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Interview Kamasi Washington『Becoming』- ミシェル・オバマのプレイリストを聴いて、彼女の考え方やバイブズに入り込もうとした

ミシェル・オバマのドキュメンタリーが公開されて、カマシ・ワシントンが音楽を手掛けると聞いた時、大抜擢であるとは思いつつも、同時にとても自然に感じたのを覚えている。

僕にとってカマシ・ワシントンは、激しいスピリチュアルジャズを演奏する豪快なサックス奏者というだけでなく、自分の頭にある世界観や自分の中の哲学みたいなものを音楽を通して表現するために丁寧に曲を作るコンポーザーというイメージも強い。もともと西海岸ジャズシーンの名作編曲家ジェラルド・ウィルソンのビッグバンドの出身者だし、インタビューをすればクラシック音楽の話を嬉々としてする人だし、楽曲のコンセプトにもすらすらと魅力的に話してくれる。だから僕は映画のサウンドトラックに明らかに向いているタイプのミュージシャンだろうなと思っていたし、いつかやるだろうなとも思っていた。そもそも『Harmony of Difference』が美術館で行われるインスタレーションのために作られた作品だったり、他人のアートに対して音をつけることは既に行われていた。いつでも映画音楽への準備は出来ていたはずだ。

そして、これまでにカマシが作ってきた音楽に込められている様々なメッセージがミシェル・オバマと相性がいいことも、このドキュメンタリーにカマシが起用されたことが自然に感じられることのもう一つの、そして最大の理由だ。カマシは人種差別や格差や不平等への抗議も語るし、それを音楽の中で表現しようとしている音楽家だ。ただ、カマシの特徴はそういった様々なメッセージの中でも”多様性の祝福”を自身の哲学の柱にしていることだろう。このドキュメンタリーはそのカマシの哲学と共振することで、絶妙な相互作用を生んでいる。

ちなみにこの映画の監督のナディア・ハルグレンはかなり優秀で、以下のインタビューでもカマシが語っているが、彼女はカマシの音楽を理解したうえで起用していて、その上で的確なディレクションを行っている。映画の中でサントラには収録されていないカマシの曲がいくつも使われている。「Will You Sing」「Testify」「Vi Lua Vi Sol」などがそれなので、ぜひ確認してみてほしい。実はこれらの選曲の多くはナディアのアイデアだとカマシが語っている。ミシェル・オバマが音楽好きであり、センスもいいことは有名だが、だからこそミシェルは音楽にも意識的な監督を選んだということなのかもしれない。そういったことへの配慮がこの映画のクオリティに、そして、カマシが担当したサウンドトラックのクオリティにも繋がっているのは間違いないだろう。

以下、サントラをBGMにどうぞ。

取材・構成:柳樂光隆 通訳:青木絵美 協力:beatink

ーーあなたにとってミシェル・オバマとはどんな存在ですか?

彼女は、間違いなくインスピレーションを与えてくれる人だよ。自分の人生を活用して、この世界をより良いものにしようとしているし、人々にお手本を示そうとしている。人々がより良く生きられるために、自分の人生を捧げている人と遭遇することは、いつだって素晴らしいことだ。そういった意味で、自分が、彼女の物語を語る一員になれたということは有意義なことだったと思っている。この物語はとても感化される内容なんだ。彼女は、並外れた人であると同時に、すごく話やすい雰囲気を持った人でもある。彼女となら、昔から知っている人みたいに接することができそうだと思わない?彼女は、この物語を通して、自分自身の人生を人々と共有したんだ。そのために俺の音楽を使って、その物語を語る手助けができるということは本当に光栄なことだった。

ーー『Becoming』のサウンドトラックのオファーがどのように来たのか教えてください。

監督のナディア・フルグレンから連絡が来て、僕は彼女と会い、プロジェクトの内容を聞かされた。すごくクールなプロジェクトだと思ったよ。そしてまた別の機会にナディアと会った時に、映画のラフカットを見せてもらった。僕はプロジェクトに関わる気は満々だったが、問題はタイミングが合うかということだった。当時、僕はツアーをたくさんしていたから、映画が完成した時に、僕がロサンゼルスに戻ってきていて、映画の音楽を作れる時間があるかどうかにかかっていたんだけど、幸運なことにタイミングも合って、話がまとまったんだ。でも、彼女が最初にオファーしてくれた時点で一応快諾はしていたんだ、スケジュールさえ合えば是非やりたいって感じでね(笑)

ーーどのようなリクエストが制作側からあったのか教えてください。

制作側から多少のリクエストはあったけれど、話し合いのほとんどはナディアと行われた。映画の全体的な雰囲気や、各シーンのフィーリングについて話すことが多かったね。話す内容は感覚的なことが多かったと思う。結果的に音楽にも一貫性が出たけれど、それは映画に一貫性があったからだと思う。そして映画の題材である人物にも一貫性があったから。でもその一貫性は意図されて作られた訳ではなく、自然にそういう仕上がりになっただけなんだ。

ーーまず映像を見てから、それに合わせて楽曲を作り始めたと思います。最初に映画のデモを見た時に、映画に対してどんな印象を抱いたのか教えてください。そして、どんな音楽がふさわしいのか、もしくはどんな音楽をつけたいと思ったのかを教えてください。

映画を初めて見た時は、ミシェル・オバマが心を打ち明けているのを見て驚いたよ。自身の本心をさらけ出しているなと思った。政治関係の人やセレブはそういうことがあまりできないからね(笑)

最初に見た時は、自分もオープンマインドでいて、結論を急がないように努めた。だから、時間をかけて、ミシェル・オバマと監督のナディアのマインドセットに入り込もうとしたんだ。ナディアと話し合いをした後、僕はミシェル・オバマのプレイリストを聴いて、彼女たちの考え方やバイブズに入り込もうとしたよ。音楽は非常に柔軟なものだから、どんな方向にでも持って行くことができると僕は考えている。これはとてもパーソナルな映画だから、ミシェル・オバマだと感じられる音楽を作りたいと思ったんだ。

ーー作曲をして録音をして、その音楽がどのように映像に付けられたのかそのプロセスを教えてください。

すごく強烈なプロセスだったよ。僕がプロジェクトに参加した時点ではまだ映画の編集が終わっていなかった。だから僕はテーマになるような音楽を作曲したり、シーンに合う音楽をスケッチしたりしていた。つまり僕は、映画が完成に近い状態になるまで待っているという状態だった。
映画が完成してから、僕が音楽を制作できる期間は、たった2週間程度だった。強烈な経験だよね。寝ずに作業したよ(笑)。寝ないで作業したらなんとか間に合う仕事だったからね。だから僕は必死で音楽を作曲したよ。
そして、全ての音楽を録音できる期間はたった3−4日しかなかった。本当に大変だったんだ!あまりに忙し過ぎて、あるパートを録音するのを忘れそうになったりしたよ。全て作曲済みで、録音する準備も整っていたけれど、録音が終わったあとの音楽を聴いたら何かが足りないと感じたんだ。そうしたら、楽譜が1枚だけ別のところに置いてあるのに気付いて「(足りてない音は)これだ!」ってことがあったりね(笑)
本当に大変な数日間のレコーディングだったよ。録音に関わってくれたミュージシャンやエンジニアたちには、2倍も3倍もの残業をしてもらったから本当に感謝している。トニーというギタリスト兼エンジニアの人がいるんだけど、俺とトニーは、朝5時か6時まで作業していた日もあった。作業を始めたのは午後の1時くらいで、翌日の朝6時までずっと作業していたんだ。そんなクレイジーな日もあったくらいだよ。

ーーところで、あなたが好きなサウンドトラックや、自分の音楽性に影響を与えたと思うような映画音楽の作曲家がいたら教えてください。

バーナード・ハーマンの作品は全て好き(笑)!ジョン・ウィリアムズも大好き。でも、今回のサウンドトラック制作で参考にしたのは、ジェームズ・ブラウン『Black Caesar』という映画のために作った音楽。今回の映画と似たようなサウンドスケープだと思ったからね。
映画音楽は大好きだよ。『Vertigo(めまい)』(監督 アルフレッド・ヒッチコック、音楽 バーナード・ハーマン)とか『Taxi (Driver)』(監督 マーティン・スコセッシ、音楽 バーナード・ハーマン)や、『Chinatown』(監督 ロマン・ポランスキー、音楽 ジェリー・ゴールドスミス)などの映画の音楽はとても好きだし、『Star Wars』(監督 ジョージ・ルーカス、音楽 ジョン・ウィリアムズ)の音楽も好き。『Catch Me If You Can』(監督 スティーヴン・スピルバーグ、音楽 ジョン・ウィリアムズ)の映画音楽も、クラシックなサックスが使われていて気に入っているよ。最近は『シン・ゴジラ』(総監督 庵野秀明、監督・特技監督 樋口真嗣、音楽 鷺巣詩郎・伊福部昭)を観たよ。最近のお気に入りなんだ。今は新しいアルバムの作曲をしているんだけど、「シン・ゴジラ」の映画音楽を聴きながら作曲したりしていて、自分のストーリーを書き上げるためのツールとして役立っているよ。

ーー以下、それぞれの楽曲についての質問です。どんな意図で、どんな手法を使って、その場面に合わせる音楽を作ったのかをひとつずつ聞かせてください。

まず「Shout out of a Cannon」はミシェル・オバマがホワイトハウスを去る際のエピソードを語り、ファーストレディの重圧を回顧する場面で使われていましたが、この曲のサウンドはどんなことを表現しようとしたものですか?

威厳を表現したかった。それと前進するようなフィーリングだね。あのシーンでは彼女たちがヘリコプターの方に歩いて行くんだけど、その時の彼女たちはとても優雅に見える。それと同時に、駆り立てられたフィーリングというのも表現したかった。なぜなら、あの瞬間から、彼女の人生は変わったから。王族みたいな存在である人間から、実際の王族になっていくという二面性のようなものがあるんだ。僕はこの曲でその両方を伝えようとしたんだ。曲は短調でメランコリックに始まり、彼女が「Shot out of a Cannon」と言った時点で、長調に変えて、前に押し出される感覚を表現している。

ーー「Southside 1」はオルガン入りのソウルフルな楽曲でした。どういったイメージで書いた曲なのでしょうか?

あのシーンを見た時、僕の地元であるロサンゼルスのサウスセントラル(=サウス・ロサンゼルス)みたいだなと思ったんだよ(笑)家族が庭でバーベキューをしている画像を見て、僕の家でも家族でやっていたバーベキューを思い出した。そのフィーリングを捉えようと思ったんだ。僕が若い頃はそこでギグをよくやっていたんだ。「裏庭ブギー(Backyard Boogies)」と呼んでいたよ(笑)みんなを楽しませるために音楽を演奏していたんだ。この曲にはそういうフィーリングを反映しようとしている。

―シカゴのサウスサイドの音楽でイメージするアーティストは?

たくさんいるよ。モーリス・ブラウンとは共演したことがあるし、カニエ・ウェストもシカゴ出身だし、チャカ・カーンもそうだ。シカゴは素晴らしいミュージシャンを数多く輩出している。

ーーアルバムには未収録ですが、「Will You Sing」がミシェルの祖父の黒人としての不遇を映したシーンで使われていました。なぜこの場面でこの曲だったのでしょうか?あなたの静かなサックスが印象的なアレンジでしたね。

「Will You Sing」は僕のアルバム『Heaven & Earth』からの曲で、ナディアがシーンを見てこの曲が合うと思ったみたいで、このシーンに「Will You Sing」の別バージョンを合わせたらクールだと思うとナディアに提案されたんだ。
このシーンではミシェルがとても複雑な感情を話していて、そこを捉えたかった。ミシェルと彼女の祖父の関係性にあった、悲劇という状態を表現すると同時に、心を鼓舞するという状態も表現したかった。ミシェルは祖父が、どれほど苦難に見舞われているかも分かっていたし、どれほど祖父が有能な人で、可能性を秘めている人かというのも分かっていた。そんな状況の中、祖父は、ミシェルやミシェルの兄弟たちに対して”自分たちが望むものになんでもなれる”、”やりたいことはなんでもできる”という考えを教えた。その結果、ミシェルたちは、世界もそういう考えであり、自分たちはやりたいことはなんでもできるのだと解釈した。

そこには複雑な感情があり、だからこの曲には、絶望という状況の中に勝利が存在している。それは『Heaven & Earth』で僕がこの曲を書いた時とは、少し違う意味合いを持っている。『Heaven & Earth』では、世界を変えるための能力を持っている人に対して、”それをやってくれるかい?”と歌っている。それは大変なことだから。

今回の映画のシナリオでは、ミシェルの祖父は自分の現状に対して失望するという態度も取れただろう。そして、自分がやりたいようにさせてくれない世界に対して憤慨して、世界に対して悲観的でいることもできただろう。でもそうしていたら、孫のミシェルにモチベーションを与えらることができなかったかもしれない。祖父からの鼓舞があったからこそ、ミシェルはアメリカ合衆国のファースト・レディという立場まで昇り詰めることができた。どの時点で、人々の考え方が構築され、その人の視座が確立されるのかは分からないけれど、祖父がそういう人であったからこそ、ミシェルは想像を超えるような現実が開けたのだと僕は思ったんだ。


ーー「The Rhythm Changes」(原曲は『The Epic』収録)がバラク・オバマの最初の選挙のシーンで使われていました。ここでこの曲を選んだ理由は?原曲とかなり異なるアレンジでしたね。

このシーンでは会話が多く使われている。元々このシーンのためには別の音楽を作っていたんだ。最初のカットでは、会話の流れとその曲が合っていたんだけど、僕がスタジオで録音するタイミングでは、映画のカットが変わっていた。新しいカットに曲を合わせたら、曲と会話がぶつかり合ってしまったんだ。それを見た時に「The Rhythm Changes」なら合うかもしれないと思って、ピアノで弾いてみたら、映像とちょうど良い具合に合ったので、映画のセリフを邪魔しない程度の控えめのアレンジにして、収録したんだ。

ドキュメンタリー映画の音楽を作るのはそれが難しい。映画には常に会話があるから。会話と音楽がぶつかり合わずに、一緒に流れるようにしなければならない。だからシーンの雰囲気と気持ちに合うように音楽をアレンジしたのさ。今回はそれが上手くできてラッキーだったね(笑)。

ーー 「Song for Fraser」はジャズが好きだったミシェルの父を思いだすシーンで使われていました。この曲は優しいバラードですね。

ミシェルは、父親がどれほどジャズが好きだったかという話をしていたから、ジャズのスタンダードのような曲を書くのが最適だと思ったんだ。だから、人々が大好きなジャズの名曲、例えば「Misty」(※エロル・ガーナ―などの名演で有名なスタンダード・ソング)のような曲を聴き返した。そして、自分が80歳になったような気持ちで、ジャズのスタンダードを作曲してみようと思った(笑)。今までにそういうやり方で作曲したことなんてなかったよ。普段なら、自分の頭に浮かんでくる音楽をそのまま作曲しているけれど、今回は自分が1955年のニューヨークに住んでいる設定を想像して、そこにいる自分は何を感じているだろうかと考えた。雨が降っている、秋のある一日。そんなことを想像して作曲したんだ。

ーーアルバムには未収録ですが、「Testify」(『Heaven & Earth』収録)はオバマ大統領就任のシーンで使われていました。ここでこの曲を選んだ理由を聞かせてください。改めて原曲の歌詞を見たら、まるでこのシーンのために書かれたような歌詞だなと思いました。

それは監督であるナディアのアイデア。彼女は僕の音楽をよく知っているので、彼女が「このシーンにこの曲を合わせたらいいと思うんだけど?」と言ったから賛成したんだ。合わせてみたら本当に合っていたよ。僕はこの曲をオバマのために作ったのではないけれど、オバマみたいな人たちのために書いた曲でもあるんだ。この曲には”知恵があるのなら、共有して欲しい”という意味を込めて「Testify(証言)」と言っているんだ。つまり、ここでは法廷で証言するという意味ではなくて、教会で証言する、知恵を共有するという意味でのTestifyだね。

オバマの「希望を持つ、信じる」と言うメッセージのキャンペーンを経て、オバマが大統領に就任したということは非常に大きなことだった。シニカルになりがちなこの世界においては、問題や課題に対してもシニカルな態度を取ってしまいがちだ。そんな現代において、オバマみたいな立場についている人が、そのようなポジティブなメッセージを人々に投げかけてくれて、シニカルな気分から人々を遠ざけてくれて、なんとかなるという気持ちにさせてくれたのはとてもクールだと思ったし、とてもパワフルだと思ったんだ。

ーー「Fashion Then and Now」はミシェルのファッションをうまく使った戦略と彼女の聡明さが示されるシーンで使われていました。この曲は映画内では「Vi Lua Vi Sol 」(『Heaven & Earth』収録)とメドレー的に繋がれていました。「Fashion Then and Now」のアレンジの狙いや、「Vi Lua Vi Sol 」へと続けた理由を聞かせてください。

「Fashion Then and Now」はシックな感じにしたくて、古代エジプトの女王が黄金で編み上げたヘッドピースをしている雰囲気をイメージした。ここでもナディアの案が活きていて、「Fashion Then and Now」を「Vi Lua Vi Sol」に繋げるのが良いのではないかと提案してくれた。「Fashion Then and Now」の終盤が8分の6拍子になり「Vi Lua Vi Sol」に近い感じになったからだと思う。クールな流れだよね。あれは彼女のアイデアだよ。


ーー「Provocation」では今も解決されない人種差別に対するアフリカンアメリカンとしてのミシェルの思いから、Black Lives Matter(アフリカン・アメリカンが警官に不当に殺された事件など)にも言及する重要なシーンです。この曲はこの映画の中でも際立って特別な情感が表現された曲で、アレンジも重厚で複雑です。このシーンをどんなサウンドで表現しようと思ったのか聞かせてください。

そういう問題について聞いた時の、人々の考えを音楽に反映させたかったんだ。

バラク・オバマが大統領に選ばれた時は、とても多くの人が心から喜んでいた。僕もその日を覚えているんだ。ちょうど家の近所を車で運転していたんだけど、人々が道端で踊っていたんだ。僕の今までの人生の中で、選挙に対してあんな風に反応する人たちを見るのは一度もなかったよ。それ以前は選挙があったことさえ知らないという人たちばかりだったんだ。家庭内で選挙の話をしたり、友人同士で選挙の話をするということはあるけれどね。様々な背景の人たちが、道端で踊っていたのは、とても幸福な瞬間だった。彼らは受け入れられたと感じ、兄弟愛を感じたんだ。それはとても美しい瞬間だったよ。

でも、同じ瞬間に対して、ものすごくたくさんの憎悪や怒りも喚起されたというニュースを聞いた。そして、その瞬間と全く関係ない、罪の無い人々を傷付けるという行為につながってしまった。あの瞬間は人々の考えに混乱を招いたんだ。とても美しく、素晴らしい瞬間がある一方で、その瞬間がダークな感情を生み出し、それが想像以上にさらに増幅させられ、とても混乱した思考が生まれてしまった。

そういうニュースを見たり聞いたりした多くの人は、そんなことが起こっているなんて信じられなくて、頭の中が混乱してしまったと思うんだ。自分が知らない人、今まで会ったこともない人を憎むなんて、考えたこともないと思うんだ。自分は、その人に何もされていないんだよ? 僕は全くできない。僕なんて、実際にすごく嫌なことをされた相手に対しても、その人を憎むことすら想像できないよ。だからそんな狂った状態を音楽で表したかった。そして、その傷付ける行為をした側にも狂気が感じられる。彼らも完全に頭が狂っている。この曲は、そういうもの全てを反映させたかった。人々の思考という美しい混沌をね。

ーー「Connections」は同性結婚が認められた日にホワイトハウスが虹色にライトアップされたシーンでミシェルと子供たちが特別な感情を抱き、行動する重要なシーンで使われました。この曲について聞かせてください。

この曲の、このバージョンは、実は別のシーンのために作曲したんだ。ミシェルが兄との関係について話しているシーンに合わせて書いたものだね。だから、僕にとってこの曲は家族についての曲。でも、そのシーンが編集されてしまったんだ。その時に、多分ナディアだったと思うけれど、彼女が、こっちのシーンに合うんじゃないかって提案してくれたんだよ。この映画ではそういうことが何度かあった。音楽ってとても柔軟なものだから、僕にはある感じに聴こえるものが、他の人には全く別の感じに聴こえたりもする。だから、ナディアがこの曲を聴いた時、彼女はこのシーンに合うと思ったんだろうね。

ーー「Looking Forward」はトランプが大統領になってからのレイシズムが蔓延る時代にも希望を持つことを示すようなシーンで使われています。ストリングスによる和音の響きだけで希望のような感情を表現しているような曲だと思いました。

この曲では進行している様子を表したかった。集大成というか、まるで高校から卒業していくような感じだね。和音を転調させていき、現状という地点から先に進み、自分たちの理想に向かっていくような感じを表したかったんだ。

ーーこの映画のテーマ曲「I Am Becoming」はどんなことを表現しようとした曲なのか、教えてください。

ナディアからのリクエストがあって、彼女から”ミシェル・オバマを総括するような音楽を作って欲しい”と言われたんだ。だから僕は映画を何度も見たよ。

ミシェル・オバマという人は、並外れた能力を持つ人で、威厳がある一方、とても共感できて、近づきやすい感じもある。この曲ではその二つの感じを融合させようと思ったんだ。それから、彼女が好きな曲が幾つも入っている彼女のプレイリストを何度も聴いた。彼女がこの曲を聴いたら”この曲いいよね”って言ってくれそうな曲を作りたいと思ってね。そしてリスナーがこの曲を聴いたら、ミシェル・オバマのことを思い出すような曲にしたかった。

ソロの演奏に関しては、僕はソロを演奏するときは、いつもそうだけど、その瞬間を大切にして、今話したような(その曲にふさわしい)フィーリングを込めて、その世界観を表現するようにしている。

ーーミシェル・オバマのプレイリストの曲で特にインスピレーションになった曲があれば教えてください。

直接的なインスピレーションになった曲はないんだけど、モータウンの雰囲気がプレイリストから感じられたから、自分もそのモードに入ろうと思った。サウンドトラックの曲は、自分で音楽を書くんだけど、そこで自分なりのモータウン・サウンドを表現しようとしたとも言えるね。

ーーこの映画でのあなたの楽曲や、あなたのサックスの演奏はとてもやさしくて、柔らかく、少ない音数でも印象に残るものでした。それは『The Epic』や『Heaven & Earth』で聴こえた力強さとは別の力強さだったと思います。

今回のサウンドトラックは映画に合わせた作品。自分の音楽を使って、映画の物語のための音のフレーム(枠)のようなものを作るのが目的だった。だから自分のアルバムを録音している時とは違うよね。自分のアルバムの場合は、自分の中にあるものを表現しようとしているから、そっちの方がもっとヘビーな感じになっていると思うよ(笑)

アルバムとサウンドトラックは二つの異なるものなんだ。前者は自分の感情を表している一方で、後者はある事象を説明している。自分の気持ちや考えを表現するのと、他人の言葉を表現するのは異なる行為なんだよね。今回はナディアとミシェル・オバマの考えを表現する助けにあるものとして、僕は音楽を作曲している。

僕のアルバムでは、自分のアイデアを表現したり、自分を表現するために作曲する。自分の考えを象徴するという意味で、現実に対する自分の考えを、幅広い層まで届かせるために、音楽という手段で包括する。それに、そういう状況で音楽を演奏する場合は、音楽を自由にさせてやるんだ。それに比べて、今回の状況では、音楽は抑えられているんだ。なぜなら、今回の音楽は、特定の映画に合う必要があったからね。

でも、ライブ演奏の時だと、(『Becoming』の曲でも)僕らはとにかく自由に演奏するよ。そういえば、ロサンゼルスのHollywood Bowlで『Becoming』のライブバージョンをやったんだ。ウェブサイトにその時の映像が載っている。そのライブではサウンドトラックの音楽をよりオープンな形で演奏しているんだ。そこでは普段のライブに近い形でサウンドトラックの音楽が表現されていて、(映画にとって)正確なフィーリングではなくなっているよ。

ーー『Becoming』はこれまでにあなたが関わってきた音楽の中でも特別な仕事だったと思います。『Becoming』はあなたにとってどんな経験になったと思いますか?

素晴らしい体験だったよ。自分のためだけだったら作らなかった音楽を作るきっかけになったし、そのために自分を追い込むことができた。映画で触れている複雑な感情について、自分の頭で考えてから、それに共感しようとして、その感情を音楽に適応させようとした。そのことによって、自分の中にあったアイデアや概念が解き放たれたこともあったんだ。すごく楽しいプロジェクトだったし、映画の中や、ミシェル・オバマの思考の中に深く潜り込むことができた。それは僕にとっても啓蒙的な体験だったしね。その過程も最高だったし、最終的に全てが合わさって完成した時はとてもクールだった。素晴らしい体験だったし、ミシェル・オバマは大勢の人に影響を与えている人だから、その人のために音楽を作る機会が与えられたことはとても光栄なことだったし、彼女の活動に貢献できたことも本当に光栄なことだったね。

※カマシ・ワシントンに関しては以下の記事も併せてどうぞ。

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