「君たちはどう生きるか」全米で受賞ラッシュ、そして意外なジブリランキングは?
先ごろ行われたアメリカのゴールデングローブ賞では、スタジオジブリのアニメ「君たちはどう生きるか」が、アニメ賞を受賞。
必ずやアカデミー賞も狙えるでしょう。
日本で大ヒットした「君たちはどう生きるか」
はたしてアメリカでは、どう受け取られているか、レポしていきます。
アメリカ版タイトルは「少年とアオサギ」
わたし自身は、宮崎駿氏によるアニメーション映画「君たちはどう生きるか」を、ニューヨークでの先行上映で11月末に見てきました。
全米では「The Boy and the Heron」というタイトルで12月8日公開。
「少年とアオサギ」
というストレートというか、身も蓋もないタイトルです。
ええええー。
そんな味気ないタイトルなのか!
とは思うものの、実際の内容を観れば、これほど正しいタイトルはないですよね(笑)
日本語を直訳して、
「How Do You Want to Live」
というタイトルだったら、もはや宗教勧誘映画のようなので、タイトルを変えた意図はよくわかります。
ニューヨークでは、ソーホーにある「アンジェリカ・フィルム・センター」で先行上映されました。
この「アンジェリカ・フィルム・センター」は、文芸映画、インディペンデント映画の牙城として、長い歴史を誇る映画館で、東京でいえば、(今はなき)岩波ホールみたいな存在なんですね。
「アンジェリカで映画を見るのが好き」
というと、なにかこうインテリな、あるいはちょっと気取ったスノッブ臭が漂うイメージで、マッチドットコムの自己紹介にこう書けば、かなり相手が絞り込める感じですかね。
アメリカでの上映は、吹き替え番と、日本語に英語字幕がつくスタイルがありました。
アジア系住人はやはり多めの客層
劇場は満杯で、ジブリファンのアメリカ人観客たちが詰めかけていました。
わりとアジア系が多いのも特徴です。
アジア系は当然ながら、小さい時から「トトロ」を見て育っているのですね。私の前も、横の席も、アジア系カップルでした。
さて、映画を見た感想をまずイッパツ。
うわあああああ!
これは面白い!
めくるめくビジュアルで、最高ではないのー!
圧倒的なビジュアルで、もう絵に酩酊するような感じ。
あまりに良かったので、つぎは巨大なIMAXでもう1回観ました。
これが大正解で、この映画はとにかく大きな画面で観たほうが、より楽しい。気持ちよくトリップできますね!
アメリカでブームとなった「千と千尋」
ジブリ映画がアメリカで話題になったときといえば、なんといっても2002年公開の「千と千尋の神隠し」(英語タイトル:Spirited Away)の時。
当時、映画館のロビーに行列ができて、若者たちが床に座って待っていたのを覚えています。
国は越えても見るからに、「オーマイガッ、ザッツ・オタ—ク!」とわかるオーラがあるものなんですよ。
そしてまたオタクの若者たちが、アメリカでは男女混合の仲良しグループで来ていることに新鮮な驚きがあって、
「オタクがモテないなんてウソじゃん、むしろ同好の仲間がいて、恋愛しやすいじゃん」
と思ったものでした。
「少年とアオサギ」に来ている子たちは、男女混合グループが多くて、きっと共有しやすいものだとわかります。
白人の高齢層にも人気のジブリ
それからジブリは、白人のわりと高年齢のファンが多いんですよね。
たとえば日本のアニメでも「呪術回戦」みたいな、戦闘系アニメは観ないけれど、シュールレアリズムのあるファンタジー作品が好きな層もかなりいるわけです。
わたしもこのゾーンにズバッと当てはまります。
シュールレアリズムが映画や芸術で流行ったのは、70年代くらいなので、年齢的には今の高齢層はバチッと当てはまる。
ことにアンジェリカで、こうしたゾーンの客層が来ている感じでした。
なぜか優雅な戦時下のお屋敷
さて、まず設定を説明すると、物語は、第二次世界対戦時が舞台。
空襲で、病院にいる母を亡くしてしまった主人公の牧真人(まきまひと)少年。
軍需工場を経営している父について、田舎に疎開します。
このあたり、宮崎駿監督はご自分を投影しているようですね。
実際に父君が空軍の軍需工場を経営していたよう。
疎開といっても軍需工場があれば、敵機から空襲を受けそうなものですが、映画のなかでは戦火とは一切縁がない、のんびりとした田舎です。
それも広大で、優雅なお屋敷。
うちは両親が第二次世界大戦を経験した戦中派だったので、この優雅な疎開先のようすには面くらいました。
えええー! 戦時中に、こんなラグジュリアスな生活ができたの?
だってサイパンが落ちた1944年ですよ?
すでに金属類回収令とか、「ぜいたくは敵だ」「欲しがりません、勝つまでは」といったスローガンが横行していたと思うんだけど、奥さまがきれいな着物姿で、人力車に乗っているとは。
お屋敷で働くばあやさんたちですら、ミニ湯ばあばのようで、しかも7人、ほとんど白雪姫のドワーフよ。
つまりこの田舎のお屋敷じたいが異世界、「千と千尋」のトンネルのように、半分魔界に足を突っ込んでいるってことなんでしょうね。
そしてお屋敷での冒険が始まりますが、空襲でお母さんを亡くした真人少年の「助けられなかった」お母さんに対する贖罪の意識、母に対する思慕、後妻に対する拒否感。
その真人少年が、やがておのれの弱さも認めて、成長していく物語なんですが、個人の内宇宙の話なので、ドラマツルギーはそれほど強くない。
あくまで少年の「母恋」物語であり、彼のビルドゥングスロマンなのです。
物語としては、それほど強いカタルシスが起こる作品ではないと思います。
けれども、映像的には圧倒的にすばらしく、まさに「めくるめく」という言葉がぴったり。
批評家は絶賛!全米で受賞ラッシュ
アメリカでのボックスオフィスは、なんと公開週に一位を取るという快挙。
2024年の興業成績(1月16日付)では、13位に食いこんでいます。
アメリカでの批評家からの評価は、ものすごく高いです。
それはそうでしょうね、プロの批評家で、この作品を低評価する人はいないでしょう。
なぜならクリエイティビティが圧倒的だから。
「ニューヨーク映画批評協会」「ロサンゼルス映画批評家協会」そして「ゴールデングローブ賞」のアニメ賞を獲得!
映画評論家たちものきなみ絶賛で、ロットントマトのトマトメーターは97%と超フレッシュ。
観客はトマトメーターは88%ほど
いっぽう観客のメーターは88%と批評家と比べたら低めなのも理解できるところです。
観客というのは、自分のお金と時間を使って行っている人たちですから、それに伴う対価が欲しい。感動であれ、謎解きの快感であれ、ハラハラするサスペンスとカタルシスであれ、とにかく感情的に満足したい。
それがこの映画では、圧倒的な映像の美しさはあるものの、プロットの落としどころで、ピンと来ないひともいるはず。
ジブリファンにとっては「自分にとってのベスト作品」にはならないかもしれないですね。
絶対センターは取れないけれど、3番目の推しみたいな立ちイチでしょうか。
意外!全米ジブリ作品トップ10
ちなみにトマトメーターによるジブリの人気作品ランキングが、意外といえば意外なので、併記しておきましょう。
どるるるる、じゃーん!
10位 「思い出のマーニー」 トマトメーター 92%
9位 「となりのトトロ」トマトメーター 93%
8位 「もののけ姫」トマトメーター 93%
7位 「借りぐらしのアリエッティ」 トマトメーター 94%
6位 「君たちはどう生きるか」 トマトメーター 97%
5位 「千と千尋の神隠し」 トマトメーター 96%
4位 「火垂るの墓」 トマトメーター 100%
3位 「魔女の宅急便」トマトメーター 98%
2位 「おもひでぽろぽろ」 トマトメーター 100%
1位 「かぐや姫の物語」 トマトメーター100%
「あれー?」と首をかしげたひと、手を挙げて。
て、それはわたしか。
ワンツートップが、宮崎作品ではないとは!
高畑監督作品が強し!
なんと「ラピュタ」や「ナウシカ」や「紅の豚」が10位以下。
実は「おもひでぽろぽろ」のアメリカにおける公開は、実は2016年に英語版をリリース。声優にデイジー・リドリー(スターウォーズ)や、デーヴ・パテル(スラムドッグミリオネア)などを揃えた豪華な布陣なのです。
「かぐや姫の物語」の声優は、クロエ・モリッツと、これまた今どきの人気俳優。
これは「千と千尋」で一気に北米での知名度が上がったジブリの他作品もリブートするという動きでしょう。
わりと観客層が若くて、最近の作品を観ている感じがしますよね。
日本だと、金曜ロードショーなどで、繰り返し「天空の城 ラピュタ」が放映されて、全国民が「バルス!」と叫んだりできるわけですが、アメリカではそれはない。公開時に観るか、HBO MAXで観るのが多いと思います。
(ネトフリでのジブリ作品配信は、アメリカとカナダではありません)
創造は無意識の深海から生まれる
ディズニーやピクサー、ドリームワークスのアニメでは、製作費に対する売上が重視されますから、シーンも登場人物も、あるいは起こる出来事も一切ムダはなくて、すべてが伝えたいメッセージに向かって収斂されなくてはならない。
そういう縛りのあるクリエイターからしたら、この宮崎作品の自由さは、本当にうらやましいものでしょう。
7割の観客をだいたい満足させられるゾーンに持ち込むには「ワケがわからない」ゾーンが消されてしまうんですよね。
で、作家性というのは、だいたいこの「ワケがわからない」ゾーン、無意識の深海からのクリエイションによる物が多い。
もう宮崎監督的には、整合性とかドラマツルギーとかもはや気にならず、自分の内側から、どんどんわきあがってくるイメージを絵にしているようで、そこがすばらしい。
「わらわら」とか「まっくろくろすけ」みたいな、丸いものが増殖していくシーン。
生きものが、いっぱいわきあがるイメージ。
波の動きや帆の動き。
魚を切った時に、むりむりと飛び出る中身、‘
ジャムを塗ったパンのおいしさ。
強くて、純粋な少女。
ナゾの美女(大人の美人キャラはだいたい何を考えているかわからない)
詳しいことは宮崎駿ガチファンの方たちにお任せしますが、もう宮崎作品の集大成みたいで、おもしろい!
ざっくりいえば、宮崎監督は少女が大好きで、童話みたいなおばあちゃんも好き、その中間にある大人の女性はあまりわからないゾーンのようですね。
ともあれこれだけビジュアルのローラーコースターを楽しませてくれたんなら、ツジツマとかどうでもよくないでしょう。
探求した自分も放つ、自由闊達な境地
禅の教義では、有名な「十牛図」というのがありますが、あの境地なのかもしれないですね。
「十牛図」の始まりは、失踪した牛を探すところから始まるんですね。
喪った自己探求から始まる。
そして牛を見つけて家に帰ってから、主人公は、牛のことを忘れてしまう。
探求した自己を手放す境地。
芸術家も、そういう境地になるのかもしれないなあ、と想像します。
宮崎駿さんの想像力のおもむくままに自由闊達、天衣無縫に展開されるビジュアルのすばらしさ、圧倒的なクリエイティビティを見せた今作は、やはり傑作と感じました。
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