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世界の終わり #2-14 ギフト

「……!」
 言葉を失っている掛橋へ向けて、どこからか不快なノイズ音と人の声とが発せられた。作りもののような声が耳に届く。しかし山岡の告白に心を奪われてしまっているために、呼びかけへ耳を傾けることができない。
「ははは。はじめて見たよ、グールが人を襲うところを。なあァ、掛橋さん。あんたの大好きなルルカちゃんは、獣のような咆哮をあげて、醜い、吐き気がするほど醜い顔で、あの男の首に噛みついて動脈を噛み切ったんだ。はは、はははは。ざまぁないな。グールだよ。あんたが毎日毎日、話しかけて可愛がっていたルルカちゃんは、野蛮なグールそのものだったぜ。目を見開いてよく見てみろよ、人に多くを語り、カウンセリングしてもらう必要があるのは、おれじゃなくってあんたじゃねぇのか? なぁ掛橋さん。掛橋さんよォ、おれじゃなくって、グールだ。グールが西条の野郎を殺したんだ。どうだ、どうなんだ、どんな気分なのか答えろって。あんたの大好きなルルカちゃんは、まだルルカちゃんのままなのか? まだ可愛い娘の代用品のままかよ。愛する家族の一員かぁ? なァ、おれはたしかに刺したが、刺しただけだぜ。そして檻の中にぶちこんでやっただけだ。あの場からはすぐに立ち去ったよ。鍵もかけずに――」
「掛橋さんッ!」
 小野が声をあげて掛橋へ飛びつく。
 床のうえで、山岡は顔を庇っている。
 掛橋は殴っていた。拳を握り、山岡の口を黙らせるべく、衝動的に山岡を殴り倒していた。
「はは、ははははは。ぶち切れやがって。情けねぇなあぁ、なァ、掛橋さんよォ。だからあんたは羽鳥さんの代わりになれねぇんだ。これがあんたの本心だろうが。いいたいことをいって、悦に浸って、最後は殴って鬱憤を晴らしたかった。それがあんたの本心じゃねぇのか」
「黙れッ!」
 掛橋の背後で女性が声を発している――器械を通して聞こえてくるその声は、『正門前に、いま、正門前に』と、ノイズ混じりの聞き取り辛い声で告げていた。無線機から発せられている三枝の声。しかし三枝の声は、まだ掛橋の耳には届かない。
「全部知ってんだろ、知ってるうえでおれをいたぶろうって魂胆だろうが。わかってんだよ、畜生ッ! 姑息な手段ばかり使いやがって。最初から全部知ってたんだろうがッ!」
「黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れッ」
「どうして宿舎の前まで運んだんだ? 懲戒のつもりか。それとも単なる嫌がらせかよ。なんのつもりで西条の遺体を運んだ? どうしてわざわざ扉の前まで運んだんだッ!」
「…………」

 ――運んだ?

 凝り固まる掛橋の背後で、無線機越しに訴えかける三枝の声が空しく響き渡る。
『正門前に羽鳥さんの乗ったトラックが到着しました。聞こえていますか? いま、正門前に羽鳥さんの乗ったトラックが到着しました』


 なぜ掛橋の部屋の前で西条は死んでいたのか。


 肩で息をする掛橋の頭の中に、理解の範疇を超えた謎が残ってしまった。

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