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無名人インタビューを通して、お話を聞かせてもらった方の記事をまとめています。
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記事一覧

マイノリティだからこそ見つけられる幸せを見つけていきたい人

難しいよね。何が? 何よ。なんだって? 幸せです。 幸せは難しい。その難しさは、何者かになる難しさに似ている。 何者かになりたい。幸せになりたい。 愛も難しいね。愛したい、愛されたい、結果、それは別に意地悪で言ってるんじゃなくて、それそのもの、愛、何者、幸せってそれだけ取ったら難しいよね。それは人それぞれだし。 だって結局それって言葉にしたら、愛っていうのは好きな人と抱き合ってるときのことだったり、何者っていうのが無名人じゃなく有名人になっていることだったり、幸せっていうのが

可笑師司という人

今は禁止? なんでしたっけ、昔、組体操という運動会でやってたものがありまして。 例えば人間ピラミッドみたいなのがあるんです。人が四つん這いになって5人ならび、その上にまた人が四つん這いになってならび、って。 四つん這いの人の上にさらに人が四つん這いってどういう状況かというと、例えば私が一番下の四つん這いだったら、私の背中に、上に四つん這いになる人の手と膝が乗っかるわけです。 これ痛いんですよね。上に人が乗っかるから、自分の膝が痛いし。背中に人の膝があたるから痛いし。でも、やっ

noteに書いたからそうしなきゃって責任感が生まれる毒親育ちの人

車に乗って北へ。子供のころの話だ。父親の実家、秋田へ。父親の運転で、十なん時間かけて、日も昇らない時間から、夜にやっとたどりつくかくらいの距離で。 その車中、父親は井上陽水をかけて、母親はビートルズをかけた。まだ私qbcなんて子どものころで、その音楽の違いなんかはぜんぜんわからないんだけれども、でも、長い車中の中、そのふたつが順ぐりにかかって、そうだな東北の稲の先っぽのグリーンが風にゆれているのを眺めていたのを覚えている。拾い田畑を、風が走ると、さあっと一様に揺れていく様子を

頭は男、身体は女性の状態の人

無名人インタビューをしていると、今まで会ったことのない人と会います。 会うというかお話します、お話して、ああそうだよなこの人も人だよな、と思うのですよね。人は人でしかない、ということを確認えんえんし続ける旅のように無名人インタビューを思ったりすることも、あります。 その中で、多重人格の人と話すことがちらちら増えて、そもそも人間には多重人格性があるのでは? とか、そもそも人間の人格の一貫性というのが怪しいのでは? と思うようになりました? 人間、なんで、一人の人間としての人格を

みんな話を聞いてほしいんじゃないかなって思う人

話を聞くことを4年やってきてるけど、それでわかったのは、逆説的だけど、ぜんぜん人の話なんか聞かなくても生きていけるってことだよね。ぜんぜん聞かなくていいよ。 パワフルに、自己主張だけガンガン火を絶やさず自分って火種を焚き続けてさえいれば、もーぜんぜん、他人の話なんか一切耳に入れることなんていなくていい。オッケーオッケー。 だからだと思うんだけど、話を聞いてもらえなくていらいらする、てことになるんだよね。これは権力の問題でもあるのよね。自分よりも立場が上の偉い人の話っていうのは

自分の気持ちを大事にしてくれる人は自分も絶対大事にするって決めているライターの人

なんだかんだでけっこうこのまえがき緊張するんですよ、場合によっては全削除させられるし。タイトルちょこっと変更くらいならぜんぜんまだいいんですけど。 まえがきに対して全削除とか、まああることで。怖いんです、どきどきです。でも、書きたいこと書けなくなった世の中なんか、嫌ですよね。別になんか露悪的な気持ちじゃなくて、インタビュー参加者が好きほうだい喋っていいんだから、私も好きほうだい書いているって感じです。別に、悪いこと書くつもりはないし。ねえ。 ともあれ、もう2月も終わってしまい

ランサーズネーミング提案数17500件のコピーライターの人

どん! 突破!! すごい! 突破!!! すごすぎる!!!!! なんにせよ、人間というものは自分の限界に壁を作ってしまうものです。あーこれはむりー、ここまでやるのは自分にはちょっとできないかもー、どうせ自分なんてねー、って。 そうなんですよね、聞いた話によると、人間は自分の能力を全開放してしまうと、例えば本気で走ったりすると骨が折れちゃうとかね、そういうことだから自分に限界を設けることはしごく当然本能本物太郎ということらしいですね。 本物太郎じゃしかたねっすね。 とはいえ、じゃ

今まで経験してきたことや仕事の叡智を記して、伝えておきたい心理療法家の人

人間のある程度年齢たっしたら人に何か物を伝えたくなる、教えたくなる、残したくなる傾向は、それはそれは年齢、40、50、60になったら当たり前だなーと思ってたんですが、最近は若くても、10代、20代でもそういう傾向を、インタビューの中で散見し、あ、これは年齢関わらず人間の性向なのかなと思っております。 仮に、例えば年齢が上になればなるほど、知識と人間関係が増えるので、伝えるべき知識、伝えるべき相手があふれるので、そういった気持ちになりやすかった。 のが、現代のネットの情報革命社

自分が思った世界がそのままドンッて現れるよって人

もはや私qbcにとっての儀式だったそれは。 朝、起きて、目薬を点眼する。そうだね緑内障の薬だ。目薬は光にさらしてはいけない、常温保管もいけない。簡易遮光ビニールパックに入れて冷蔵庫にしまってる。 さいきんジェネリック医薬品に変わった。謎の多い社会である。 私にとって、どうもこの現代社会はわかりにくすぎる。 人が多すぎる。 考え方がたくさんありすぎる。 全員と握手をするには手一杯、全員の顔を覚えるには目一杯で、脳も脳のて、脳漿がどうも台風大雨後の荒川みたいに濁流だし。 そういえ

人間関係がうまくいかないフラストレーションとか、なんでこんなこともできねえんだよっていう社会に対する憤りを何かにぶつけたい人

人生はドラマのようだ。苦悶があって、葛藤があって、解決がある。 まー解決のない人生も、あるが。 いや違う。ドラマが先なんではなくて、人生のほうが先だ。 人生から勘所を抽出して作ったのがドラマなんだ。 なので感じの良い人生というのには、苦悶、葛藤、解決があるんだなと。 若いというのは葛藤の時期と言いますね。(急に口調を変える) 一般には、子供や学生といった身分から、新しく社会の一員になるという段になって、どうやってその社会の一員になるか、ということで葛藤が生まれるようです。 例

アダルト音声配信サイトで文芸活動をしている大学生の人

忘れていたわけではないのだけど、忘れていた。 したと思っていたけどできていなかった。 でも、もう、遅い。 手前から取ってきたらいいのに、それができなくて、忘れ物も忘れた。 もう戻ってこないカーディガン。 ということで無名人インタビューgo!!!!! 【まえがき:qbc・栗林康弘(無名人インタビュー主催)】 今回ご参加いただいたのは 林檎 さんです!https://twitter.com/Madaagesomeshi 現在:自分らしい表現っていうとあれですけど、普通のお話で

目に見えない世界を信じて力を借りると3次元が生きやすくなる。人

世が世なら私qbcはお妃様だったと思うことはありませんが、私、ブルーバックスシリーズというサイエンスの新書を子供の頃からちょいちょい読んでいたわけですが、高校生くらいの頃ですかね、バイオフィードバックに関する本を読み出してですね、なんと言いますでしょう、念じることで手があったかくなったり冷たくなったりする、瞑想のような、自律神経を自分でコントロールするぜ的なことを、夜、寝る前に、するようになったんですね。 自分の体を自分のものとして感じるトレーニングといえばよいのかもしれませ

これからの果肉自身の活動を期待できるようなことをしていきたい人

転生したいって思ったことありますか? 転生っていうか、私qbcは、記憶残したまま人生を過去からやり直せるって言うなら、やり直したい派ですね。めちゃくちゃやり直したいです。 あの時ああしていればよかったーとかはあんまり思い浮かばないんですが、強くてニューゲームはやっぱりやってみたいですよね。 どういう生き方になるんですかね。やっぱり言うのかな、私って人生2週目だよ! って。どうなんでしょう。 というか、人生2週目でも、あの親、あの家族、あの親戚なんでしょうかね。あの友達、あの地

ちゃんと自分の足だけで立たなきゃいけないプレッシャーを感じている人

家族仲、いいですか? うち? えー私qbcの家はあんまり仲良くないかも。 なんか何回か話してるけど、うちは父親が自己破産してしまって別居して、父親は秋田の実家に住んでたんですけど、そこで死んでしまったんですよね。 で、お葬式は秋田でやったんですけど、母親はじめ、他の家族も秋田までやってきたんですよね。喪主は私。何がしんどいって、秋田の方言がわからない。ご近所さんが挨拶にくるんだけど、おじいちゃんおばあちゃんたちの言っている言葉が、もうほんとうにわからない。 なんちいか、父親は