見出し画像

【青春小説②】隣の彼女

〈前回のお話〉

◇◇◇

彼女は、席が隣同士になった時から俺にはずっと塩対応で、「愛想がない女だな」と思っていた。
いつも頬杖をして窓の外ばかり眺めていて、俺の方など見向きもしない。俺は、この女の横顔か斜め後ろからの姿しか見たことがなかった。

ところが、俺が珍しく風邪をこじらせて学校を三日も休んだ時、俺が久々に登校して席に着くなり、彼女は「はい、これ」とレポート用紙の束をポンと渡してくれた。

相変わらず愛想のない渡し方だったけど、受け取って見てみると、きれいな字で丁寧に三日分の板書が記されてあった。

「これ、清瀬さんが書いてくれたの?俺のために…?」

驚いて彼女を見た。

清瀬さんは、ちょっと面倒臭そうな表情をして、「うん、だってどの授業も結構な量だからさ。後で大変でしょ。」と軽くさらりと答えた。


自慢じゃないけど、俺は中学の頃からモテる方だった。女子達は「かっこいい」と言ってくれて、みんな俺をチヤホヤしてくれる。

でも、この清瀬さんだけは別だった。全然愛想がない。俺に対しては特に。だから、ずっと嫌われているんだと思っていた。

ところが…だ。こんなに丁寧にきれいな字でノートを書いてくれていたなんて…。
しかも俺のために。
なんだか胸の奥がジンと熱くなった。

「清瀬さん、ありがとう。清瀬さんって優しいんだね…」

思わず自分の口からこぼれ落ちた素直な言葉に、俺は赤面してしまった。

やべー!俺、何言ってるの?めっちゃ恥ずかしいんですけど。

その時の清瀬さんは、頬杖をして窓の外を眺めていて、俺の方なんて見向きもしない。でも、彼女の耳が少し赤くなっているのを見逃さなかった。

それから俺は、清瀬さんによく話しかけた。

彼女は相変わらず塩対応で、全く愛想はない。しかし、そのちょっとキツメの塩加減がだんだん癖になってきた。冷たくされると何故かホッとする。俺は変態か…。

彼女は他の女子とつるむことはなく、いつも一人でいた。でも、淋しそうではなく堂々としている。群れない女。クールで大人っぽくてカッコいいと思った。

そんな彼女のことが、俺はどんどん気になっていった。他の野郎どもは「清瀬さぁ、アイツなんか怖そうだよな」とビビっているけど、俺は全然怖くないぞ。いや、むしろ俺は彼女のことを…。うわっ!めっちゃヤベェ。

何なんだろう?この気持ち。今まで感じたことがない、不思議な感覚だった。

そんな俺が、ようやく勇気を振り絞って、清瀬さんを誘ったのだ。

「一緒に飯食おうよ」…と。

4時間目が終わった後、まだボーと外を眺めていた清瀬さんに、俺は思い切って声をかけた。昼飯を一緒に食おう…と。

そんな俺に対し、彼女はいつもと同じく不愛想に「はいはい、オッケー」と返答し、今から売店にパンを買いに行くと言ってふらり教室を出ていった。


◇◇

俺は待った。教室の自分の席に座って、彼女が戻ってくるのをじっと待ち続けた。

ところが、彼女はなかなか戻ってこない。

何なんだよアイツ。このままでは昼休みが終わってしまうではないか。

俺は、自分の弁当と清瀬さんに渡すつもりの映画のチケットを掴み、教室を飛び出した。

おそらく彼女のことだ。体育館裏のベンチだろう。

清瀬さんが授業を抜け出して居なくなる度に、隣席の俺が、いつも先生に頼まれて探しに行かされていた。だから、どこにいるのかくらい俺はよく知っている。

体育館の裏へ近づくと、清瀬さんの声がかすかに聞こえてきた。

ああ、やっぱり。ここだったんだな。

この場所なら、うるさい教室より、うんと静かに話ができそうだ。2人きりで語り合う絶好のチャンスではないか。

俺は声のする方へゆっくり近づいていった。

…と、その時、清瀬さん以外の声が聞こえてきた。

ボソボソとした男の声と、清瀬さんの声。この二つがテンポよく混ざり合って弾んで聴こえてくる。

なに!

俺はショックで身体が固まりだした。胸の鼓動が早まり、口から心臓が飛び出しそうになった。

「嘘だろう?まさか…」

体育館の外壁にベッタリ張りついて、裏のベンチをそっと覗くと、清瀬さんの奥に男が座っているのが見えた。

二人は何やら楽しそうに笑い、パンを食べている。

おい。ちょっと待てよ。

清瀬さんの横にいる野郎、あれはもしかして…。



「大野ーーーーーーー!」

俺はでかい声で叫んだ。

その声にビクッとしたベンチの二人が、俺の方をハッと見た。

まず最初に声を発したのは、清瀬さんだった。

「あれぇ?なんでフジマキがここに居るの?」

清瀬さんは俺との約束(昼飯を一緒に食う)をすっかり忘れているみたいだった。でも、俺が弁当を持っているのを見つけて、

「あっ!一緒に食べる?いいよ。こっちにおいでよ。」

と手招きしてきた。

その横にいる大野は、ぽかんと俺を見つめている。

「先輩…。藤巻先輩。どうしてここに?」

大野は持っているパンを落としそうになり、慌ててもう一度掴み直している。

そう、こいつは俺の部活の後輩の大野だ。

なんで大野が、俺の清瀬さんと二人っきりで、しかも、俺たちの秘密の場所で飯を食っているんだ?

清瀬さんは、そんなことなど意に介さず、あっけらかんと「こっちに来て座りなよ~」と言い、ニコッと笑った。

うわぁ!彼女の笑顔、初めて見た。
可愛い…。マジ惚れた。

清瀬さんと大野が座っているベンチに近づく。この二人の間にできている50cmほどの空スペースに俺は座った。

右に大野。左に清瀬さん。両者に挟まれている俺。

このポジション、めっちゃ話しにくいんですけど…。

俺は、母が作ってくれた弁当を自分の膝の上で開けた。すると、それを見ていた清瀬さんが、

「フジマキ!その卵焼き、うまそうじゃん。一個ちょうだい」

と言い、俺の弁当箱からおかずを一つつまみ上げて、ペロリと食べた。

「うん!美味しい!」

続けて、大野まで「先輩、美味しそうですね!」と言ってきた。仕方がないから、唐揚げを一個、大野にあげる。


何なんだよ…これ。

俺、完全に主導権を奪われてるじゃん。

左にモグモグと俺のおかずをつまみ食いしている清瀬さん。右に、頬を赤らめて清瀬さんをチラチラ見ている大野。

その間に挟まれて弁当を無言で食っている俺。

これって何かの罰ゲームですか?

映画のチケット、いつ渡そう…。(泣)

目尻に涙を浮かべながら、俺は移ろい流れる秋の空をそっと見上げた。


◇◇◇

〈次回のお話〉

〈全話収録中のマガジン〉


よろしければサポートお願いします!いただいたサポートは旅の資金にさせていただきます✨