世界の終わり #5-9 グール
違う。
こんなんじゃない。
こんなはずじゃない。
こんなはずじゃなかった。
わたしは、話をしにきたの。
話しあいにきたの。
涼と話をするためにここにきたの。
涼は涼のままでいるはずだった。
涼は涼のままでなきゃいけなかった。
わたしたちは向きあい、話しあって、
じっくり時間をかけて結論をだすはずだったのに。
涼であった——ついさっきまで涼の顔をしていたモノは、さらなる血の飛沫(しぶき)を周囲に撒(ま)き散らしながら、通路の上へとくずおれた。
赤い塊が、
顔でなくなった顔がわたしへ向いている。
どろりと濁った眼球がわたしの姿を捉えている。
わたしが見える。
わたしは、わたしを見ている。
不思議なことに、わたしは、わたしを視界に捉えている。
——違う。
そうじゃない。
わたしの目の前にあるのは、グール化した歪(いびつ)な死体。
わたしが見ているものはオレンジ色した通路のあかり。
わたしはここにいる。
見ているのがわたし。
わたしがわたしを見ることなんてできない。
だけどわたしがそこにいた。
わたしを、わたしが、認識していた。
「やったか?」
男たちが話している。
大きな声で。不快なくらい大きな声で話している。
「頭だ。念のためにもう一発、頭を撃て」
姿を見せない男たちの話し声が聞こえる。
強制的に耳に入る。
頭の中へ侵入してくる。
「あまり近寄るな。感染しちまうぞ」
あかりの中で影は揺れない。
ただ声だけが聞こえてくる。
声だけが、わたしの耳に。頭の中へ入りこんでくる。
光が弱まった。
視界が塞(ふさ)がれた。
いつの間にか白石くんが立ちあがって、わたしの前に立っていた。
銃を両手でしっかり握り締めて、白石くんは出入り口のほうへ歩を進めていく。足を動かす。
こっちを向いた。
わたしのほうを。
わたしの顔を。
——大丈夫だから。
声にはださずに、そういったのが、白石くんの口の動きでわかった。
何度いわれただろう——この言葉を。
何度聞かされたろう。同じ、この言葉を。
大丈夫だから。
ううん。
大丈夫じゃないよ。
全然、大丈夫じゃないよ。
ごめんね、白石くん。
本当に、
ごめんなさい。
わたしは泣いていた。
声にだして、泣いてしまっていた。
——第五章『グール』了
引用・参考資料 敬称略
『ポケットモンスター』
The Pokémon Company
『愛のむきだし』園子温 監督作品
『名探偵ピカチュウ』ロブ・レターマン 監督作品
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