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世界の終わり #6-11 メメント モリ


〈 スタッフ専用休憩室 / 急 〉


「——!」
 なにが起こったのか理解する間もなく鼓膜を破らんばかりの銃声が通路内に響き渡って、倒れたぼくの上には誰かが覆い被さってきていて、
「谷沢ァあああァッ!」
 さっきまでぼくを支えて歩いてくれていた捜査官が叫んだ。
 二発の銃声が鳴り、やや遅れて一発の銃声が轟いた。
「ちくしょうッ!」駆けだした捜査官が通路を戻る。
 わけもわからずにぼくは顔をあげる。身体の上に覆い被さっている何者かを見る。荒木だ。荒木だった。肘を立てて、大きく息を吐きだして、どうにか身体を起こす。荒木はぐったりしたままぼくに全体重を預けてきている。
「——荒木?」
 腕をつかんで身体をのけようとした手のひらに、熱を持った液体が触れた。血だ。荒木の左肩のあたりが血でぐっしょりと濡れていた。
「な……」

 ——撃たれたのか?

 捜査官が駆けて行ったほうへ顔を向けると、床にうつ伏せた男性が銃口をこちらへ向けたまま絶命していた。どこかに隠しもっていた銃なのか、それともぼくが使用して床に投げだしていたあの銃だろうか。
 二名の捜査官は警戒しながら、男性へ銃を向けて距離を縮めている。
 男に撃たれたんだ。
 銃で、撃たれたんだ。荒木——荒木は、
「う、嘘だ……」

 庇(かば)ってくれたのか?
 荒木は、ぼくを。

 自(みずか)らが盾(たて)となり、ぼくを庇ってくれたのか?
 なぜ?
 いや、なぜとか、
 そんなんじゃなくて。
「あ、荒木ッ、荒木。しっかり。しっかりしろよ、荒木」
 今度は声がでた。
 喉を震わせることができた。
「荒木、起きろ。起きてくれッ。頼む、頼むよ。お願いだから、なあ、お願いだから目を——」開けてくれ。そして大丈夫だっていってくれ。
 とまらない。
 とまらなかった。
 嘘みたいに荒木の身体から大量の血液が次から次へと溢(あふ)れだしてきて、
「——う、嘘だろ? なぁ」
 押さえる指の間から真っ赤な血が滲みでてくる。
 情けないくらい、どうしたらいいのかわからない。駄目だ。本当に駄目だ。本当にぼくは駄目なやつだ。みんなに救われてばかりで、それでいてなにもしてあげることができなくて、お願いだ、お願いだから、誰か。誰だっていいから、お願いだから誰か荒木を。
「しら、いし……」
「——!」
 目を、
 開けていた。
 荒木は目を開けて、ぼくを見ていた。
「白石……頼む
「え? な、なに? いや駄目だ。駄目だよ。無理しちゃ駄目だ。大丈夫、大丈夫だから。きっと大丈夫だから、無理して喋っ——」
頼みを聞いてくれ
「え? あ、あぁ……うん。わかった。わかったから。聞くから。なんでも聞くから、だから、いまはじっとして、無理しないで、無理なんか、あ、あの、大丈夫。大丈夫だから」
 大丈夫なもんか。
 こんなに血がでているのに。
 こんなに苦しそうなのに、荒木は。
 荒木は——
頼む……」
「あ、あぁ——」
 身体を強張らせ、
 唇を震わせながら、
 荒木は遠くを見つめて、そのまま動かなくなってしまう。
「…………」
 ぼくは取り残された。
 ひとり、通路の床の上に取り残されてしまった。
「あら……き?」

 なんだ?
 なんだ……これ?

「…………」

 なぁ、
 なんだよこれ?

「……荒木?」

 困るんだ。
 困るんだよ。そんなんじゃあ困るんだ。
 ぼくはまだ、なにもいっていない。いってないじゃないか。
 いうべき言葉をなにひとつ、荒木に伝えてないじゃないか。
 それになんだよ、ぼくに〝頼み〟ってなんだよ。

「荒木、おい……起きろよ。なんかいってくれよ。なぁ」

 途中だろ?
 まだ話の途中だっただろ?
 なんだよ。
 なんなんだよ、これ。
 こんな馬鹿な話ってあるか。
 なぁ、ちくしょうッ。冗談じゃないぞ。
 荒木、頼むよ。
 頼むよ、頼むから。お願いだから、
 もう一度喋ってくれ。ぼくの名前を呼んでくれ。

「……荒木。荒木ッ!」

 なぁ、荒木、
 呼べよ。呼んでくれよ。

 これで終わりだなんていわないよな?




   ——第六章『メメント モリ』了


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引用・参考資料 敬称略
 
 『ホステル (2005)』イーライ・ロス監督作品

 『方法序説』ルネ・デカルト著
 『巷説百物語』京極夏彦著

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