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欠けた1ピース。



『足りない』wacci × ものがたり



 「あのさ、俺たち、もう終わりにしよう。」

 「え、どうして。直してほしいところがあるなら…」

 「違うんだ。君に足りないところがあるんじゃない。俺がいないといけない子がいるから…。」

 「…そっか。仕方ないよね、幸せになってね。」

 あなたの最後の言葉が耳の中でこだまして、体の中に影を落とす。わたしは、あなたがいなくても平気だと思っているんだろうか。本当に、見る目がないなぁ。見せ方が下手だなぁ、わたし。



 終わりはあっけなかったなぁ。いままでの時間なんてなかったかのように。きょうは、先週会って観たいと話した映画を観るはずだったのに。マイリストに登録しておいた映画を、削除する。彼と、わたしの映画の趣味はとことん合わなかった。これからは、自分の好きな映画だけを観るんだ。彼の好みかどうかなんて気にせずに。

 「あ、これ…。」

 お気に入り登録された映画は、彼がいいねと言ってくれたものだった。自分一人では見ることはなかった、アクション系。彼がすきだったから有名なシリーズは観ていた。そうして、彼との共通の話題のために集めた映画に紛れて、おすすめされたそれには、わたしがよく観る恋愛の要素もあって、2人で盛り上がることができた。きっともう観ることなんてないんだろうな。ただ、観るか観ないかなんてことよりも、いまは彼の気配を感じるものを近くに置いておくことが辛いという思いだけで、リストから削除するボタンを押す。


 寝室には、彼と選んだパジャマ。あの日のことが思い出される。彼との思い出にまだ色があって、匂いもして、味もすることに涙が出た。
 待つことを嫌う彼が、わたしの買い物に飽きもせずに付き合ってくれることへの、小さな違和感。優しい彼に、なぜか悲しくなった。突然、優しくなるのはやましいことがあるからだと、いつか誰かに教えてもらったことを思い出した。新しく買った部屋着をまとって「ありがとう。」と、何度もキスをした。嫌な予感が当たらないようにとすがりついていたのだと思う。「どうしたの?寝るよ。」と、にこにこ頭をなでてくれる大きな手は、わたしではない何かをなぞっているようだった。寂しさが体中に広がっただけだった。

 サーーー…

 いつの間にか、外では静かに雨が降り始めていた。傘持っていかなかったなぁ。どうでもいいや。そんなこと、やっぱり簡単に思えるようにはならないな。いじわるな彼に、無理に優しくする必要もない。これでよかったはずなのに。



 ゆうべ、わたしの元を去った彼は、その足であの子のところに帰ったのだろうか。「幸せになってね。」なんて、あの時には言えたのに、無意識に探ってしまっていた知らない誰かの影。あの言葉は、ただの強がりだったと気づかされて、わたしの真ん中が傷んだ。見ないふりをしているうちに、取り返しのつかないところまで、腐って醜くなってしまうんだ、きっと。

 だから―

 今度こそはちゃんと、さよならをしよう。全部全部、どうでもいいんだ。きつく抱きしめてくれたこと、電話するとき少しだけ甘えた声になること、何度もぶつかり合って傷つけて、そのたびに乗り越えて仲直りをしてきたこと。わたし一人に向けられていた笑顔が他の人に向けられることも、その人と手を繋ぐことも、全部どうでもいい。
 あなたが好きと言ってくれたわたしとも、わたしが好きになったあなたともお別れをして、新しい明日に向かっていく。あなたがいなくなった世界で、新しい自分になって、わたしは新しい明日を生きていく。





わたしのペースで、のんびり頑張ります。よかったら応援もよろしくお願いします。