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世界の終わり #4-7 メタフィクション

「さて。話を戻すよ。最初の九州入りは事件のせいで完全に潰れてしまってね。結局、僕は北九州から、とんぼ返りをするはめになった。三ヶ月後に二度目の九州入りを果たせたが、ここでもまた事件に巻きこまれてしまい……事件内容が大きな機関の威厳に関わる問題を孕んでいるので詳しくは話せないが、そのときに、被害者と加害者を引きあわせたのは僕で、先の話にもでてきた二宮捜査官でもあったんだ」
「……? あの、どういうことでしょう」白石が問う。
 柏樹はしばし考えこむような表情を見せてから、口を開く。
「ここから先は僕の妄想を含んだ話になるから、そのつもりで聞いてくれるかな」
「え? は、はぁ――」困惑しつつも白石は頷き、両の指をあわせて膝の上にのせた。
「一歩退いて聞いてくれていたほうが、理解し易いかなと思ってね。だから、妄想だよ」
「妄想、ですか」
「僕は子供のころから謎解きをメインにした物語が大好きでね、特に名探偵が活躍するシリーズものの作品には目がなかった。毎回、毎回、探偵は殺人事件に巻きこまれて、その都度、鮮やかな推理を披露して事件の謎を解く。新しい作品を手に取る度に未知の謎と出会えるのは、なにものにも代え難い喜びだったよ。ところがある日、疑問を覚えたんだ。探偵が旅行にでかければ遺体を発見し、空き家に迷いこめば殺人の現場を目撃してしまい、銀行に赴けば銀行強盗と出会すといったように、あまりにも多くの死が彼の回りに溢れていることが異様に思えて仕様がなくなってね。ひょっとすると、名探偵である彼自身が死神のような存在ではないかって考えたこともあった。彼さえいなければ、誰も死なず、不幸な事件など起こらないのではないかと。まあ、探偵小説は所詮フィクションなのだから、真面目に考える必要などないけれども、そういった事柄が、ある日、現実のものとして我が身に降り掛かってきたら――白石くん、きみならどうする? どのように受けとめる?」
「…………」
 白石は無言で柏樹を見つめた。
 柏樹は真剣な面持ちで道の先を睨み、ハンドルを握る左手の人差し指を動かして一定のリズムを刻んだ。
「二度目の九州入りで遭遇した事件で、僕と二宮捜査官は犯人からこういわれたんだ――お前たちのせいだ。お前たちがいなければ、殺人に手を染めたりしなかった、と。己が仕出かしたことなのに、他人のせいにする身勝手極まりない主張だけれども、頷ける部分があったんだよ。事実、僕は九州入りしたその日に二宮捜査官と再会し、時間を忘れて会話に花を咲かせてしまった。その際、僕らは同行していた人物を紹介しあい、その者たちは事件の被害者と加害者になった――結果的にね。所詮は犯人の戯言で気にすることではないと思うかもしれないが、知人が事件を起こす、もしくは被害にあう場面を目の当たりにするのは、辛いものがある。そしてその責任を面と向かって指摘されるのもね。事実、僕は、『お前たちのせいだ』といわれて、なにもいい返せなかったんだ。心のどこかでそう思っていた部分があった。お互いが同行者を紹介しなければ事件は起こらなかったかもしれない、と。僕は、責任を感じていたんだ」
「責任……ですか」
「そう考えたら、前の事件――蒼井が起こした事件も、元はといえば僕が撮影を希望したのが、ことのはじまりだからね。しばらく経って蒼井に会いに行ったことがあるんだが、開口一番、彼にいわれたよ。お前のせいで磯山に会い、こんなことになったんだ、と。正直、参った。毎回事件に巻きこまれる物語上の名探偵のように、僕は死神のような存在ではないかと真剣に思い悩んだ。なにしろ僕はふたつの事件で探偵役を演じ、謎解きを行っているんだからね」
「で、でも。二回だけじゃないですか。たまたま二回重なっただけですよ。すごい偶然、なのかもです」
「そう願いたいところだが、両事件に共通する事柄が幾つかあってね。運命ではないかと思えるほど同じ轍を歩んでいるんだ。僕が探偵役であったように、二宮捜査官にも役回りがあって、彼は毎回、なにかしらのかたちで犯人に利用されている。それに、僕らは決まって九州入りしたその日に顔をあわせていてね……お決まりのパターンが確立してしまっているんだよ」
 ゆらり、と車が縦にバウンドし、
 車内に降りた一瞬の沈黙を狙いすましたかのように、
「要するに――」後部座席に乗った荒木が、抑揚をつけずに言葉を発した。「今回も同じように事件が起こると考えているわけだ。あんたが信じているお決まりのパターンとやらが正しければ、今回はおれらが加害者か被害者になる、と。そう考えているんだろ?」
 顎をあげてバックミラーを覗きこみ、柏樹は口の端を吊りあげた。
「察しがいいね。僕はまた今回も二宮捜査官と顔をあわせてしまった。前回と同様、九州入りしたその日に」

「悪いが、あんたの妄想に、つきあうつもりはねぇよ」
「あ、荒木――」白石が諌めようと振り返る。
 しかし荒木は口を閉じなかった。
「馬鹿らしい。この世界はあんたを中心に回っているみたいだな。あんたの頭の中で、おれらは物語の端役に過ぎないってわけだ」
「物語がシリーズものの探偵小説であるならばね」
「否定しないんだ? ははは。面白いな、あんた。で、おれらに協力しようとしている理由はなんだよ。車に乗せて市民団体の本部に連れて行こうとしている理由は?」
「確立したパターンの中に、既に陥っているとするなら、僕らはこの先、想像を絶する事件に巻きこまれてもおかしくはない。しかし、物語世界の登場人物とは違って、僕らは作中の彼らにはもち得ない、とっておきをつかんでいる」
「とっておき?」
「あぁ、そうだ。これから事件に巻きこまれるとしても、そのことを〝既に知っている〟というのは、とてつもない強みであると思わないか?」
「……?」瞬きを繰り返しながら口角をさげ、荒木は押し黙った。
 両者の会話を不安げな表情で見つめていた白石も、ぽかんと口を開けて呆気にとられた顔をしている。
「つまり――」フォローを入れるように、柏樹は言葉を継いだ。「これまでは、起きてしまった事件にしか関わることができなかったが、事件が起こることが既にわかっているのだから、ある程度、事前に予測し、対処することも可能なはずだ。僕と出会ってしまったきみたちは、この先、なにかしらの事件に巻きこまれる。起こる事件がなんであるかを探って、いち早く重要な〝キー〟となるものを見つけだして排除せねば、先にあるのは悲劇だ。それは勘弁願いたいだろう? 〝キー〟を探ることによって、僕らは事件を未然に防ぐとこができるかもしれない。それに……これが上手くいけば、僕は探偵小説の中では、そうそう登場しない〝事件を起こさせない名探偵〟として名を成すことができるだろうしね」
「な……」訝しげに話を聞いていた荒木だったが、「名を成すってなァ……」毒気を抜かれたように肩を落とし、解れたものへと表情を変化させた。
「そ、そうですよッ」呆けていた白石の瞳にも光が戻り、開いた口から発せられる言葉にも力強さが感じられる。「名探偵として名を成すだなんて。でも、あの、事件が起こらないようにしようっていう、その気持ちっていうか、こころざしっていうか、それは凄く嬉しくはありますけど、あの。柏樹さんの話って、支離滅裂であるように思えるんだけど、いや、あの、すみません。奇妙に思える話の中にも柏樹さん的な独自のルールがあるんだろうし、そのルールに沿ってぼくらに声をかけて、手を差し伸べてくれたってことは、単純に、あり難いっていうか、嬉しいっていうか――えぇっと」
「もういいよ、白石」吐き捨てるようにいって、荒木はシートに身体を埋めた。「どっちみち、おれらはもう車に乗って市民団体の本部とやらに向かっているんだからな」
 コツリ、と下方で小さな音が鳴った。目を向けてたしかめずとも、荒木が手にもった棒状のスタンガンが車内のどこかに当たって鳴った音であることを、柏樹は理解していた。
「少々大仰な、メタっぽい話になってしまったが——要するに僕の企みは、待ち構えている運命をいち早く見つけだし、望まざる結末を防ぐことだ」柏樹はバックミラーへ視線を移動させながら呟く。
 荒木は下唇を噛んで窓の外を眺めており、板野は窓の縁に頭を載せて、寝息をたてていた。

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