさん、シモジュウさん、М坂さん、マサキさん、ミズさん、サクラさん、シズさん……、
たくさんの、たくさんのことを教えてくれた人たち……。人付き合いのことも、世の中のルールも、そして、人としての思い遣りも……。

(S店長は、朝 私が来る前に、夏になると控え室に冷房を、冬は暖房を入れておいてくれたな……)

家に帰って、ナカちゃんのくれた袋を開けると中には手紙が……。

「すぐにでも逃げ出したくなるようなこの仕事で、山田さんを見てたら 私も頑張ろうと思えてました。尊敬しています。新しい土地でもお元気で。新しい土地でも温かくて優しい人たちがいるといいですね……」

それと、併せて私の好きな色のマグカップが入っていた……。

優しかったマサキさん、残り物も分けてくれたМ坂さん……、みんな怒ると怖いけど、仕事を通じて社会や人付き合いの色んなことを教えてくれた。
 
(辞めたくないよ、辞めたくないんだよ、ほんとうは……この仕事……)

私は、また 泪がこぼれた。


    *……この作品は、シリーズです。


©2023.9.28.山田えみこ



             

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?