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世界の終わり #5-6 グール

「――?」プレハブ小屋の中は血なまぐさくて、嫌な腐臭が満ちていた。「ど、どういうこと? どうなってるの、これ……」
 血飛沫だった。室内の壁は血に塗れていた。床の上にも血だまりができていて、それに、なに? なんなのこれ。机の上に置かれているこれって本物?
「おい、これって」
「い――」嫌だ。「痛い、放してッ」
「これって本物なのか? なァ、どうなんだ、どうしてこんなものがあるんだ!」
「は、放してよ。痛いッ」
 なんでわたし?
「きみだ。きみじゃないか、きみがこの場所に連れてきたんだぞ! なんでこんな場所に銃があるんだ!」
 し――
「知らないわよ! 知らないっていってるじゃない!」
 なによ! なんなのよ! なんでわたしに訊くのよ、わたしを責めるのよ。わたしのせい? わたしもわけがわからないのに、ねぇ、なんで。なんでこんなことになってるのよ!
「し、静かにッ! 丹田さん、板野さん、車――車の音。エンジン音がしませんか。ほら、やっぱり。やっぱりそうだ! 車、車ですよ」
「車?」
「痛いッ」突き飛ばされて壁にぶつかった。
 丹田さんは小屋の外へ飛びだして歓喜の声をあげた。打ちつけた腰を撫りながら外へ顔を向けてみると、「軍だ。日並沢ッ、自衛軍がきてくれたぞ」地面に横たわっている日並沢さんへ向けて、丹田さんが声をあげた。
「本当だ。軍のトラックだ」後方から声。
 いつの間にか白石くんがわたしのすぐうしろに立っていた。
「待ってろ、日並沢。もう少し、もう少しの辛抱だからなッ」
 丹田さんは大きく手を振り、トラックへ向けて駆けだした。
 わたしたちが乗ってきた車と並ぶようにして黒っぽい中型トラックが停車している。広域捜査官の人が乗っていたトラックとよく似ているけど、あれって自衛軍のトラック? 前に見たときは、もう少し角張ってゴツゴツしていた印象があるけど。
「板野さん、鞄を貸して」
「え?」
 応じるよりも早く、白石くんが鞄を奪い、一緒の手でつかんでいた財布が床の上に落ちる。そういえばわたし、ワンボックスカーの中で見つけた財布を手にもったままだった。しゃがんで財布を拾い、視線をあげると地面に横たわったグールと日並沢さんの苦しそうな顔が目に飛びこんできた。
「…………」
 なんとかしてあげたいって気持ちはあるんだけど、近づくことも触れることも、声をかけることすらできない。
 丹田さんは軍の人たちに助けを求めて走って行ったけど、無駄だ。無駄だよ。だって噛まれたんだから。グールに噛まれて感染させられてしまったんだから、日並沢さんが助かるみこみなんてない。
「グールに、グールに仲間が噛まれて――」って丹田さんの声が耳に届いた。顔を向けると、丹田さんはトラックのとまっている場所に到着していて、軍の人たちへ訴えかけていた。
 白いシャツを着た男性が助手席側のドアを開いて降りてくる。
 顔まではわからないけど体格のいい中年男性。
 自衛軍の人にしては凄くラフな恰好だ。
 それに布を巻いていない。
 黄色い布を。
 自衛軍の人は指定された色の布を巻かなくてもいいのだろうか。
「鞄、ありがとう。板野さん」ドキリとした。
 また白石くんがうしろに立っていた。鞄の口を閉じながら移動してわたしの横に並び、ふたり一緒にトラックのほうを眺めた。
 トラックから次々と人が降りてくる。
 四人。
 いや、五人。
 五人の男性に丹田さんは囲まれて――
「本当に、軍の人たちなのかな」
 わたしがそう呟いたのと同時に、かわいた音が響き渡って、丹田さんがその場に崩れ落ちる。
 ――?
 え?
「い、板野さん、まずいッ!」
 腕をつかまれた。
 引っ張られた。
 なに?
 なにが、なんだか、わかんないうちに白石くんに引っ張られて、走らされて、正門のほうに連れて行かれて、どうしたのよ丹田さんどうしちゃったのよって尋ねるわたしの声は全然無視して白石くんはわたしの腕を引っ張って強引に走らせて、なんだかわかんないけどわたしたちは正門を通って、ホテルの敷地内に入る。
 トラックのほうから男性の声。
 顔を向けようとするけど、白石くんが強く引っ張るので、ただ前を見て走るほかなくって、とりあえず走った。振り返らずに走った。苛立ちと疑問符が頭の中を支配していたけど、走っているうちにだんだんとつかめてきた。状況が。わたしたちの置かれている状況が。
「う、撃たれたの? 丹田さん撃たれたのッ?」
「走って!」
「ねぇ、違ったの? あの人たち、軍の人じゃなかったの?」
「いいから、板野さんッ、走って!」
 嫌だ。
 なんで、
 なんでこうなるのよッ。
 丹田さんが撃たれて、丹田さんが殺されてって――なに? あの人たち、なに? どうして撃たれたの? どうして? どうしてよ。どうしてわたしが逃げなきゃいけないのよッ! 違う。こんなんじゃない。こんなはずじゃない。こんなはずじゃ――

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