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世界の終わり #4-10 メタフィクション

「…………」
 勢いに押されたのか、はたまた散々ついていた悪態は道化を演じていたにすぎなかったのか――荒木は反論せずに目を伏せて、口を真一文字に結んだ――と思いきや、突然顔をあげて立ちあがった。
「どうした。急に回収しに行く気になったのかい?」
「なぁ、柏樹さん」真剣な面持ちで、荒木は柏樹の瞳をじっと見つめる。「あんたは、これから起こるかもしれない事件を未然に防ぎたいと、そういったよな」
「? あ、あぁあ。僕は真面目に、事件を起こさせない名探偵として名を成すことを望んでいるよ」
「……名を成す、か」
「そう」
「…………」
「どうした?」
「どうしたじゃなくて……ったく。おれはあんたがどこまで本気なのかを知りたいんだ。名を成すためでもなんでもいいから、実際、未然に防いでくれるのかどうかを知りたいんだよ。なあ、どうなんだ。おれらには嘘をついてないって言葉も、許容して、信頼して、信用していいのかよ?」
「まだそのことを責めるのかい」柏樹は背もたれに身体を預けて、呆れた様子で鼻から息を抜く。しかし、直後に表情を引き締めて荒木を直視し、篤実なトーンで言葉を継いだ。「信用しようとしまいと構わない。ただし、僕の覚悟が聞きたいというのなら語らせてもらおう——僕だからできる。僕であるからこそ未然に防ぐことができる」
「…………」
「成すために、僕は、全力を尽くすよ」
「……わかった」僅かな間をおいて、浅く数度首を上下させ、「一緒にきてくれ。ブレスレットを盗んだ理由を教えてやる」
 荒木は背を向けて歩きはじめた。
 柏樹は慌てて椅子から立ちあがり、荒木のあとを追った。
 向かう先は問うまでもなく、冷蔵室前の通路だった。


「――柏樹さん。あんたがいったように、どうやらおれたちは面倒な事件に巻きこまれつつあるらしい。それがどういった事件であるかは、まだわからないが、あんたのいう事件の〝キー〟ってやつは、早速、姿を現したようだ」
 調理場を通り過ぎ、冷蔵室の扉の横にかけられた革製の上着の前で荒木は立ちどまると、躊躇なくフックにかけられた上着を手に取り、右のポケットの中へ手を入れた。
「裏側を見てみな。名前が彫ってある」
 ポケットから取りだされた銀色に輝く物体が、柏樹の手のひらに載る。
 それは表面に龍と虎の絵柄が記された、安っぽいブレスレットだった。

 柏樹は、荒木にいわれたとおり、ブレスレットの裏側を見た。
 手書きのように見えるローマ字で男女の名前が彫られている。

 ひとつは〝リョウ・マツザカ〟とあり、
 もうひとつは〝マリエ・イタノ〟とあった。


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 ——第四章『メタフィクション』了



引用・参考資料 敬称略
 
 『シャーロック・ホームズの冒険』
  アーサー・コナン・ドイル 著
 『ジョジョの奇妙な冒険』
  荒木飛呂彦 著

 『ウルトラマン』円谷プロダクション
 『ウルトラセブン』円谷プロダクション
 『犬神家の一族』市川崑 監督作品
 『刑事コロンボ』Universal City Studios LLLP


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