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世界の終わり #3-14 ハンター


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 カンバヤシは、大きい鞄を大事そうに抱えたイーダさんと、四〇代と思われる中年男性四人を連れて施設へ戻ってきた。紹介や挨拶もないままプレハブ小屋の中に入って、早速ツアーの説明がはじまる。日没までに施設をあとにせな、港へ辿りつけんせいや。
 おれとウディは並んで壁際に立った。カンバヤシは窓側に立ち、出入り口付近にイーダさんと中年四人。しきりと携帯端末で室内の写真撮りまくっとるオッサンがおるけど、見た感じどこかカマキリに似とる。服の色も濃い緑色なんで、なおさらや。にしてもしんどい。身体がだるい。あぁ、もう、ほんましんどいわ。こんなオッサンらと狭い室内に閉じこめられとったら益々気分悪うなる。
 さて。それでは、簡単に説明したします。説明といいましても、大事なことはほとんど車中でお話ししましたので、施設の大まかな説明だけをさせていただきます。右手に並んでいる建物は商業施設跡。左手に聳えている建物がフォレストホテルです。商業施設内は立ち入り禁止ですが、ホテルは二階までを開放しておりますので、屋外のみならず室内でのプレイもお楽しみいただけます――とかいうたカンバヤシの右斜め前に立っとった迷彩服着たオッサンが、おおぉ! いますよ、いますよ。ほら、奥から二番目の施設跡のところ! 歩いていますよ、みなさん、見えますか? と店舗前をヨタヨタ歩いとるグールを指差して歓喜に満ちた声をあげた。本物ですねえ。いやぁ凄い。本当に本物のゾンビじゃないですかァ――と、迷彩服。なにいうとるん、アホか。ゾンビやのうてグールや、グール。大体グール化した者は死んどるんやのうて生きとんねん。お前がいま、目にしとるんは死者やのうて、病人なんやぞ。病人や。や、まあ死後復活ってケースもあるにはあるんやけどな。あぁあ、あかん。なんやろ、グールよりもここにおる中年らのほうが禍々しい存在のように思えてきた。今日この日のために準備進めてきたのに、こいつらのために汗水流してやってきたのに、なんや。なんかムカつく。ほんま気分悪いわ。ずっと胃の中、妙な感じで暴れ回っとるけど、どうせ吐くなら迷彩服の野郎に思いっきり吐きかけたろかな。
 用意したグールの数は、二四体です。今回はツアーに参加いただいた皆様の人数が四名ですので、各自六体ずつとなりますが、基本的に皆様、ご一緒に行動していただきますので、どうぞ譲りあいの精神……ではなく、隣のかたを押し退けて我先に一体でも多く、と、いうのは冗談ですけど――そんなカンバヤシの発言を受けてツアー参加の中年どもが声をあげて笑う。イーダさんも笑うとった。おれとウディだけが固い表情で、部屋の隅に取り残されとる。数秒置いてカンバヤシは続きを語った。二四体のグールをどのように分担されるかは、皆様でご相談のうえ、お決めください――初心者四人が取り乱すことなく上手いこと分担できるとは思えへんけどね。大体、説明聞いとる間も足をガクガク震わせとる小心者のヤツがおるし、大丈夫なんやろか。そいつは髪の薄うなった頭頂部が目立つ痩せた男で、先のカマキリと同様、昆虫みたいな外見しとる。なんやろ。なんの虫に似とるんやろ。ま、なんの虫でもええんやけど虫は虫でも害虫の類や。あぁあアホくさ。嫌な想像してしもた。ほんま気分悪い。こいつらの顔見とるだけでも気分悪うなるようになってきた。殺虫剤もってきて噴きかけたろうかな。カマキリと迷彩服と害虫と、あと一匹は……なんや、特徴あらへんな。地味な顔や、地味すぎる。上手い表現思いつかへん。呼び名はそのまま、地味、でええわ。カマキリと迷彩服と害虫と地味。まとめて成敗したる。っていうか、お前らグールに噛まれればええのに。あぁ、ほんま、しんどい。目がシバシバしてきた。眠いわ、めっちゃ眠い。立ったまま寝れそうな気がする。こんなことなら横にだけでもなっておくんやったなぁ。あれ……なんや、なんか呼ばれとる。ファンていわれとる。なんや、ファンて。誰や、声、でかいのう。
「おいッ!」
「あ、は、はい。すんませんッ」
 やば。やばいわ、寝とった。寝かけとった。思いっきり意識飛びかけとった。
「大丈夫か、お前」
「すんません、えぇ、はい。大丈夫です。すんません」
「しっかりせんか。ほら、早く並べろ」
「はい?」
「聞いてなかったんか?」
「あ、す、すんません」
「ケースや、ケース。早く並べろ」
「はいッ。あ、えぇっと……」急げ、急げ。急いでケースや。っていうかケースてなんや。アタッシュケースのことやろか。アタッシュケースのことをケースて略すか? まぁ、ええわ。多分そういうことなんやろし。足元に準備しとる人数分揃えたアタッシュケースを台の上に。カマキリの分と、迷彩服の分と、害虫の分と、地味の分。それとジャケットを台に載せる。ジャケットは安全用いうか、返り血対策用の必需品や。あとヘルメットとスポーツサングラスも台の上に載せるけど、中年どもの興味はアタッシュケース一点に注がれとって、ジャケットにもヘルメットにもスポーツサングラスにも目を向けようとせん。
 それでは皆様。お渡ししましたケースをお開けください。今回ご用意しましたのは、国内産のリボルバーです。警察が使用しているニューナンブと申しあげればわかり易いでしょうか。銃身長七七ミリのヤツですね。また、今回はリボルバーだけではなく、コルト・ガバメントやショットガン、M16もご用意しております。ですがこちらは数に限りがありまして、人数分ご用意できなかったものですから、希望されるかたにのみ、お貸しだしいたします。どなたかいらっしゃいますか――と尋ねたカンバヤシへ、真っ先に手をあげてアピールしたんは、迷彩服の野郎やった。わかり易ッ。外見そのまんまやな。
 M16ですかぁ。いやいやいやいやぁ驚きですね、いいですねぇ。本当に撃てるんですか。撃ってもいいんですか。ああぁあ、はぁ。なるほど。そうですかぁ、飯田さん。いやはや嬉しいなぁ。ワクワクしてきましたよォ、いや失礼、なにしろ相手がゾンビですからねぇ。まさか今回のツアーでアサルトライフルが撃てるなんて夢にも思っていませんでしたよ。是非とも使用させてください、M16。よろしくお願いします――って、フガフガ鼻を鳴らしながら、ほんま嬉しそうに喋りまくっとる迷彩服の顔をさらに綻ばせるべく、っていうかおれ自身は気分悪うて堪らんのやけど、イーダさんがおる手前不機嫌な顔をするわけにはいかへんので、目はぱっちり、口元はきりっと引き締めて、横に立っとるウディに合図を送って、M16をロッカーの中から台の上へ移動させると、おぉーと迷彩服。ほかの三人も似たような反応を示した。
 おわかりでしょうが、じっくり時間をかけてプレイを楽しみたいのであればリボルバーの使用をお薦めします。ただし、車中でも申しあげましたが、頭部を撃ち抜いてしまいますと、グールは即活動停止となりますので、できる限り首から下を狙っていただいて――とアドバイスしはじめたカンバヤシへ、まぁまぁ、いいじゃないか好きな銃を使ってもらうのが一番だよ、とイーダさんが小馬鹿にした口調で割って入ってきて、いやいや、ですが、銃を扱うことで得る快楽よりも、ゾンビを撃つ快楽を優先すべきといいますか、ゾンビですよ、ゾンビ。ゾンビに弾を撃ちこめるのは、世界で唯一ここしかないんですよ。反応をじっくり観察したいじゃありませんか。ねぇ、みなさん。ですので、わたしとしましては、ライフルの使用は控えて欲しいところなんですけどねぇ――とカマキリ野郎が携帯端末を手にもってカシャカシャ耳障りな音をプレハブ内に響き渡らせとるその横で、害虫が足を震わせて顔を引き攣らせとる。頭痛い。なんか頭まで痛くなってきた。あかん。ぼーっとしとる。眠ったらあかん、眠ったらあかんでと思っとるところへ、なんでもいいから早くゾンビどもを撃ち殺させてくださいよ、と地味顔。地味なクセに、ニヤついた顔がほんまムカつく。なんやこいつ。なんやねんこいつら。ゾンビゾンビいうとるけど同じ人間やないか。いや同じちゃうわ。同じやあらへん。見た目はそらグールのほうがおぞましいけど、こいつらはグールよりも、おぞましい存在やわ。人間やない。人間であるとか絶対に認めへんで。お前ら、化物や。人間やのうて化物や。人間であるか。あってたまるかアホ。あぁ、ちくしょう。なにしとんねん、おれ、こんなところで、なにやっとんねん。なんでこいつらの手伝いしとんねん。嫌や、もう嫌や。おれは違う、こいつらとはちゃうぞ。こいつらこそゾンビやないか。ゾンビ呼ばれとる連中は、ほんま、見た目だけや。見た目で呼ばれとるだけやないか。なんや、お前ら。なんや、その顔。普通や。普通すぎるわ。化物のクセに普通の顔しおって。どこにでもおりそうなアジア人の顔しおってからに。なんや、なんでこいつら普通の顔しとんねん。なんでこいつらが普通の顔で、殺されるグールらはあんな醜い顔になっとるんや。わからん。わからんわ全然。全然わけがわからんわ。おかしいやろ、これ。これって、めちゃめちゃおかしいやろ。あ? なんや? コルトてなんや? あぁあ銃か。コルト・ガバメントか。台の上に置けばええんやろ? っていうか、なんでおれが置かなあかんねん。や、ちゃうわ。それが仕事や。おれの仕事や。カンバヤシのいうこと聞くんが、おれの仕事やった。あぁクソ。なにしとんねんおれ。なんでこんなことしとんねん。化物が。化物どもが。こんなやつらに使われとったら、おれも同じ化物に成りさがってまうわ。あぁあァ、ちくしょう、頭痛い。立っとるのもしんどくなってきた。もしかしたら、熱あるんやないか。や、かもしれん。っていうか熱あるわ。めっちゃ熱いやん、おれの額。あかんな、これ、あれやな。昨日の川での水浴びが原因やな。あぁあわかった。わかっとるって。そんなせかすなや。コルトやろ、コルト・ガバメント。わかっとるっちゅうねん化物が。っていうか、こんなことしとったらおれも一緒か。こいつらと変わらん化物の類か。嫌や嫌や。おれは見た目そのまま、こいつらとは違って人間なんや。染まりかけとるなら抜けださな。なにがなんでも人間へ近づかな。あ? あぁあァ? なんや、目ェて。おれの目がどうした。なんや。なんでお前と見つめあわなあかんねん。アホかカンバヤシ。なんや。なんや、うるさッ。舌ァ? 舌をだせて? やから、なんやねん。さっきからなんやねん。なんでお前に舌を見せなあかんねん。はぁ? 待てや。なんや皆揃って、なんのつもりや。ああぁ、ちくしょう頭痛い。身体も痒いわ。痒、痒、痒うて堪らん。どういうことや。化物を見るようなその目はなんや。お前らや、お前らやないか。お前らこそが化物やないか。なんやて。なにいうとるんや。グールってなんや、感染ってなんや、お前ら、なにいうとるんや。わからへん。わけわからんわほんま。なんやイーダさん、あんたまでなにいうとるん。近寄るなってなんや。触んなってなんや。酷いわ。酷すぎるやろ。そんなんいうなや。なあァイーダさん、おれ、めっちゃ働いてきたやん。文句もいわんと真面目に働いてきたやん。それなのになんやそのいいかた。おれ、しっかり施設整備したで? 殺したグールを埋める穴も、休憩せんとめっちゃ掘ったで。連中を感染させたし、監視もさぼらんとしっかりやったし、いまかて、頭痛いの我慢してコルトの準備しとるやん。なんやねん近寄るなて。なんやゾンビて。誰がゾンビや。なんやお前ら、なんなんや、ふざけんなや。あぁあちくしょう、ムカつく。めっちゃムカつくわ。撃つぞ。撃ったろか。撃つぞほんまに。誰がゾンビや。化物が、化物どもが。化物はお前や、お前らや。や――怖ッ、銃向けんなや、カンバヤシ。危ないやろ、やめや、やめろや! やめんかちくしょうッ! 撃つぞ。撃ったるぞ。お前、ほんまに撃ち殺したるぞ。誰がグールやッ。誰が化物やッ。おれや、おれだけや、おれこそが人間やッ、化物。化物め。化物どもがッあぁあ畜生ッ頭が割れそうや!
「なにしとんじゃボケッ!」
 イーダさんが叫んだ。おれは撃っとった。うしろ向きに吹っ飛んだカンバヤシの腹から赤黒い血が流れだしとった。あかん。これはあかん。撃った、撃ってもうた。カンバヤシ、撃ってもうた。もう退けんわ。洒落んならんことやってもうた。
「こ、このバケモンがッ!」
 誰がバケモンいうたんか。お前か。ふざけんなや迷彩服。てめぇも死ね。ついでに死ね。触んなッ、なにしとん、銃触ろうとするなや、害虫が! 死ね死ね死ね死ね、死ね。てめぇらまとめて死ねやボケが。ああぁもう畜生、頭に響く。あかん、堪らん、めっちゃ頭に響く。もうええわ。もうどうでもええわ。あぁあ、ちくしょうッ、撃て、撃て! 撃ってもうた。イーダさん撃ってもうた。あかん。給料もらえへんやん。どうしよ。帰ったらすぐ携帯料金払おう思とったのに。って銃触るなやッ、ふざけんな! ふざけんなよゾンビ野郎が。お前ら埋めるぞ。穴に埋めたるぞ。そんで、おれは帰るで。とっとと帰らせてもらうで、家に。あぁ、もう終わりや。終わりや終わりやこれでもう終わりや。
 なんや。
 なんやウディ、うるさいわお前。
 なにいうとんねん、なんや、しゃあないやろ。
 撃ってしもうたんや、もう、しゃあないやん。
 あぁ、ちくしょう。頭痛い。割れる。割れてまう。
 なんや、うるさいて。
 うるさいわ、アホ。
 危ないやろ、ウディ。銃、こっち向けるなや。



     ——第三章『ハンター』了


引用・参考資料 敬称略
 
 『アイ・アム・レジェンド (2007)』
  フランシス・ローレンス 監督作品
 『グエムル -漢江の怪物-』
  ポン・ジュノ 監督作品

 『わたくし率 イン 歯ー、または世界』川上未映子 著
 『煙か土か食い物』舞城王太郎 著

 『 思春期 』THE BOOM
 『 HYPERPOWER! 』Nine Inch Nails

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