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世界の終わり #4-3 メタフィクション

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「さて――」ワゴン車の開かれたドアの前に立った柏樹は、車内にいる男女をゆっくり見回した。太陽を薄い雲が覆ったせいで光量が弱まり、やんでいた野犬の遠吠えが再び鼓膜を震わせている。「邪魔者は去ったし、続きをはじめようか。といっても、脅しの続きは勘弁してくれよ。できれば建設的な話がしたい。天王寺くんと同じ目にはあいたくないしね」
「すみません」と、手前のシートに座っていた色白の青年が頭をさげる。
 つられて隣にいた少女も浅く項垂れた。
 青年の言葉を受けて緊張が解れたのか、柏樹は口元に笑みを浮かべ、表情を緩めて半歩前進した。
「交渉の余地はあるようだね。広域捜査官とのやり取りからわかったと思うが、僕は、きみたちを軍や警察に差しだすつもりなんてない。味方であるとまではいわないが、敵でないことはたしかだ。ところで、きみらは無許可で九州入りしたクチだろう? 上陸場所は太平洋側の海岸。それも大分寄りの宮崎とみたが、どうだい?」
「え、えぇ。そうです。そのとおりです」
 色白の青年が両目を大きく見開いて、正直に返答する。
 奥のシートに座っている体躯のいい青年が睨みつけていたが、色白の青年は気づいていない様子だった。
「きみらのワゴン車は宮崎ナンバーだから、宮崎の海岸から上陸したんじゃないかって思ったのさ。大分寄りといったのは、汚染地域である九州南部からの上陸は避けて当然だしね。ところで、こんな場所に路駐していたのはどうして? ガス欠か、それともバッテリーがあがってしまったのか。もし僕にできることがあれば力を貸そう――と思って停車したのに、いきなりスタンガンで襲ってくるなんてあんまりだよ」
「すみません。ぼくらは、あの、あなたたちがどういう人なのかわからなかったから、焦ったというか、怖かったというか、あの、本当にすみません」
「謝るなら、僕ではなく、彼に」柏樹はシートに倒れている天王寺へ目を向けた。「被害を受けたのは天王寺くんだからね」
「そうですね……すみません」
 柏樹の言葉に従い、色白の青年は横になっている天王寺へと謝罪の言葉を述べて頭をさげた。その様子を見て、柏樹が笑みをこぼすのと、体躯のいい青年が舌を鳴らしたのは同時だった。
「きみらはこれからどうするつもりだい? 車が修理可能のようなら手を貸すし、往復を望まないのであれば僕の車に乗せて目的地まで連れて行ってあげてもいい。ただし、車だけを奪うってのはナシだよ。上陸許可を得た者の車には受信機が取りつけられて、GPSによってどこをどう走っているのか監視されているから強奪はお薦めしない」
「――なるほど」ここで、仏頂面で沈黙を守ってきた体躯のいい青年が口を挟んだ。「選択肢は限られているってことか。修理工場まで運びたいところだが、この地じゃあ、それも無理な話だろうな」
「従業員は不在だろうしね」柏樹はワゴン車のドアの縁に手を添えて鼻を鳴らした。
「あんたの車を奪うつもりだったが、監視されているってのは、困った話だな」
「どこに行くつもりなんだ?」
「いろいろだよ。数日で巡り終えないくらい、いろいろだ」
「ということは、今日一日同乗させてあげても満足してくれないということか。先にいっておくが、受信機がどのようなかたちをしていて、車のどの部分に搭載されているのか、搭載する際に立ちあわせてもらえなかったので、僕は知らないよ」
「ヘタな嘘はいいって」
「信じるか、信じないかの判断は、きみに任せよう」
 すると体躯のいい青年は腰を浮かせて、車を降りようとする素振りをみせた。
 柏樹はドアの縁から手を放して数歩後退した。
 青年の手には棒状タイプのスタンガンが握られている。

「ビビる必要はねぇよ。あんたがおかしな真似さえしなきゃ、こいつは使わない」
「そう願いたいな」
 青年は地面に降り立った。
「あんたがいなかったら、おれらは広域捜査官とやらに捕まっていただろう。その点は感謝してる。黄色い布を巻かなきゃいけないってルールも知らなかったしな」
「嬉しいね。頑張って誤摩化した甲斐があったよ」
「それで、あんたこそどうしたいんだ? なにか企みがあるんだろう? 脅してきた相手の心配なんて、普通できないよな?」
「ふふ。うん、そうだね。そうかもしれない」顎に手をあて、柏樹は口の端を吊りあげた。「いっておくが、この辺りで動く車を手に入れるのはまず不可能だろう。長期間の放置でバッテリーが使いものにならなくなっているし、タンク内のガソリンは自衛軍によって既に回収済みだからね。徒歩での移動は危険極まりなく、僕の車は衛星から監視されている。つまり、きみらが選択すべき道はひとつしかない。受信機の搭載されていないこのワゴン車を修理して、再び目的地を目指すことだ」
「あんた、直せるのか」
「きみはどうなんだ?」
「努力はしたよ」
「そうらしいね。手の汚れを見ればわかる。そうとう、長いこと格闘したんじゃないのかい?」
「で、あんたは直せるのか」
「無理だろうな。無理ではあるけど――さっき反対車線を走って行ったトラックはグール化した人間を保護している市民団体のものだ。おそらく、この辺りでグールを捕獲したんだろう。福岡・熊本の境界辺りで、このところ数多く発見されているらしいからね」
「……なんの話だ?」
「その市民団体の者と僕は面識がある。彼らの中には腕のいい整備士がいる。彼らに頼めばワゴン車を修理してもらえるだろうよ。どうだ? 一緒に市民団体の本部へ行ってみないか」
 小石を蹴散らしたかのような音が鳴り響き、別の声が二人の会話に割って入る。「いいですね、それ! お願いします。是非ともお願いします」
 色白の青年が車外に降り立ち、目を輝かせた。
 さらには、青年の背後から、
「ねぇ、その市民団体の本部って、お水使えるの? 電気は?」長い髪の少女が身を乗りだして矢継(やつ)ぎ早(ばや)に問いかける。
 体躯のいい青年は露骨に顔を歪め、呆れたように嘆息した。瞳の中に、両親が子供を見守るような暖かみが一瞬だけ姿を現したが、すぐさま引っこんで元のような仏頂面に戻る。
 柏樹はひと呼吸置いたのちに、三人へ向けて微笑みかけた。
「――決まりだな」

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