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【創作】ダインの壁ー3ー

前回

主人公、亜由の所属する自主制作映画グループの会長、二谷義明が突然、交通事故で死んだ。二谷だけがグループ全体のメンバーの連絡先を知っていて、二谷亡きあとはメンバー同志で連絡を取ることが出来ない。ただ、亜由、脚本家の渡辺光雄、亜由の恋人役のジョウの三人だけはお互いに連絡が取れたが、果たして一年後のクランク・インに無事メンバーは集まるか?

二谷の交通事故から半年。夏が真っ盛りになった。青空には入道雲、舗装道路は陽炎がたち、所々逃げ水が発生した。
道行く人は、手にハンディタイプの扇風機を持つ者や、びっしょりになったハンカチで忙しく汗を拭く者がいた。婦人達の多くは黒い日傘を持ち、赤ん坊はぐったりとしてただ乳母車で暑さを耐え、子供たちはばたばたと走り回った。
サラリーマンは、シャツの襟元を緩めて苦しそうに息を切らせて歩いていく。
K駅前の往来は、夏のブワッと湿気の籠もった空気で包まれ、このような天気が何ヶ月か続くと思うと、ぞっとする……そんな話をする、おそらく体力の弱った者が横断歩道を歩いていった。

映画メンバーの待ち合わせ日時まで、あと半年。

亜由達は例によって、またK駅前のさびれた喫茶店に集まっていた。亜由、渡辺、ジョウの三人だ。独りで過ごしていては自主制作映画グループのメンバーが果たして約束を守るのかが気になってしまい、それをぐるぐる考えるよりは、こうやって時々三人で会うほうが気が楽になった。メンバーが集まるか心配で、神経が擦り減りそうになるときもある。なんとか二谷の遺志を守って創り上げてやりたいのだ。

三人は、あれからよく話したが、二谷という人物はどんな人間にも親切で、いつも誰をも丁寧に扱った。頼りになる皆のリーダーだった。自らが才能に溢れていただけでなく、周りの才能も見つけ、励ました。周りの誰もが二谷を慕っていた。

「亜由ちゃん、これ」

渡辺は、亜由に空色のA5判の大きさの日記付きスケジュール帳を手渡した。怪訝に思って渡辺を見上げると、
「これ、二谷の日記帳も兼ねてる」
はっとして、亜由は改めてその日記帳を見ると、裏表紙に二谷らしい字で「二谷義明」とある。
「見てもいいって、二谷さんのお母さんが……」
亜由は、渡辺をじっと見つめると、渡辺はうなずく。
ぱたぱたと日記帳をめくると、そこには所々「亜由」、「亜由」の文字があった。

ー以下、日記の内容からー
「4月〇日、大学の入学式。
☓☓高校の文化祭で見掛けた亜由を見つける。文化祭で演じてた「リア王」のコーネリア姫の亜由と、面影を重ねる。あのコーネリアが忘れられない。この大学に入学してきてたのか」

「4月△日、
あれから亜由の動向を探る。オレはストーカーか?(笑)。どうやら、演劇を続けるらしい。なんだか嬉しかった。オレは映画サークルで、来年大学も卒業するけどね」

ページを進めると……

「6月▲日、
演劇部にいるクラスメイトの話では、亜由は秋の文化祭で役を貰えるらしい。一年生なのに才能アリか?役はなんだろう。文化祭の演劇部行ってみるか」

「7月☆日、
今日は、亜由の誕生日。なんだ蟹座か。ふーん」

「7月★日、
なんだか、最近亜由のことばかり考える。学校は休みに入ってしまった。
学食で時々亜由を見つけて嬉しかったが、しばらく会えないのか……」

………………………………………………………………………………

亜由は、渡辺を見る。
渡辺は……
「二谷は、亜由のことが好きだったんだよ。恋愛でね。このあと俺は、二谷に持ち掛けられたんだ。『今、渡辺が書いているシナリオの【ダインの壁】、主役、亜由でいかないか?』って……」

近くのK駅の構内を、快速が大きな音をたて、ファーンと走り去っていった。


              つづく

画像は、メイプル楓さんの
   「みんなのフォトギャラリー」より
    いつもお世話になっております。

©2023.3.19.山田えみこ

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