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009:すきな人。



 ”茜くんが近くにいたらいいのにね。
 彼女の言葉に加速させられていく想い。自分の自由時間を、彼女のために。そんな思いで、日々を過ごすことが多くなった。彼女が夜勤の日には、休憩時間に連絡が来るのを待ったし、帰る時間には起きて、一番にお疲れ様を伝えた。

 彼女と話している間は、自分が作り上げたキャラクターを演じていなければいけないと思うこともなく、いつもありのままの自分でいられる気がした。遠く離れているのに、近くにいるような不思議な気持ちになる。彼女も、”今週末、会おうよって会えそうな気がする。離れているのに、近くにいる気がして”と話した。この頃には、彼女も気持ちを隠すのを諦めたようで、否定する言葉は少なくなっていた。いまだと思った。彼女とプライベートで使っている連絡先を交換した。



 早く会いたいねと話しているうちに、どうして僕たちは恋人同士ではないんだろうと思い始めていた。きょうは一段と彼女を愛おしいと思う。いつもより多めに好きを伝え合っている中で、会ったら絶対に気持ちを伝えるから、もう少し待ってほしいと伝えた。

 『早くわたしのこと彼女にして。

早く僕の彼女になって。

 彼女は待ちきれないと言った風に、何度も何度も繰り返しては無邪気に笑った。
 彼女は、僕の告白をしっかりと受けてくれるんだろうか。こんなに思いを伝え合っていて、好きであることはもう知っていても、僕たちはまだ会ったことすらない。小さな不安が、ぐるぐると心に模様を描く。

 『会うまで待ちきれない。

言っていいの?

 『だめ。

 付き合うのは会ってから。なんとなく、お互いにそんな風に思っていたから、ずっと付き合おうということにはなっていなかったのだけど、この場合は、結局、どっちが折れたことになるんだろうか。まぁ、どっちでもいいか。何度か、そんなやり取りをして、彼女が小さく『いいよ。』とつぶやいた。

『好きです。僕の彼女になってください。』

『はい、よろしくおねがいします。』

 短い告白の言葉に短い返事で、僕たちは恋人同士になった。お互いを”彼女”、”彼氏”と言って周りに紹介できる、そんな関係になったのだ。名前呼び合うのすら、なんだか照れくさいねなんて話していた僕らが、恋人同士。くすぐったいな。
 好きとわかっていても、告白は緊張するものだ。彼女は周りから”思わせぶりガール”なんても呼ばれているもんだから、内心ドキドキだった。ふたり会ったら、どこに行こうか、何を食べようか、どんなことをしようか。そんな、これからのことを想像しては、胸が鳴る音を無視できずに何度も寝返りを打った。彼女に会えるまで、あと47日。



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