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#001-2【A面】



 一日の中で一番暑い時間を少し過ぎた頃、彼に帰りたくないと言われるがまま帰るのを先延ばしにして、コンビニでこれ飲みたいと言われるがまま缶ビールを2本買った。コンビニを出ると、彼は勢いよくプルトップを押し上げて、1本をわたしに渡して乾杯をした。缶が少し汗をかき始めた頃、新しいのか古いのかよくわからない、窓がなくて消毒の匂いが充満した小さな部屋にたどり着いた。

 「子供は、お酒飲んだらいけないんだよ。成長にも悪いよ。」

 「もう、充分大きいよ。176.3㎝。」

 「そういうことじゃないんだよなぁ。」

 律儀に小数点以下まで教えてくれるところが、かわいらしい。

 「ねぇ、僕、童貞じゃないから気にしないよ。」

 「…わたし、あのアプリで会うの、春人くんが初めてなの。わたしも、恋人に浮気されて別れて、遊び相手欲しさに始めたところはあるけどさ、高校卒業してるとはいえ、未成年相手にそういう気分にはなれないよ。」

 「僕がよかったらいいでしょ。」

 「よくないよ。それに、春人くんのことはそういう風に見てないよ。」

 「…ケチ。じゃあ、手繋いで一緒にお昼寝して。」

 「いいよ。おいで。」

 彼は缶の底に沈んだアルコールを一気にあおって、「ぬっる。」と苦い顔をした。彼のまねをしてわたしも底にたまった、残りを一気にあおる。ぬるくなると、苦みを増したようだった。ふとした時に脳裏に浮かんで、なかなか離れてくれない、いつかの思い出のように、口の中に嫌な味を残した。
 彼の右手はあたたかくて、わたしの冷えた手のひらを「気持ちいい」と言って、自分の頬にくっつけて目を閉じた。少し火照って、ほんのり赤く染まったところから、少しずつ彼の体温がわたしにうつってくる。形のいい耳には、小さな穴どころか、傷ひとつついていない。髪の毛は、よく手入れされているようで、小さな犬のように柔らかい。
 本当は礼儀正しいのに、ビール350mLでお姉さんにタメ口きくようになっちゃうんじゃ、まだまだだなぁ。すぐに安い石鹸の香りをまとってする、安いセックスばかりで、つまらなかったけど、少し青さの残る彼のやさしさに懐かしさを思い出して穏やかな気持ちになった。

 いつか彼は、スクロールに飽きて、友達に誘われた合コンに参加するようになるんだろう。若いノリに任せて飲んで、酔って。「抜け出しちゃおうよ」といたずらに笑う女の子と、もつれあいながら帰るような思い出がいくつか増える中で、かわいい彼女もきっとできるからね。

 彼の呼吸が規則的になったことを確かめると起き上がって、カバンを探って花がプリントされたメモパッドを取り出す。その中から、”ミヤコワスレ”がプリントされたページを切り離した。「きょうは、ありがとう。急用ができてしまって、先に帰ります。ごめんなさい。元気でね。」と、書き置きをして部屋をあとにした。



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