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interview Kurt Rosenwinkel & Shun Ishiwaka 2016:カート・ローゼンウィンケルと石若駿の対話

00年代以降に書かれたジャズ史に関して言えば、21世紀の最重要人物の中にカート・ローゼンウィンケルの名前があるのは当たり前だろう。むしろその名前がなければ、そのジャズ史は疑わしいと思っていい。

ブラッド・メルドーマーク・ターナージョシュア・レッドマンブライアン・ブレイドらと90~00年代に彼らがもたらした革新の大きさは現在のシーンを見てみれば誰の目にも明らかだ。同世代のイーサン・アイヴァーソンや、その下の世代のロバート・グラスパーなど、スモールズやヴァンガードで彼らの演奏を食い入るように見て、その影響を取り込もうとしていたミュージシャンは数知れない。そして、その影響は日本のジャズ・シーンにおいても例外ではない。石若駿井上銘馬場智章らから、カートの影響を聴きとることは難しくないだろう。

2010年代のジャズを振り返ると、カート・ローゼンウィンケルらの世代が作り上げたコンテンポラリージャズのサウンドをいかに昇華するか、そして、その影響圏からいかに抜け出し、次なる表現を提示するかにチャレンジしたアーティストが少なくなかった期間だったとも言えるかもしれない。

2016年、石若駿率いる日本の精鋭たちがブルーノート東京でカート・ローゼンウィンケルとライブを行ったことがあった。このころ、ブルーノート東京は“The EXP Series”として、シーンを牽引していく可能性を秘めたアーティスト達をブルーノート東京が紹介していく企画を行っていた。その中でまだ20代前半だった石若の世代とアメリカの精鋭たちとのコラボレーションを何度かセッティングしていた。その中のひとつが石若らが敬愛するカートとの共演だった。

※2016年のライブのフライヤー

これはその2016年のライブの前にカートと石若で対談を行ったがお蔵入りしていた記事を公開したものだ。(今も若いが…)若き日の石若がカートに対して敬意をもって質問をし、それにカートが優しく答える心温まる対話だったのを僕はよく覚えている。

そして、2024年、7月に再び石若とカートがブルーノート東京で共演する。石若駿は名実ともに日本のトップドラマーとなり、いまや若手から慕われる存在にもなった。2016年から石若駿がどれだけ成長・進化、もしくは成熟したのか。そこを見届けられる貴重な公演になりそうだ。

https://www.bluenote.co.jp/jp/artists/shun-ishiwaka/

取材・執筆・編集:柳樂光隆(2016年6月26日)
写真提供:ブルーノート東京 | 撮影:古賀恒雄


◎カート・ローゼンウィンケルが石若駿に与えた影響

――まず石若さんが最初に聞いたカートのアルバムを聴いてもいいですか?

石若「ブライアン・ブレイド『Perceptual』です。ギターソロを歌えるくらいに聞き込んだので、あのアルバムには僕がイメージするジャズギターの音が入っていると言っていいかもしれません。ブライアン・ブレイドのバンド、フェローシップは聴きまくったし、<Zhivago>が収録されている『The Next Step』も聴き込みましたね。だから、カートのギターサウンドにはすごく親近感があるんです。だから、今日、初めて一緒に演奏したんですけど、音を聞いた瞬間に「本物だ」と思いましたね。僕は小さいころから聴いてきたカートの音だと思いました。」

◎カート・ローゼンウィンケルが語る石若駿

――カートさんに質問です。石若さんと初めて演奏してみての印象はどんな感じですか?

カート「今日初めて会ったんだよね。ミュージシャンには音楽に心地よい空間を作ることができるミュージシャンとできないミュージシャンがいるんだけど、駿はそれができるミュージシャンだよ。楽器に関する知識や演奏についての技術、それだけじゃなくて、個人としての人間性もミュージシャンにとっては大切だからね。駿は他のミュージシャンと向き合ったときにその場ですぐにオープンになれて、心地よい空間を作れるミュージシャンだと思った。それに駿はスウィングとかグルーヴへの深いフィーリングも持っている。若くしてそれを持っているってすごいことだよ」

――カートさんは今日のリハで石若さんのオリジナル曲を演奏しましたよね。作曲家としての石若駿はどうですか?

カート「キャラクターも強いし、気に入ったよ。若い作曲家がここまでの曲を書くのは難しいと思うんだけど、彼はライターとしても優れてると思うよ。」

――石若さんはカートさんが自分の曲を演奏してどう思いました?

石若「僕の曲っていろんな音楽を聴いて、その中の好きなところが集まったような曲だと思うんです。その中には、作曲中にカートの音が頭の中で鳴っていて、それをイメージして書いた曲があるのをさっき一緒に演奏しながら思い出したんです。<Boomers>のギターソロのパートはカートのイメージですね。2009年だから高校生の頃に書いた曲なんですけど、その頃はカートの曲をいつも聴いていました」

Shun Ishiwaka Trio - The Boomers:Live At The Body&Soul(タワーレコード限定CD)

カート「それは美しいことだね。自分がいい影響を与えたことを願っているよ。でも、それは僕が年をとったってことでもあるのかなぁ(笑)」

――ははは。そういえば、カートさんが昔、取材で仰ってたんですけど「自分は同世代に影響を与えてきたし、同時に同世代からも影響を受けて、成長してきた。上の世代っていうよりも、同世代との切磋琢磨が大きい」と。最近、石若さんの世代もどんどんシーンに出てきている気がするんですけど、どうですか?

石若「うーん、どうですかね。日本の今の同世代のミュージシャンと、僕と聞いている音楽が少し違うかもしれないです。僕はジャズを好きになるのが早かったので、小学生から高校生のころからカートの音楽を聴いてたんだけど、同世代は90年代とか2000年以降とかよりも、50年代とかのジャズを聴いている気がします。ジャズが今も進んでいる過程っていうのをあまり聴いてない気がするんです。僕は「今、ジャズの歴史が動いているところ」に自分もいたいっていう気持ちがあるんです。でも、同世代はビバップとか「昔のジャズを練習している」ようにも感じます。音楽の歴史を一緒に進めたり、新しく作るっていうよりは、まだジャズを練習している段階のタイプが多い気がしてます」

Photo by Tsuneo Koga

◎20代のカートが考えていたこと

――なるほど。カートさんはまだ大学生だった20歳ごろから常に新しい音楽を生み出していたと思うんですけど、20代の前半はどんなことをしていたんですか?

カート「21歳の時にはポール・モチアンのバンドにいたし、ゲイリー・バートンのバンドにもいたね」

Paul Motian And The Electric Bebop Band – Reincarnation Of A Love Bird(1994)
Gary Burton & Friends – Six Pack(1992)

――そうでした。その頃ってどんなことを考えながら、自分なりに新しいサウンドを模索していたのでしょうか?

カート「そうだな。新しいことをやろうと思っていたわけじゃないけど、自分ができるベストなこと、目の前の曲のためにベストなことができるように考えていただけかな。自分が夢中になれるものをやっていたらこうなっちゃったからね。もし、ディスコに夢中になっていたらディスコを作っていたからもしれないから。あの時の僕はたまたまそれがジャズだったってだけなんだよ」

石若「僕らから見ると、カートは常に革新的なことをやってジャズの歴史を進めてきたように見えますよね」

――そうですよね。僕もそう思います。21歳の頃、カートさんは自分がやる音楽とジャズとの距離ってどんな感じで考えていたんですか? あなたの音楽はジャズをやってはいるけど、ジャズだけにとらわれている音楽ではないですよね

石若「うん、ジャズを超えたカートの音楽になっているんですよ」

カート「常により高いレベルの音楽を追及するってことが最も重要なことかな。何が出てくるかはその次にあるものなんだ。それは結果としてくっついてくるものにすぎない。つまり、自分ではコントロールできないんだ。まず、楽器への理解があって、ハーモニーや構造や理論への理解がある。まずはそこがあって、そこを起点に発展していくんだよね。その次は自分が目を瞑って考えたときに「音楽的理想」だと思えるものを作りたいって考えるんだ。僕にもコルトレーンやバド・パウエルみたいなジャズジャイアンツの音楽からのインスピレーションはもちろんあるんだけど、自分がまだ奏でることができない音楽をどうやって生み出すか考えながら作ってきたんだ」

石若「ジャズ以外からの影響も大きいと思うんですけど、影響を受けたクラシック音楽の作曲家はいますか?」

カート「ラヴェル、ショスタコヴィッチ、ラフマニノフ、ショパン、プロコフィエフ、ドビュッシー、バルトーク。そんな感じかな」

Photo by Tsuneo Koga

◎「ハーモニーとは隠れているもの」

石若「僕もクラシックの曲のハーモニーが好きなので、シンフォニー(交響曲)をイメージして曲を書くことが多いんです。カートはメロディーとハーモニーとすべての楽器は作曲するときに頭の中で既に鳴っているんですか?」

カート「ハーモニーっていうのは隠れているものなんだよ」

――それはどういうことでしょう?

カート「ハーモニーは隠れていて、それはメロディーの感情を表すものなんだ。メロディーがまずあって、それがストーリーを作るよね? そして、ハーモニーはメロディーのフィーリングを表現するんだ。Gって音符があって、そこに乗ってくる感情がマイナーコードの♭6だったら、それにはメジャーコードの5番目がいいだろうとか、そんな感じで考えている。そのハーモニーが持っている感情がどんなものかを理解するには時間がかかるけど、それはすごく大切なこと。どんなハーモニーが隠れているかは、メロディーで決まる。だから、僕の場合は曲を書くプロセスもメロディーが先になるんだ」

石若「なるほど。降ってきたようにすぐに書けた曲とかもありますか?」

カート「もちろん!例えば、<Zhivago><Use Of Light>は5分で書いたね。完全にできた状態で降ってきた」

――おぁ、超名曲2曲は降りてきたんですね…

カート「そうなんだ。<A Shifting Design>もそうだね。降ってくるって美しいことだよね。自分にとっては曲を書くってことは、基本的には考古学みたいなものなんだよね。砂漠に行って、いろんなところを掘る。そして、何かが見えたら、その周りの砂をブラシで丁寧に取り除いたりする。僕にとっての作曲はそんな行為だ。簡単に全貌が現れることもあれば、なかなか掘り出せないこともある。ピラミッドがきれいな形で見つかることもあれば、壺の破片が見つかったから、その周りを掘ってみたけど、そこには何もなくて徒労に終わったりね。ひたすらいろいろ探したのに、やっと出てきたのがスプーンだったりすることもある(笑)。つまり、1曲を作り上げるのにすごく苦労するときもあるし、天から降ってくるように簡単にできることもある。それはやってみなきゃわからないことなんだ」

――音楽以外からインスパイアされた曲もありますか?

カート「もちろん。いろんなインプレッションから曲はできる。旅することもそうだし、人と出会った時に彼らのフィーリングから感じられるものも大切だ。恋人から別れを告げられたときの感情から曲が生まれることもある。僕は1つの別れから3曲を書いたことがある。その瞬間は「YES!!」って感じだよね(笑)」

◎カートはドラマーに求めること

――カートさんは今までポール・モチアンジム・ブラックブライアン・ブレイドエリック・ハーランドなど、多くのレジェンダリーなドラマーと演奏してきましたよね。そんなあなたがドラマーに求めることってありますか?

カート「まずは曲の形を作り上げること。そして、音楽を違うエリアに持っていく力があることも重要だね。その力は全員が持っているわけじゃない。でも、今日、演奏をしてみて、その直感みたいなものを駿は持っていると感じたよ」

――ポール・モチアンジム・ブラックに関して石若さんも影響を受けているんですよね?

石若「コンポーザーとして、彼らの個性的なサウンドには影響を受けましたね。作曲をするジャズドラマーってそんなに多くないと思うんですけど、特にその2人とブライアン・ブレイドは素晴らしい作曲家なので、影響は大きいです」

◎自分の楽器と作曲の関係

――さっき名前が上がった3人のドラマーは、ドラムが目立つ曲じゃなくて、トータルのバランスが優れた曲を書きますよね。カートさんは自分の楽器であるギターと作曲の距離ってどう考えていますか?

カート「僕にとってはギターを弾く方が難しくて、作曲する方が簡単なんだ。時間をかけて自分の中で聴こえてきたものを曲にするんだけど、大変なのは書きあがった時。「さぁ、弾くぞ!」となった時に自分が書いた譜面の中のギターのパートがギターでは弾きにくいものだったりするんだよ(笑)。だから、作曲の後にはハードな練習が必要になってくる。自分の曲なのに簡単には弾けないんだよね。いつもそうなんだよ」

石若「僕もそうです。僕はピアノに向かって作るんですけど、曲を書いているときにドラムが鳴らないこともあるんです。書き終えてからも、バンドでやってみたら最初は何を叩いていいか全然わからなくて、演奏を重ねるうちにドラムでやるべきことが見えてくることもあります」

カート「ドラミングが最後に出てきたってことだよね。僕もギターが最後に出てきたことはある。同じだね。ギター以外は全部思いついて書けたのに、自分が弾くパートだけが最後まで思いつかないのはよくあるんだよ」

Photo by Tsuneo Koga

※カート・ローゼンウィンケルの単独での来日公演もブルーノート東京とコットンクラブで行われる。

https://www.bluenote.co.jp/jp/artists/kurt-rosenwinkel/

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