世界の終わり #4-2 メタフィクション
眉間に寄った皺をさらに深くした二宮に対し、柏樹は顔を綻ばせ、やや軽薄な口調で答える。
「残念ながら、今日九州入りしたばかりですよ」
「——今日か」
「えぇ。例の如く、九州入りしたその日のうちに再会ですよ。それにしても可笑しなものですね。前回、前々回と同じように、上陸初日に二宮さんと出会すなんて、運命的なものを感じます。まさか今回も〝忌々しい事件〟に巻きこまれるのでは――」
「おい、待て!」
困惑した表情を見せて言葉を遮った二宮は、柏樹の腕をつかんで強引に引っ張り、ワゴン車から距離をとる。
「な、なんですか?」柏樹が声をあげる。
二宮は一〇メートルほど進んで手を放すと、こめかみに血管を浮きあがらせた。
「いっただろ、〝あの〟事件に関しては、他言無用だと」
「……そうですが、天王寺くんは現場に居合わせた、いわば、関係者ではありませんか」
「天王寺?」一瞬、誰のことを指しているのかわからずに首を捻ったが、車酔いして横になっていた男性のことだろうと推測し、浅く頷いて返す。「たしかに前回、彼も現場に居合わせていた憶えがあるが、ほかの三人は知らないだろ。まさか彼らに事件の内容を話していないよな?」
柏樹は首を横に振り、皺になった服を正してワゴン車のほうを振り返った。
何気ない動きではあったが様になった所作だった。端正な顔立ちも相成って映画や舞台のワンシーンを見ているかのような錯覚に陥らせる魅力を、柏樹は兼ね備えている。
二宮は軽く咳払いし、眉根を寄せて再び柏樹に詰め寄った。
「もし――もしもの話だが、なにかしらの事件が起きたとしても、捜査に首を突っこんだり、余計な口を挟んだりしないと約束しろ」
「ほう」柏樹は両目を見開いて、驚いたような表情を作ってみせる。「二宮さんは、前回、前々回のようなことが起こるのではないかと危惧しているのですね」
「もしもの話だといっただろ」
「僕は否定的な意見をいうつもりなどありませんよ。なにしろ、僕たちが顔をあわせたことが切っ掛けになったのは事実ではありませんか」
「わたしが元凶であるかのようないいかたはよせ」
「僕と二宮さんを軸に、周囲の者たちが繋がりあい、事件へと発展して悲劇的な結末を迎えたことが二回も続いたうえに、また今回も同じようなスタートをきってしまったんですからねぇ」
「だから忠告しているんだ。いいか? また事件が起こるとは限らないが、もしも、もしもだ。なにか起こったとしても首を突っこむな」
「僕だって勘弁して欲しいですよ。あんな目にあうのはごめんです。安楽椅子探偵ならまだしも、現場で犯人と対峙せざるを得ない探偵のリスクは半端ないですからね」
「あ、あぁ……まぁ、前回、きみのおかげで事件を解決に導くことができたことは感謝しているが、きみは名探偵でもなんでもなく、一般市民にすぎないってことを忘れるな」
「そうあって欲しいと僕も望んでいますが、シリーズものの探偵小説のように出会してしまうのですから、どうしようもありませんよ」
「探偵、小説?」
「シリーズ化されている探偵小説は高確率で事件と遭遇するじゃありませんか。殺人に限らず、なにかしらの事件と遭遇しなければ物語がはじまらないので、当然といえば当然ではあるのですが。同じように、僕が九州入りして二宮さんと出会う度に、なにかしらの事件に巻きこまれてしまう――この状況はなかなか興味深いものがあります」
柏樹がホームズで、二宮がワトソン役。
数ヶ月前に遭遇した事件での役回りをそのように感じていた二宮は露骨に顔を歪めた。
「だから、そういう考えをもつなといっているんだ」
「シリーズ作品に登場する探偵は、なぜ、行く先々で殺人事件と遭遇するんでしょうね。同現象に苛まれている僕ら自身を詳細に至るまで徹底的に調べれば、その謎が解明されるかもしれません」
「ったく、わけのわからないことを……」呆れた顔をして視線をそらすと、二宮は二呼吸ほど間をおいて、億劫そうに言葉を続けた。「フィクションと現実とを混合させるのはよせ。奇妙な偶然が重なって不可解に思えてしまっている部分があるのは事実だが、わたしときみとが出会ったら事件が起こるなんて話はナンセンスだ。馬鹿げてる」
「そうでしょうか。毎回毎回、僕と二宮さんがこうして出会っているのは、なにか特別な力が働いているようにしか思えませんよ。事件、もしくは犯人が僕らを引きあわせているとか、もしくは僕らが引き寄せているのか。実際、僕は意図せず、前回の事件にて犯人と対峙させられましたし」
「たしかに、あれは避けられなかったが……いやいや、いや。聞いていればなんだ、おかしなことばかりいいやがって。スタンド使い同士は引かれあうの法則か」
「はい?」
「いや。なんでもない。ひとりごとだ」二宮は顔を伏せると照れくさそうに耳のうしろを掻いた。「まぁ、あれだ。話がおかしな方向に流れてしまったが、要するにあれだ」
顎をあげて腕を組み、二宮は表情を引き締めて、柏樹と向きあう。
柏樹は首を傾げた。
勿体ぶった間をあけ、二宮は吐き捨てるようにいった。
「こうしてきみと立ち話をしたあとには、碌なことがない」
「そうですね」柏樹は破顔した。「すみません。僕も少々、調子にのって増長してしました。ところで二宮さん、どうしてこんな場所に?」
「捜査に決まっているだろ。きみも知ってのとおり、最近この辺りで感染者が相次いで発見されているんだ。不法入国者だよ。その捜査だ」
二宮が話した直後に、南方から一台のトラックが姿を現し、彼らの横を通りすぎて行く。
藍色の幌を荷台にかけた、2トントラック。
去り行くトラックを見つめながら、おもむろに柏樹が口を開く。
「〈TABLE〉のトラックですね」
「いった早々、これだ」
通りすぎたのは、感染者の保護を行っている市民団体〈TABLE〉の搬送トラックだった。
「とめなくていいのですか? 幌を被せていますので、おそらくグールをのせていますよ」
「予算の関係で見て見ぬふりだよ」
「なんの予算です?」
「感染者に関するありとあらゆる予算に決まっているだろ。ったく、よりによってこんなときに、きみと出会してしまうとはな。車酔いした彼が回復したら、すぐにこの場を離れるんだ。いいな?」
「勿論、そのつもりです」
「ところで、きみらはどこで撮影を行うつもりだ?」
「撮影許可は、きちんともらっていますが」
「そういうことを訊いたわけじゃない」
「失礼しました。少し先に、有名な建築デザイナーがデザインしたホテルがありましてね。そこで写真を撮るつもりです」
「有名な建築デザイナー、か。まぁ、被写体としてはよさそうだな。気をつけて移動することだ」
「どうも。ご親切に」
「今回はなにも起きないことを願うよ」
二宮は眉尻をさげて嘆息し、乗ってきたトラックへ向けて歩きはじめた。
対向車線の脇のほうで、先ほど通った〈TABLE〉のトラックにはねられたらしい、傷ついた野鳥が道路に横たわっている。
二宮は唇の端を歪めて、脇にさげた銃へ視線を落とした。
その背後で、先ほどまで笑みを浮かべていた柏樹は表情を一変させ、口を一文字に結んで眉間に皺を寄せていた。
約一分後、二宮の乗る73式中型トラックはクラクションを二度鳴らして、二〇九号線を南へ向けて走り去った。
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