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interview Marquis Hill "Rituals + Routine":儀式とルーティンを介したセルフケアのための瞑想的な音楽

今でこそシカゴのジャズといえば、マカヤ・マクレイヴンや彼が所属するレーベルのインターナショナル・アンセムを中心としたコミュニティのイメージが大きい。ただ、その直前の2014年、マーキス・ヒルが世界的に注目を集めていたことは現代のシカゴのジャズ・シーンを語るためには欠かせないトピックだ。

セロニアス・モンク・コンペティションのトランペット部門でマーキスが優勝したのが2014年。圧倒的なテクニックに驚きつつ、シカゴから久々に面白い才能が出てきた!とワクワクしたのもあり、強く印象に残っている。

90年代以降、シカゴのジャズ・シーンは様々な文脈で注目されていた。ギタリストのジェフ・パーカーが在籍しているポストロック系のバンドのトータス、コルネット奏者ロブ・マズレクが参加していたアイソトーオプ217をはじめとしたシカゴのコミュニティが“シカゴ音響派”などと呼ばれ、ジャンルを超えて、様々なリスナーを虜にした。00年代にも良作をリリースしていたが、徐々に存在感は薄まっていった。しかし、シカゴ音響派のコミュニティはAACMをはじめとしたシカゴに根付いているジャズのコミュニティとの繋がりが密だったこともあり、シカゴにはトレンドとは関係なく、ジャズのコミュニティでは世代を超えた交流があった。00年代以降、その中からコーリー・ウィルクスモーリス・ブラウンなど、常に新たなミュージシャンが出てはきていた。ただ、世界的に脚光を浴びることができたミュージシャンはしばらく出ていていなかった。

そんな状況の中で、マーキス・ヒルは再び、シカゴ・ジャズの豊かさを知らしめた。その後、2015年にマカヤ・マクレイヴンが名盤『In The Moment』をリリースする際にはそこにマーキスが参加していて、2016年にマーキスがメジャーのコンコードから『The Way We Play』をリリースした際にはマカヤが参加していた。現在のシカゴのジャズの隆盛はこの二人の登場がきっかけだったと言っても言いだろう。

その後もマーキスの『Love Tape』『New Gospel Revisited』、マカヤの『Deciphering The Message』 『In These Times』でお互いの作品に参加し、その後もシカゴのシーンに君臨している。

2016年の『The Way We Play』より前の時点ではいわゆるジャズフォーマットの作品でその圧倒的なテクニックのトランペットを炸裂させていた。それが『The Way We Play』でマカヤ・マクレイヴンのドラムによりヒップホップ的なビートの要素をさりげなく仕込んで以降、音楽がハイブリッドになっていく。

2017年の『Meditation Tape』ではシンセサイザーやエレクトリックピアノなどを積極的に使い、エレクトロニックかつコズミック、時にスピリチュアルなサウンドを披露

翌年2018年の『Modern Flows Vol. 2』はジャズ寄りではあるが、ここでもラップが入ったり、リズムがヒップホップ以降のビートの感覚を有していたりとこの2作で一気に舵を切った。

2019年の『Love Tape』ではとろけるような揺らぎと浮遊感を、そして、2020年の『Soul Sign』ではプロダクション/ビートの要素がかなり増し、プロデューサーとしての資質もかなり前傾していた。そもそも『Meditatition Tape』はビートテープ的なヒップホップ由来のビートが軸になった作品だったし、『Modern Flows Vol. 2』でさえ作曲はLOGICで行われていて、その制作プロセスの中に自然にプロダクションの要素が入り込んでいた。

その後、2022年の『New Gospel Revisited』ではごりっごりのライブ・サウンドで一気にコンテンポラリー・ジャズ方向へと戻り、驚かせたが、

2023年の『Rituals + Routine』では再びハイブリッドかつスピリチュアルな世界へと戻ってきた。ただし、『Rituals + Routine』で聴こえるサウンドに関しては壮大さよりも、日々の生活とその営みを祝福するようなフィーリングがあり、これまでとは異なる世界観を提示していて、新境地を感じさせるものだった。

https://www.bluenote.co.jp/jp/artists/marquis-hill/

取材・執筆・編集:柳樂光隆 通訳:染谷和美 協力:コアポート

◉儀式とルーティンというタイトルのこと

――『Rituals + Routine』のコンセプトを教えてください。

日々の送り方をもうすこしきちんと固めていったら自分の力になるんじゃないか、しかも創作的なパワーになるんじゃないか、と考えている時期に作ったアルバムなんだ。Ritual(儀式)にしてもRoutine(ルーティーン)にしても日夜僕らは気づかずに送っていることがたくさんある。それを意識的に行っていけば自分の力にもなるし、自分を拡張することにもなるんじゃないかと考えた。自分で決めたことを一貫して行っていくのには内なるエネルギーも必要だし、自分を律する気持ちも必要だからね。

あと、外部から与えられる儀式もあるけど、自分の中から湧き出す儀式みたいなのを誰もが日々気づかないまま、行っていると思うんだ。そもそも仕事に毎日行くことだってそうだし、信仰心がある人だったら教会に行くことだってそれにあたる。例えば、朝に歯を磨くのだって実はRitualだって僕は考える。そういったことをもっと自分の大事なこととして、意識的にしっかり行ったらどうなんだろうってことを考えたのがこのアルバムの背景にあるんだ。

――アルバムではそれぞれに曲名があって、そのあとに必ず括弧で(All Possibilities)とか(Give Thanks & Gratitide)とか、何かしらのことがくっついています。この曲名の表記について聞かせてください。

このアルバム全体は自分の一日の儀式なんだ。だから、ひとつひとつのトラックがその儀式の一部分を指していることになる。

まず朝に目が醒めて起き上がる、それが1曲目の「Rise」。これは自分の一日のファースト・ステップということなる。目を開いて起き上がったそこから一日がフレッシュに始まるんだ。その「Rise」(All Possibilities)と付いているのは、この一日が無限大に広がっているという意味。ここからは何が起こるかわからない、でも何があってもおかしくないということは何でもできるということじゃないかってね。

2曲目の「Breathe」は起き上がって目を開いて次は何をするかというと呼吸だけれど、これがセカンド・ステップということだよね。通常僕はベッドの中で目を開いて起き上がって深呼吸をする。

次に何をするかという3番目のステップが「Stretch」ということになっている。身体を伸ばす、開く。

そして「Cleanse」という名の4曲目は清めるという意味なのでシャワーを浴びるとかそういうこと。

そして「Smoke」「Peace」。これらは僕にとってはメディテーション(瞑想)みたいな意味だね。心を穏やかにするということ。

そして「Break」が、ここからいったんブレイクをいれて一日が始まる。新たな始まりということなんだ。

そして外へ出ていくということ=「Outside」。これが自分の一連の一日の儀式なんだ。

――なるほど。外に出るまでの一連のプロセスなんですね。

その通り。個人的にこういった儀式を踏まえて、それから外に出ていく。毎日そんな感じだね。

◉天然石を使ったアートワークのこと

――そこにあのアートワークはどう繋がるんですか。

僕は個人的にクリスタルとか天然石が好きで、アクセサリーとしてもいつも身に着けている。自分にとってGEM(宝石)はそれ自体が地球と直接繋がっているものだと思ってる。だから、そんな掘り出された石を身につけること、その石の持っている個々のパワーやエネルギーみたいなものも一緒に身につけることができる気がするんだ。そして、それはまさに儀式だなって思うんだよね。石ってその種類によって、それぞれに何らかの意味やパワーがあると解釈されている。でも、僕は元来つけられている意味とは別に、別に自分なりの意味をそこに込めることもできると思っている。ある意味、アルケミー(錬金術)だと思うし、まさに儀式だと思うし日々のルーティーンの中にそれを組み込むこともできると思うし、それは石を購入するという行為から始まっていると思っている。どんな石が欲しいからこの石を買うのか、どんな意味を持った石に自分の側にいてほしいのか、を考えながら買うよね。買ってからは、身につけて常に自分といっしょにいてもらうことで、お守りのような存在になる。僕は天然石をそんな感じで捉えている。
 
ジャケットの人形はニュージャージーのニューアークで天然石を掘り出して、それでアクセサリーや人形を作っている人の作品。僕はそれがすごく気に入ったから、許可を取って写真を撮らせてもらった。それを僕のデザイナーに見せて、その周辺に「宇宙」を醸し出してもらって、このデザインになった。僕は石の力を信じているし、自分が身に着けている石の見た目も気に入っているし、石を身に着けている時の自分の気持ちもとても大事に思っている。そんな個人的な愛情のようなものをアートワークで表現しているんだ。

◉宇宙や星座、占星術のこと

――あなたの作品は宇宙とか星座がモチーフになっているアートワークが多いですよね。今回は宇宙です。アートワークに込めた意味に関して、これまでの作品と何か連続性や共通点はあるんですか?

そうだね。それも言えるかもしれない。確かにここ数作に関しては繋がるものがある。宇宙や星、あるいは地球と自分との繋がりに自分の気持ちが向いているからだと思う。僕はそれを音楽で表現しているということなんだろうね。そして、特にここ3~4枚のアルバムで顕著だよね。なにかと星やコスモ(宇宙)が自分の中から出てくるんだ。それって自分の中にある強い興味として、人間の歴史以前に存在していたスピリットへの興味だと思う。人間も含めたこの地球に生きる種族すべてが自分と宇宙との関わりを知りたがっているし、それを探求することをミッションとしてここまで綿々と繋がってきたんじゃないかと思うんだ。このアートワークは僕なりのそんな興味への探求の一環なんだろうね。

――2020年の『Soul Sign』ではZodiac(占星術の十二宮)がテーマでした。曲名がすべて星座になっていて、その後にそのあとに(Mars)(Venus)(Mercury)といったそれぞれに該当する星の名前、それらに続いて更に[I Am][I have][I Think]といった何かを意味する言葉が書いてありました。『Rituals + Routine』でも単語がひとつあってそれを意味する言葉が続く形式になっていますよね。

まさにその通りだね。特にこの二つのアルバムについては共通するものがあるかもしれない。
 
『Soul Sign』に関しては星座の意味するものを掘り下げたんだ。惑星が繋がったZodiacがあって、そこにある惑星/星座にはそれぞれキャラクターが設定されている。例えば、Mars(火星)を含むAries(おひつじ座)だったら、その意味するところは「攻撃性」「強さ」。だから、そこに[I Am]とつけることによって、その星座は「私という個人」「Individuality(個人であること)」を示していて、その星座の人にはこんなエネルギーがあるってことを僕は伝えようとしている。例えばLibra(てんびん座)の人だったら星でいうとVenus(金星)で、その意味するところは「コミュニケーション力」「愛」だから[I Balance]とかね。自分はそういう力をもって生まれたんだよとってことを知ってほしいなって気持ちをタイトルに込めているんだ

――あなたは『Soul Sign』でZodiacのモチーフを使ってますけど、Zidiacや星座はメアリー・ルー・ウィリアムスキャノンボール・アダレイなどアフリカン・アメリカンのジャズ・ミュージシャンがかなり使ってきたモチーフだと思います。しかもSoulって入っているのでアフリカン・アメリカンの音楽と関係あるのかなと想像しました。Zodiacをモチーフにしたことは黒人性とは関係あるんですか?

それもある程度言えると思う。ただ『Soul Sign』に限って言えば、あれは純粋にZodiacと人間のソウルやスピリットの繋がりを伝えたかったアルバムなんだよ。だから、自分の星座を知ることによって自分にあらかじめ備わっているエネルギーはどういうものなのかっていうことを知ってほしいというシンプルな思いです。ただ、そうは言ってもBlack Individualの、つまりブラック・アメリカのミュージシャンである自分はやること全てにおいて、アメリカの黒人たちがこの国で乗り越えてこなければならなかった苦しみや、黒人たちが培ってきた魂みたいなもののすべてを僕は自分なりに体現しているし、そこを表現しているつもり。だから、何かしらの形で黒人としての在り方は僕の中に表れているとは思う。でも、『Soul Sign』に限って言えば、人間の魂と星の関係性を伝えたかったアルバムでしかないかな。だからその意味では人種は関係ないね。日本人でにも自分と繋がる星座があって、その星の並びからくるエネルギーが自分の魂に響くことを知ることによって自分に備わっている力が判ってくるから。

――ということは『Rituals + Routine』にはRitualって言葉がありますが、それもユニバーサルなものってことでしょうか?

100%そうだね。あらゆる人たちのことを歌ってる。あらゆる人間、あらゆるスピリットに作り出していくことができる「自分だけのRitual・自分だけのRoutine」ということ。あらゆる人に向けたアルバムだね。

◉『Ritual+Routine』のサウンドのこと

――ではそのRitual(儀式)とRoutine(ルーティン)を音楽で表すためにどんな曲作りをしたのでしょうか?

今回は先にタイトルが頭の中にたくさんあった。音楽として聴こえてくる前にコンセプトが先にあったんだ。そして、朝起きた時のサウンドってどういうものだろう、ストレッチした時の音ってどんな感じだろうって感じで、サウンドを自分の頭の中で描いていった。例えば、「Stretch」は身体を伸ばすわけだから、音が伸びていくエラスティック(Elastic)な感じやリズミカルな感じが音になったらいいのかなとか考えたんだ。

他には、「Rise」での目を開く段階での自分の気持ちはちょっとメロウで穏やかなんだけど、同時にミステリアスでちょっとわからない感覚があるから、それを音にしたらどうなるんだろうって感じで、曲を作っていった。まずは言葉があって、それに対して自分の中に聴こえてきた音をピアノやプログラムで実際に音を出していくってプロセスだね。自分の中にあるものを音に移し換えていく、もしくはその音を探していくみたいな書き方だったよ。

――自分の中で浮かんだ感覚みたいなものを音で表現する時に、いろいろなアイデアがあったと思うんですけど、特にここすごいハマったなっていうアイデアとあったら教えてもらえますか。

特に挙げるとしたら「Peace」「Stretch」かな。あの二つは本当に自分の頭の中にあったセンセーションを、そのままカプセルに入れて形にできた音だと思う。

「Peace」はさっき言ったようにメディテーションしている時の自分の感覚なんだけど、それが本当に甦るような感じなんだ。すべての中でこの二つの曲が自分の言いたいことを見事に総括した音になったなと思う。

「Stretch」に関してはそのプロセスをよく覚えている。この曲はとにかくドラムだなと思ったんだ。これはリズム重視のトラックになると思った。ストレッチをする時に身体が伸びる感じを表現したくて、ドラムセットの前に座っていろいろなリズムを試して、最終的にはコンピューターに向かってプログラムでリズムを作ったんだ。色々なファイルの中からサンプルを探しながらプログラムをして作ったリズムにピアノを乗せてキーを変えたり、テンポを変えたりしていった。

僕は浮かんできた色合いを捉える時もあるし、音作りではフィーリングを重視することが多い。でも、「Stretch」に関しては、まずはドラムだと思ったんだ。それは打ち込みでも自分でプレイするのでもどっちでも良かったんだけど、ある程度こういうリズムで行こうって決まったらサンプルをとにかく探しまくって、自分のかつての作品の中からサンプルを取ったりもした。そこに最後にメロディを乗っけたんだ。僕には決まったやり方や方程式みたいなものがあるわけじゃないから、その時々の、その瞬間のノリで作っていくし、トラックごとにやり方が違うんだ。だから、「Stretch」に関しては、とにかくドラムとリズムにはこだわったってことだね。

◉パーソナルな世界観とセルフケア

――ところで、これまでのあなたの作品はテーマが壮大だったり、抽象的だったりしました。『Meditation Tapes』『Love Tape』『Soul Sign』がそうです。今回は朝起きて家出るまでのかなり具体的で、身近で、小さな行為の集積です。あなた自身との極理がすごく近い、パーソナルなものです。その違いはサウンドにも表れているのでしょうか?

アプローチを変えたつもりは全くないね。音作りに関してはね。どのプロジェクトでもその時の自分がどんな気持ちで、どんな状態にあるかが音作りに表れているだけだと思います。
 
確かに2017年以降作ってきた『Meditation Tape』からの作品は、君が今指摘したようにテーマが宇宙や壮大なものだって点は僕も理解できる。でも、それらは自分にとってパーソナルな作品だったんだ。つまり今回のアルバムと同じなんだよ。
 
今回のアルバムはもっとパーソナルな印象を与えるのかもしれないね。Ritual(儀式)って言葉を使うと、神様を思い起こさせるかもしれないけど今回は自分にとっての個人的なRitual。宇宙が存在していて、そこから自分がどんなパワーを受けて、どんなRitualを組むことで良い生活を送っているのかを描いたアルバムなんだ。つまり、今までのアルバムも同じくらい「僕」=パーソナルなものだったんだよ。だから、サウンド作りのアプローチを変えたつもりはまったく無いね。

――このアルバムのパーソナルさって、メッセージとしてセルフケアみたいなことを伝えたかったんじゃないかなと思ったんですけど、どうですか?

まさに!!それがこのアルバムの最大のメッセージだね。僕の言葉で言うと「Energy」「Intention(意志、目標)」ってことになる。自分のRitualを作ってそこに自分なりの意志をもってパワーを込めていくと、それが自分の人生に反映されていく。そうやって自分自身を自分自身で育て拡張していってほしいなって思う。そのためにはまず自分を大事にしてほしいし、自分を愛して自分をリスペクトしてほしい。そんな僕からのメッセージをこのアルバムから受け取ってもらいたいんだよね。
 
さっきから宇宙っていう話が出ているけれども、自分は自分っていう考え方もあっていい。だから関係性として自分の中だけで完結している人もいるかもしれないよね。でも、中には宇宙や神様のような、自分より高いところにいるものを信じることによって、その繋がりに意味を見出す人もいるかもしれない。それはどっちでも構わないと思う。そもそも人間にはもともと備わっているパワーがあるんだから。
 
例えば、偶然見かけた石を、なんかこれ気になるなって思って、その石にLoveやHappinessみたいなものを感じたとする。それをポケットに入れて持ち歩けば、“今の僕にはLoveやHappinessが共にあるんだから”と思えるようなことってあると思うんだよね。僕はそれもアルケミー(錬金術)みたいなものだと思うんだ。それは自分の意志次第でどうにでもできるってことを感じてほしい。それがこのアルバムのメッセージだね。

◉”ジャズ”という言葉をめぐる考え

――最後にアルバムとは直接関係がない質問なんですがいいですか?近年、「Jazz」っていう言葉をあまり好まないとインタビューで話すアーティストが多いんです。例えば「Black American Music(BAM)」って呼ぶとか、「Black Americam Classical Music」と呼びたいとか、いろんな人がいます。あなたもきっとこの件については深く考えているんじゃないかなと思うんです。どうですか?

最近とりわけ「Jazz」って呼び方をすること自体が音楽のために必ずしもならないような流れがあるね。そもそもこの音楽を作った巨匠と呼ばれる人たち、エリントンから始まってミンガスモンクマイルス・デイヴィスマックス・ローチJ.J.ジョンソン、あの人たちも「Jazz」って言葉を好んでいなかったし、そもそも認知してもいなかったよね。

というのも歴史的に見ればその言葉はホワイト・アメリカンによって押し付けられたものだから。そしてその名前に僕らは馴らされていった。それ以前の黒人ミュージシャンたちは「クリエイティヴな即興によるインストゥルメンタルの音楽」をやっているという認識だったと思う。でも、それを白人たちがコマーシャルなものとして売っていくために名前を授けて、そして黒人のコミュニティからそれを取り上げるような形で名称を使い始めている。だから、歴史的な経緯を考えるとこの呼び名は相応しいものではないかもしれないよね。
 
若い人たちに向けて、自分たちがやっている音楽を伝えていきたいという思いで「Jazz」って言葉を使って解説することがあるんだけど、若い人たちが「Jazz」って音楽そのものを誤解しているのか「いやー、あんまり好きじゃないっすね」みたいに言うことがあるんだよね。僕は「Jazz」って呼ばれる音楽が本来どういうものであったのか、そしてなぜこの名称になったのかの歴史を知っている。だから「Jazz」って名前を使われても、「Jazz Musician」って呼ばれ方をしても、「Jazz Festival」に出演していることに関しても、特にオフェンシヴな気持ちには全くならないんだ。
 
ただ、それをわからないまま「Jazz」っていう言葉を使い続けていくのはどうなんだろうって思うんだ。要するにただの「ジャンル名」として使われている現在の状況があって、それは僕らが今作っている音楽にも自動的に適用されてしまっている。そこに対する疑問はある。繰り返すけれども、それに対して自分が腹を立てるという気にはならない。なぜなら、なぜそうなったかは理解しているから。それに今この時点においてその呼び名を、つまり「Jazz」って言葉の定義を変えることはほぼ不可能だと思う。僕らもすっかり慣れてしまっているからね。
 
もし今からできることがあるとすれば「この言葉について学ぶこと」だね。黒人のミュージシャンたちがクリエイティヴに即興でやっていた音楽が今「Jazz」と呼ばれている音楽の本来の姿だということ。それを認識する必要があるんじゃないかと僕は思っているよ。

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