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世界の終わり #2-12 ギフト


          *

 科学館。西会議室。
 室内にいるのは掛橋と小野、それに山岡の三名。会議室と名づけられてはいるが、物置同然である西会議室の床は用途のわからぬ品々で溢れかえっている。

「郡部代表はきてなかったんスよね?」山岡が問うた。
 椅子に腰掛けている山岡を見おろして、掛橋は丁寧な口調で言葉を返す。「えぇ。若い人たちだけでしたよ」
「だろうな。兵隊のゴタゴタには、代表自身が出向くまでもないってか」
「山岡!」テーブルの足を蹴って怒声をあげたのは、山岡を捕らえた小野だった。「掛橋さんに対して、なんだその口の聞きかたはッ。お前の喋りにつきあってる暇はないんだよ。さっさといえ、正直に全部話せ」
「小野くん、落ち着きましょう」興奮している小野を宥めるべく、掛橋は両者の間に割って入る。「時間を無駄にしたくないですが、焦る必要はありません。そうですね……山岡くん、話しかたについては不問にします。少々乱暴であっても、口を閉ざしてしまうよりはいいですからね。どうぞ、好きなように。タメ口でも構わないので、好きなように喋ってください」掛橋は顔いっぱいに笑みを貼りつけると、トレードマークともいえる蛍光色の安全ベストを脱いで、テーブルに載せた。一呼吸置いて、周囲を見回し、おもむろに言葉を継ぐ。「さて……山岡くん。訊きたいことはたくさんありますが、どうやら多くの質問を口にせずとも、解答を得ることはできそうですね」
「あ? なにいってんだよ」
「大まかな概要はみえました」
「相変わらず面倒くせぇなぁ、あんたの喋りかたは」
「それは申しわけない」掛橋は山岡の正面へと移動する。
「ムカつくんだよ。顔を見てるだけで」
「わたしが施設の長を任されていることに、不満を抱いていたそうですね。わたしが加わる前から、きみは〈TABLE〉に参加して活動を行っていた。あとからきた者が施設長となり、偉そうな顔をするのは気分がよくなかったでしょう。だけどわたしはわたしなりに努力してきたし、きみのことだってみんなと同等に扱い、接してきたつもりです」
「それだよ。その態度がムカつくんだよ。なにが、施設長だ。あんたに羽鳥さんの代わりが務まるもんか」
「……そうですね。わたしなんて羽鳥さんの足元にも及ばない。だけど羽鳥さんが直々にわたしを任命してくれたんです。わたしにできることは、羽鳥さんの期待に応えること。それだけだ」
「それだけだ――はは。それだけだ。期待に応えること。それだけだ。ははは。あぁあ、腹痛ぇ」掛橋の口調を真似て嘲笑い、山岡は椅子に踏ん反り返った。「あんたが選ばれた理由は、年配だったから。それだけじゃねぇか。期待に応えてると本気で思ってんのか」
「努力はしています」
「毎朝、毎朝、娘を投影したグールの前で贖罪に酔ってるのが、あんたのいう、期待に応えるってことか?」
 掛橋は視線をそらして、ゆっくり鼻から息を吸いこむ。
「山岡ッ、お前――」小野が声を荒げ、近寄ろうとする動きをみせた。
 しかし掛橋は手をあげて小野を制し、再び山岡と向きあった。
「見ていたようですね、わたしの行動を。たしかに檻の前で毎日懺悔して――いや、愚痴をこぼしていました。事実、わたしは頼りない男だ。家族に逃げられたうえに、社会からはみだしてしまった最低最悪な男です。羽鳥さんと出会えたのだって、憂さ晴らしにクレームをつけたのが切っ掛けだったんですよ。情けない。情けない男でしょう?」
「仕様もねェ」鼻を鳴らして、山岡は吐き捨てる。
 掛橋は自嘲するような笑みを浮かべて、わずかな間を置き、続けた。
「だけど、そんなわたしにも、いや、わたしだからこそ、できることがあると、羽鳥さんはいってくれたんです。教えられました。きみに指摘されたとおり、わたしは贖罪の場を欲していたし、羽鳥さんはそのことに気がついていた。心の中を見透かされているようで、少々怖くもありましたよ。不思議な人だ。話せば話すほど饒舌にされてしまうというか、気づけばわたしは心を開いて、すべてを話してしまっていた。情けない話ではありますが……わたしは羽鳥さんの前で大泣きしてしまったんです。いい歳した大人なのに声をだして泣いてしまうなんて本当に情けないですよね。わたしは、わたしはね……感謝している。心の底から本当に、羽鳥さんに感謝しているんですよ」
「…………」
「遅れて参加してきたわたしのような輩がいきなり施設長に任命され、古くからいたきみたちは使われる側に成りさがるなんて、腹立たしかったでしょう。そう感じたのも無理はない。きみが羽鳥さんのことを尊敬し、どれほど信頼を寄せていたのか、わたしもよく知っています。だけどそれはわたしも同じだ。きみと同じく、わたしも羽鳥さんを敬っている。それにね……納得できないかもしれないが、〝きみとわたしは、よく似ているんだ〟」
 掛橋は、
 知っていた。
 山岡がどのような理由で〈TABLE〉に参加したのか。どういった経緯で羽鳥と出会い、羽鳥へと心酔していったのか。掛橋は施設の長を任命される際に、羽鳥の口から聞いて、知っていた。
「たしかなことだから、もう一度いわせてもらいますよ。わたしもきみと同様、羽鳥さんに敬慕の念を抱いているし、誰よりも信頼している」
 山岡と自分は、よく似た道を歩んできている似た者同士だ――掛橋は心の底からそう思っている。〈TABLE〉への加入を決断した理由には共通する部分が多々あったし、羽鳥に対しては陶酔とも呼べる感情を抱いている。だから自らの思いを語って聞かせれば、おのずと山岡も共感し、心を開いてくれるものと考えた。信頼されていないのは周知の事実だが、きちんと向きあって話せばわかりあえる。時間をかければ信頼を築ける。もしかすると誰よりも心のつうじあえる関係になれるかもしれない、とも。
「わたしたちは同じ〈TABLE〉のメンバーじゃないですか。敵愾心を燃やして対立するなんてナンセンスですよ。もちろん、わたしはきみを咎めるつもりで駆けつけたのではありません。話が聞きたかったから、きたんです。きみの口から事実を語って欲しくて、ここにきた。さぁ、話してくれませんか。わたしのことを嫌うばかりではなく、信頼して、正直に話してください」距離を縮めて、瞳の奥を覗きこむ。「――山岡くん、どうしてナイフを所持していたんです?」

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