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觀想生活日記 2024-04-01/07—「氣が利く」という槪󠄁念が嫌󠄁い


俺「氣が利く」って槪󠄁念嫌󠄁い。エスパーじゃねえんだからしてほしいことあるなら言葉で傳えろや。てめえの口と頭ん中の言語中樞とは何の爲に付いてんだよ。——と思ってしまう。

「AIが作った」ではなく「AIで作った」と言うべき。

ワンナイトラブならぬワンデイラブがしたい。一日だけ手え繫いでデートして戀人になるやつ。

10年前󠄁って中1かと思うと、時の流れが速󠄁過󠄁ぎて、そして己の成長が遲過󠄁ぎて、泣きたくなった。こうして氣付いたときには臨終󠄁の床にいるのだろう。

無神󠄀論の歷史を調󠄁べなくてはならない。

礫岩のような思想。

ニッポニカか何かの百科事典が物書堂の辭書アプリに入ったらなあ。

テニヲハの壞れた日本語を見ると、あたかも金閣寺が無秩序に增改築されるのを見るような気持ちになる。そんな金閣寺なら燃やしてしまいたい。

最近󠄁 Camille Saint-Saëns の Danse Macabre にちょっとハマって何度も聽いていたら頭がおかしくなりそうになった。骸骨と踊りたくなった。

私は僞善者󠄁と呼ばれるくらいならむしろ殺人鬼になりたい。惡人になれば僞善者󠄁呼ばわりされなくて濟むから。私は人をぶっ○したくてたまらない。そうすれば腦味噌お花畑の鳩ぽっぽリベラル左翼呼ばわりされなくて濟むから。地獄への道󠄁が善意で鋪裝されているなら私は常に能う限りの惡意を持って生きていきたい(地獄への道󠄁が善意で鋪裝されているなら天國への道󠄁が何で鋪裝されているのか分からないけれどね)。

フランス語の il vainc ってなぜ語尾にtが無いの?

靑春から朱夏へ。白秋に授かる子供を蛇の目で迎󠄁え、龜の甲を追󠄁い越し不可能なまま玄冬󠄀へ。

倫理學は砂上の樓閣どころか、砂上の蜃氣樓である。

Note は基本的に日々書き溜めたネタ帳のコピペに過󠄁ぎないのだが、その寫す作業を一氣にやらないと氣持ち惡いし、その際大幅に內容を擴充する必要があるし、さらに自分の文章によってパトス的刺戟を受けるので、それでも結構󠄁疲れる。しかも投稿した後にも30分くらい自分の文章を何度も讀み返󠄁して悅に浸󠄁る時間が發生する。

ピュシスはここにある! ウーシアーはここにある! ここがロドスだ、ここで飛べ!

「古典敎育は何の役に立つのか」という懷疑を常々耳にするが、役に立つどころかむしろ古典は有害󠄃だ。古典にハマってしまった中高生は、文化󠄁祭の出し物では「あまりに興あらんとすることは必ずあいなきものなり」と興醒めし、夜に雨音を聞けば「花󠄁の色は移りにけりないたづらに」という老いを恐れ、風邪󠄂を引いて氣持ち惡くなれば「つひにゆく道󠄁」を覺悟し、敎室から空を眺めては「飛び立ちかねつ鳥にしあらねば」と嘆󠄀き、檸檬を嗅げば「鼻を撲つ」という文句が浮󠄁かび、ブラインドを卷き上げれば「香爐峯の雪󠄁」と呟く有り樣になってしまうよ。そしてマトモな社會人になれなくなってしまうよ。

2024-07-04

今日の一曲:Camille Saint-Saëns『Danse Macabre』


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