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Interview 挾間美帆:about テレンス・ブランチャード、ジョン・バティステ、ヴィンス・メンドーサ

挾間美帆が毎年、池袋の東京芸術劇場で行っている「NEO-SYMPHONIC JAZZ at 芸劇」が「TOKYO JAZZ 2022 NEO-SYMPHONIC!」として今年も開催された。

挾間美帆が選んだ「ジャズとクラシックが融合した曲」を、東京フィルハーモニー交響楽団とジャズ・ミュージシャンを組み合わせた特別編成のオーケストラで演奏する企画で、4回目となりかなりこなれてきた今年はテーマを”映画音楽”に設定した。

とはいえ、「マイ・フェイバリット・シングス」や「ムーン・リヴァー」をやるわけじゃないのがこの企画の面白さ。今年取り上げた主な曲は以下

バーンスタイン/『ウエスト・サイド・ストーリー』より「シンフォニック・ダンス」(オリジナル編曲)

ジョン・バティステ/『ソウルフル・ワールド』より「メドレー」(江崎文武 編曲)

millennium parade/『竜とそばかすの姫』より「U」(挾間美帆 オーケストレーション)

鷺巣詩郎/『エヴァンゲリオン』シリーズより「Welcome To The Tokyo Ⅲ Jazz Club 」(挾間美帆 編曲)

ビョーク/『ダンサー・イン・ザ・ダーク』より「I’ve Seen It All」(ヴィンス・メンドーサ&挾間美帆 編曲)

テレンス・ブランチャード/『ミュージック・フォー・フィルム』より「When The Levees Broke:A Requiem in Four Acts」(オリジナル編曲)

という感じで「オーケストラと一緒にみんなが知ってる名曲をゴージャスなアレンジでやります」って企画ではなくて、「ジャズとクラシックが高度に融合をしている名曲を見つけてきて、それを日本最高峰のオーケストラと共に、しかも、響きの良いホールで、出来る限りオリジナルのアレンジに忠実に再現して、リスナーにその素晴らしさを体験してもらう」って企画なので、この選曲意図はその企画コンセプトと直結している。

今回の企画で僕が重要曲だと思ったのはバーンスタインビョークテレンス・ブランチャードの3曲。そして、意外だったのはジョン・バティステ

このインタビューは公演のプロモーションのために行った取材のもので、10,000字ほどあったのだが、実際の記事では1,000字ほどしか使っていない。ただ、とても興味深い箇所が5,000字もあるので、挾間美帆の許可を取って、ここに掲載することにした。特にテレンス・ブランチャードについての箇所は掴みどころのないテレンスの音楽を理解するためのヒントになると思う。

そして、ここでの挾間の発言はそのままこの日のコンサートの核になる部分の話だと思う。当日、観た方にはぜひ読んでもらいたい。

ちなみに朝日新聞に簡単なライブ評を書いたので読める方はこちらもどうぞ。

取材・編集:柳樂光隆

◉マニアックな作曲家:テレンス・ブランチャード

――テレンス・ブランチャードはどんな作曲家だと思いますか?

METのオペラ『Fire Shut Up in My Bones』もあったから、彼のアルバムをまとめて聴いたんです。オペラを聴いても思ったし、アルバムを聴いても思ったんですけど、《非歌謡的》なアーティストだと思いました。昔のジャズスタンダードは歌を使っているから、「歌を一回りやってアドリブやって、もう一回歌やっておしまい」みたいなのが普通の演奏のやりかた。でも、自分はそういう曲の書き方をしないので、そこに対して全くのシンパシーがないんです。例えば、スティーブ・コールマンも私と近いと思うんです。1本の楽器で曲を作る時に《歌謡》として、《ジャズスタンダード》として作ると、「テーマがあります。ソロやりました。もう一回テーマやっておしまいです」ってなるんですけど、スティーブ・コールマンはそうならない。だから、彼はすごく作曲家っぽいなと思っています。楽器を弾く人って、なかなかそういう発想にならないと思うんです。「曲ができた=歌謡ができた」ってこと、つまり「歌唱できる曲ができた」って感覚ですね。でも、テレンス・ブランチャードはスティーブ・コールマンと同じイメージ。テレンスの曲はジャズスタンダードとして見るととりとめがなく感じるんですけど、心地よいサウンドを持っていて、自分のオリジナリティを持っていて、世界観がすごくある。ただ、アルバムを聴いていても気付いたら終わってるみたいなことがあって「これはこの曲が良かった」とかないんですよね。とりとめがないんです。

――テレンスって、こんなに作品は多くて、映画の仕事を含めるとすごいキャリアなのに代表曲って浮かばなんですよね。

ミュージシャンズ・ミュージシャンなんですよね。そのマニアックさがミュージシャンたちに気に入られているし、共鳴してもらえるアスペクトが多いイメージがあります。同じトランペット奏者だったらもっと有名な人はいるし、多くのトランペット奏者とは吹き方や作っている曲の種類が違うんだろうなみたいな感じで、マニアックなミュージシャンだとも思ってます。この前のオペラ『Fire Shut Up in My Bones』ではそのマニアックさがプラスに作用したと思います。「ジャズミュージシャンがオペラを作るから有名な人を呼んで歌を作りましょう。有名なアリアができました」みたいなオペラになるのかなと思ったんですけど、全然そうじゃなかった。そうじゃなくて良かったし、そう(いう歌謡的な曲)じゃなくても彼は作曲家として認められるオペラを作ったんです。だから、彼の仕事はアートとして認められているんですよ。(ジャズミュージシャンが作曲をする際に)歌謡曲じゃなくても、つまりあんなメインストリームな場所でも大衆性を意識しなくてもよくなったんだなと思って…。すごいと思います。

――そうなんですよ。スパイク・リーの映画でも、テレンスの曲って映画の中では機能してるけど、曲の印象がなくて、話題作でさえどんな曲だったか思い出せないですよね。

私はその柳樂さんが思い出せないような曲を東京ジャズでやろうとしてるんですけどね(笑

――あ、そうでした(笑) 追い打ちをかけるようですけど、有名な映画でさえ記憶に残るテーマ曲もないんですよね。印象的な曲は他の人の作曲だったり。でも、テレンスの曲って最もスパイク・リーの映画っぽいんですよね。

それはあのタッグが作り上げたとしか言いようがないものですよね。

――テレンスってウィントン・マルサリスの後に出てきて、ドナルド・ハリソンとの双頭クインテットで成功したから、正統派っぽく見られがちなんですよね。でも、すごく変な音楽家なんですよね。

テレンスって俗っぽさからかけ離れていると思うんですよ。それが一周回ってああいう芸術フォーカスみたいなところにハマったのは面白いですよね。

――前回2021年の色をテーマにした回でデューク・エリントンが人種問題を意識した曲「ブラック・ブラウン・アンド・ベージュ」をやっていたので、その流れで今年、Black Lives Matter云々関係なくずっとそういう言及をしているテレンスの曲があるのは自然な流れだと思います。ザ・コンポーザーって感じの人を取り上げて、紹介するのもこの企画らしいですしね。

せっかくこういう企画をやるんだったら。そういう意味ではジョン・バティステはすごく《歌》なんですよ。「歌に特化した書き方」をするし、そういうことがやりたくてLAに移住してますし。テレンスとすごく差があって面白いと思います。彼は劇伴の作曲家として売れたいって明快な理由があるんですよね。

◉ジャズからのヒット作:ジョン・バティステ

――ジョン・バティステってどう見てますか?

ジャズの側面から見てヒット作を作るにはどうしたらいいんだろうっていうのを具現化したような人だと思います。そういう俗っぽさの欲を持って作曲することが自分はできないし、それでいて厭味にならないから「いいなぁ、うらやましいなぁ」って思います。元はと言えば、ジャズピアニストで、それを活かす曲作りをいまだにしているし、ピアノソロはあるからジャズの要素もあるんですけど、もっとゴスペルとかR&Bの要素が強いですよね。これはグラスパーの頃から思っていますけど、これをジャズって言わなくても全然いいはずなんです、でも、それを「ジャズミュージシャンがこういうものを作ったよ」って言ってくれてるだけで私たちにとってはありがたいですよね。ジャズはマイナーなジャンルだとジャズミュージシャンは思っているので、それがメインストリームに出て、メインストリームでグラミーやアカデミーにノミネートされるような人になっても、まだ「ジャズピアニストが」って自分で名乗ってくれたりすると、ジャズ界からすると「あ、あざっす…」みたいな気持ちになりますよね。

◉ピラミッドの頂点:バーンスタインとウエスト・サイド・ストーリー

――では、次はレナード・バーンスタイン『ウエストサイドストーリー』ですが。

情景音楽としても芸術作品としてもピラミッドの頂点にあるような崇高な存在ですね。「どうやって指揮すればいいんだろ…」ってところから私はスタートなんです。これを指揮するのはすごく難しいはずなんです。しかも、東フィルなので、クラシックのオーケストラに対して指揮して独特なグルーヴを出さなきゃいけない。グルーヴを出すのには東フィルにも訓練が必要でしょうし。もし石若駿くんにドラムのパートをやってもらえたら見え方も変わるしグルーヴが変わるだろうから、どういう風に変わるのかとか、それにどういう風にオーケストラがついていくのかとか、いろいろ未知数なんですよね。指揮もそうですし、演奏でどういう風に変わってくのかも含めてドキドキですよ。

◉挾間美帆の原点:ビョーク『ダンサーズ・イン・ザ・ダーク』

――では、次はビョーク『ダンサーズ・イン・ザ・ダーク』

ビョークの音楽はビョークの音楽なので何とも言えないんですけど、私にとっては編曲を担当しているヴィンス・メンドーサのスコアです。知ったきっかけは家でテレビを垂れ流していた時にテレビで映画のCMが流れて「なんだこれは!!!」って思って見たところからなんですよ。そこから私はヴィンス・メンドーサの追っかけになった。でも、映画は観に行けなかったから、すぐにサントラを借りてきて聴いて、映画を観る前にそのサントラを全部歌えるくらい聴いちゃったんですよ。だから、映画を観終わった後にイメージ変わっちゃってしばらくサントラ聴けなくなっちゃったんですけどね(苦笑) ヴィンス・メンドーサにハマったので、CD屋に行ってヴィンスのことを調べたら、メトロポール・オーケストラってのが出てきて、それでメトロポール・オーケストラを知ったんです。自分にとってヴィンス関連に関しては『ダンサーズ・イン・ザ・ダーク』が原点ですし、スコアに関しても傑作中の傑作だと思っています。今回のコンサートでやりたい曲は汽車のシーンで流れる「I’ve Seen It All」って曲なんですけど、それがCMの15秒だけでガーンってなった曲ですね。

――ヴィンス・メンドーサのスコアってどこがすごいんですか?映画的には暗い映画ですよね。ヴィンスと言えば、色彩感とカラフルさだと思いますが、あの映画はカラフルではないですよね。

でも、色彩感なんですよ。味の複雑さ。彼のスコアの書き方はひとつの音楽に対してひとつのレイヤーじゃないんです。CMの15秒からでも感じられるほどの深みがあって、とんでもない数のレイヤーが彼のスコアからは飛び出してくるようになっているんです。でも、スコアを見てもどうしたらそうなるのかわからないので、マジックみたいなんですよ。

――スコアを見てもわからないってどういうことですか?

スコアを見てもわからないし、マネしてもそうならないんですよ。その場で(オーケストラのメンバーの個性やその日の状態に合わせた)適材適所のオーケストレーションをしているんだと思うんです。私が1小節のオーケストレーションを自分の曲でマネしたこともあるけど、ぜんぜんヴィンスのようには鳴らない。去年、アレンジで真似してみているんですけど、ほど遠いですね。その場でしかできない適材適所をがっつりハメているんだと思うし、それがナチュラルにできる人なんだと思う。本人に「どうやってるんですか?」って聞いても「適当にやってる」って言うんですよ(笑

――それでもチャレンジすると。しかも譜面は借りれないから耳コピで。

そうですよね。「スコアがなかった曲は耳コピしました」とか毎年言ってますね(笑

――なんとかギリギリで手に入ったとかね。

自分で図書館に行って譜面をコピーした曲もありましたからね。

――それってみんな知らないことですよね。一般的なイメージとしては芸劇で東フィルが演奏するってことなら、譜面って頼めば貸してくれて、いくらでも演奏できるかと思いきや意外と譜面を手に入れるのが難しいと。しかも、ピンポイントで「この人の、この時の、このアレンジの譜面」が欲しいって話だから余計に手に入れるのが難しいわけで、そこには並々ならぬこだわりがあるってことですよね。

それこそジョン・バティステに関しては再現する必要はなくて、それをモチーフにして、昇華させたいってのはありますけど、テレンスやヴィンスに関してはそのままやることに価値があると思っているので、やはりオリジナルに沿ったものを探したいですね。

――日本向けの味付けにして出してあげるとか、トレンド要素を入れるとかじゃなくて、オリジナルのものをそのまま出して、それを体感させてあげたいってことなわけですよね。

そこは「歌謡曲=ソング」であるか、「作品=ピース」であるかの境目があると思います。『ソウルフルワールド』の曲は「ソング」なので、「ムーン・リヴァー」や「マイ・フェイヴァリット・シングス」と同じものとして考えています。それはジャズスタンダードと同じように好きなスタイルで、アレンジャーにもある程度イマジネーションでお手伝いしてもらって、「歌=ソング」ではなくて、「作品=ピース」として昇華してもらう。

でも、バーンスタインやヴィンス、テレンスの曲は「ピース」として出来上がっている曲なんですよね。それはそのままやった方がお客さんにもあの映画の時と同じだって思ってもらえるだろうから。

――ビョークやスパイク・リーの映画の曲がどれだけよくできているかっていうのを知らしめるためのコンサートでもあるわけですもんね。特にスパイク・リーって、ヒップホップ以降の時代に出てきた映画監督で、ヒップホップとも繋がりは強いわけですけど、彼の映画の音楽はテレンス・ブランチャードなので、ヒップホップの要素はあまりないわけですよ。そして、ゴリゴリにアフリカン・アメリカン的な音楽ってわけでもなかったりする。だから、スパイク・リーの作品って、映画の物語のイメージと音楽面のイメージが乖離しているんです。なので、スパイク・リーの音楽=テレンス・ブランチャードの音楽ってどう聴いていいのかわからない人も多いと思うんですね。その意味では彼の音楽をこういう形でプレゼンテーションして、ひとつの聴き方を提示するっていうのはすごく意義深いことだと思います。

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