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世界の終わり #2-7 ギフト

「どこへ運びましょう」ガサゴソ動く拘束シートを載せた台車のハンドルを握る利塚が、声を震わせながら尋ねた。
 髪はまだ寝癖で撥ねている。
「当然、小獣舎です」感情を押し殺した声で掛橋は答えた。グール化した西条を安全に閉じこめておける場所は、メンテナンスの行き届いている小獣舎以外に考えられなかった。
「どのくらいで……あの、本当に死ぬんでしょうか」利塚が問う。
 掛橋は視線をそらした。
 通常、感染者は生きたままグール化するが、感染状態で絶命した者も情報伝達が再開された脳の働きによって死後復活を成し遂げ、生ける屍と化す。ただし、死後復活した者の臓器類は活動を停止したままなので、時間の経過とともに腐敗の道を辿る。グール化して復活した西条の魂は、小獣舎にいるグールたちとは異なり、数日後には肉体もろとも滅びてしまう運命にある。
「あ、掛橋さん。三枝さんです。三枝さんたちがきました」
 顔をあげた掛橋は、緩やかな坂を駆け足でおりてくる三枝と〈TABLE〉メンバー二名の姿を確認した。

「どういうことですか。グールが人を襲ったと聞きましたが、本当ですか。〈九州復興フロンティア〉の人が敷地内で、それも遺体で見つかっただなんて、本当に、本当の話ですか?」
 合流するなり、三枝は矢継ぎ早に質問した。
 掛橋は頷いて返して、遺体を載せた台車を指し示した。
「これから利塚さんと一緒に、小獣舎へ向かいます。彼の遺体を空いている檻の中に入れたのちに、逃げだしたグールの特定と、その数を調べるつもりです」みなの興奮を鎮めるように淡々とした口調で掛橋は告げた。三枝をはじめとする駆けつけた者たちは、遺体を包んだシーツへ目を向けて口を閉ざしてしまう。「彼を襲ったグールですが、まだこの辺りをうろついているかもしれません。注意してください」
「……わ、わかりました。では、わたしたちは捕獲の準備をします……道具一式は倉庫の中ですね?」
「いつもの場所です。気をつけて」
「掛橋さんも気をつけてください」そういって倉庫へ向かう素振りをみせた三枝だったが、足をとめて腕を組み、思案しているような表情をみせた。ややあって掛橋の元へと戻り、正面に立つ。「運び終えたら、正門へきてください。訊きたいことがたくさんあります」
 掛橋は無言で頷き、利塚へ目配せした。
 はみだしたシートを巻きこまぬよう注意しているらしく、台車のキャスターは慎重な速度で転がりはじめた。

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