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世界の終わり #2-3 ギフト

 正門前の駐車場では、山岡と数名の〈TABLE〉メンバーが、緑色の服を着た男たちと口論していた。
「やぁやあ、掛橋(かけはし)さん、いいところにきてくれた。彼らじゃ話にならなくてねぇ」明らかに作っているとわかる笑みを浮かべて、緑色の服を着た男の一人が、右手をあげて近寄ってくる。
 周囲にいた者の視線が、一斉(いっせい)に掛橋へと向いた。「掛橋さん」と、あちこちからあがる声。右端に立っていた山岡だけは、眉根を寄せてそっぽを向いていた。
「早い時間からどうされましたか、郡部(ぐんぶ)さん」掛橋は近づいてくる男の名を呼んだ。
「いいえねぇ、まったく」郡部と呼ばれた恰幅のいい中年男性は、口の端をいやらしく吊りあげ、肩を揺らしつつ歩み寄った。「今日は羽鳥さんがお見えになる日と聞いたので、ご挨拶にうかがったんですけどねぇ。相変わらず、こちらの若い方々は聞く耳を持たないうえに、暴力的で困りますなぁ」
 郡部は、ライフラインや街の復興に力を注ぐ市民団体〈九州復興フロンティア〉の代表である。そのすぐ隣で、大事そうに鞄をもっている、髪を染めた小柄な男性の名は西条。
 羽鳥が九州入りする度に、抗議目的で〈TABLE〉を訪れている彼らの訪問理由は火を見るより明らかだが、掛橋はあえて温和な態度で郡部に接した。
「せっかくお越しいただいたのに、申しわけありません。到着時刻は未定なんです」
「あぁああ、まだ着いてないんですか。いえねぇ、さっきからずうぅっと、なにを訊いても帰れ帰れの一点張りで、話にならなくってねぇ。そうですか。だいたい、何時くらいに到着予定ですかねえ」
「わかりません。このところ、不法入国者があとを絶たないので、関門海峡でのチェックが厳しくなっているのを郡部さんもよくご存知でしょう? 到着が明日にずれこんでしまってもおかしくありませんよ」
「おやおや。明日まで待たされるのは困りますなあ」小馬鹿にしている風に返答した郡部は、点在する緑色の服を着た同団体の連中を呼び集めて、小声でヒソヒソ話をはじめる。
「郡部さん」不快さを露に、掛橋は声をかけた。「申しあげたとおり、羽鳥の到着時間がよめませんので、日を改めてお越しください。わたしたちはなにかと忙しいんです、あなたがたの団体とは違って、人材が不足していますので」
「――ほぅ」芝居じみた所作で郡部は一歩踏みだし、掛橋をまっすぐ見つめる。「客のこない動物園を運営するのに、まだまだ人手が必要なんですか」
「動物園〝跡地〟です。お間違いなく」
「ははは。失礼。怒らないでくださいよぉ。ですがねぇ、こちらでは捕まえたグールを檻に入れて飼育しているんでしょう? おかしなものですよねぇ。人権保護を謳(うた)っているあなたがたが、対象となるグールを檻に閉じこめて鑑賞しているなんて」
「鑑賞などしていません。わたしたちは――」郡部の挑発にのって熱くなりかけた掛橋だったが、声をトーンダウンさせて言葉を続けた。「あなたがたから見れば、矛盾しているように映るのでしょう。たしかに〈TABLE〉は捕獲したグールを檻の中に閉じこめていますが、九州内で活動している全団体の安全保守を第一に考えて、〝あえて〟行なっている処置なんです。わたしたちの拠点が動物園の跡地であることから、郡部さんの仰る言葉の意味も理解できなくはありませんが、グールの取り扱いに関する規定や安全面からみて、ここほど条件のよい場所はほかにないでしょう?」
「えぇえ、わかります。わかりますけどねぇ」郡部は露骨に顔を歪めた。「人権だグール保護だと声高々に活動していることが間違いとはいわないが、グールが発見される度に大捕りものをやられちゃあ堪んないんですよ。その都度、わたしたちは活動を中断せざるを得ないんですから。いいですか? グールですよ、グール。相手は、人類にとって悍(おぞ)ましい存在のグールなんだ」
 だんだんと話しかたが〝ぞんざい〟になっていく。心の中では苛立ちを覚えていた掛橋だったが、表情を変えずに口を噤み、郡部の話に耳を傾けた。
「いま、求められているのは復興ですよ。グールの人権云々よりも、まずは復興、そして感染症の根絶。それこそが一番でしょうが。生まれ育った九州を一刻も早く元の状態に戻さねばならんでしょう。大体、グールをどうかしようなんて、我々が手をだす領域の話じゃぁないんですよ。軍や政府に任せていればいいんだ。それに、おたくらはグールを保護しているといってるが、やつらを檻に閉じこめる以外、できることなんてなにもないだろうに。非情ないいかたになっちまうが、感染の元を絶って、一日も早く、昔のような街の姿を取り戻すのが我々の役目ってもんじゃないのかなあ、どうだ、掛橋さんよォ、わたしのいってることは間違ってるか?」郡部は口の端を歪め、掛橋の顔を覗きこむようにして嫌悪に満ちた視線を向ける。
「ですが――」掛橋は開きかけた口を結んで視線をそらした。〈TABLE〉の活動内容に疑問を抱いたことがないわけではない。危険極まりないグールは、排除して呵(しか)るべし。非感染者の安全を守ることが第一と考えていた時期が、掛橋にもあった。しかし、羽鳥と出会い、羽鳥から多くを学んだことによって、考えかたを改めるに至った。郡部もまた、羽鳥とじっくり話す機会を得れば、改めるに違いない――掛橋はそう考えているのだが、〈九州復興フロンティア〉の者たちは耳を傾けずに、己の主張をぶつけるだけぶつけて、気が済めば足早に帰って行くばかりなので、いまだ平行線を辿っている。
「あぁあ、すみませんねぇ、掛橋さん。羽鳥さんにあって直接いいたかったことなのに、つい熱が入ってしまって。いやぁ、失礼。しかし羽鳥さんがいつ到着するのかわからないなら、改めて伺ったほうがいいようですね。またきます。そうだ――あそこに立ってる怖い顔をした兄ちゃん、礼儀がなっていないんで、一から教育し直したほうがいいと思いますよ」郡部が右手の方向を指差す。そこには獲物を狙う獣のような鋭い目で睨みつけている山岡の姿があった。「彼が人権団体のメンバーだなんて、とてもじゃないけど信じられ……あぁあ、あははは。失礼しました、掛橋さん。羽鳥さんが到着次第、またお伺いします」
「でしたら、郡部さんの携帯へ連絡を――」
「いえいえ。うちのメンバーをひとり残していきますから結構です。園の中に入れろとまではいいませんので、その点はご心配なく。正門前から動かずに見張っているよう、いい聞かせておきますから」
「見張り?」
「それでは」郡部は一方的に会話を終わらせて、背を向け、雑草の生い茂った駐車場へ向けて歩きだした。
 緑色の服を着た男たちが、あとに続く。
 ただひとり、髪を染めた小柄な若い男性を残して。
「なぁ、掛橋さん」
「……?」掛橋は肩を強張らせた状態で、声のしたほうへ顔を向けた。
「あんたは、甘いんだよ」声の主は山岡だった。吐き捨てるようにいって顔を背け、山岡は正門横にある扉へ向けて歩きだす。
「――甘い、か」掛橋は下唇を噛み、去り行く郡部と山岡の姿を交互に見つめた。
 車のドアが勢いよく閉じられ、地上を飛び跳ねていた四羽の鳥が慌ただしく飛び立つ。緑色のバンがゆっくりタイヤを転がすと、脇に立っていた金色に髪を染めた男性――〈九州復興フロンティア〉の西条が背筋を伸ばして、深々と頭をさげた。
 掛橋は視線をさげて嘆息した。足元にいたダンゴムシが群れて身を寄せあい、震えているのが目にとまった。

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