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Becca Stevens:ベッカ・スティーブンス『Regina』 - 声を重ねることで生み出した新たなテクスチャーと響き

僕がベッカ・スティーブンスという人の魅力に気付いたのは『Weightless』というアルバムがきっかけだった。

ベッカ・スティーブンスはロバート・グラスパーと同じNYのニュースクールでジャズを学んだボーカリスト/コンポーザーだが、(狭義の)ジャズに括れるようなアーティストではない。彼女はジャズから得たものを駆使し、ジャズとフォーク/カントリー/インディーロックの間にあるような新たなサウンドを生み出している。JTNCでは彼女の『Weightless』を”『Black Radio』級の重要盤”として紹介しているが、ベッカとの出会いが僕にJTNCを編ませたとさえ言ってもいいだろう。

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彼女の魅力はいろいろあるが、最大の魅力は《音のテクスチャー》を活かした作編曲だと思っている。例えば、『Weightless』で、ベッカはチャランゴ、ウクレレを弾き、メンバーのリアムにはアコーディオン、チェンバレン、ハルモニウムを演奏させていて、様々なアコースティック楽器のテクスチャーを活かして、新たな音楽を生み出している。例えば、アニマル・コレクティブの”My Girl”をアコースティック楽器の生演奏でカヴァーしているのだが、この曲の原曲はすべて電子音で作られたエレクトロニックミュージック。それをアコースティックな楽器に置き換えて演奏している。彼女の言葉を借りれば、「演奏される音符で比べてみると、あのアレンジ自体は原曲に忠実。違いは楽器の音の違いだけ」。つまりこれは電子音を多彩なアコースティック楽器の音色に置き換えている。彼女は、そうやって音色やテクスチャーを駆使して、僕らを驚かせてくれていた。

彼女の新作『Regina』もそんな彼女らしいテクスチャーに彩られた作品だ。ここでは彼女はそのテクスチャーへの追及を《声》に向けた。前作『perfect Animal』でも行っていた多重録音やエレクトリックなサウンドを更に研ぎ澄ませるために制作のパートナーに選んだのは、ローラ・マヴーラを手掛けるUKのプロデューサーのトロイ・ミラーだった。トロイを迎えて、そこで彼女が行ったのは、自分の声を軸に、様々な音を纏わせていくことで生み出す新しいサウンドだった。

そこで着手したのが、これまでに起用していないゲスト・ボーカリストの起用だ。特に印象的なのがジェイコブ・コリア―だ。ハーモナイザーを駆使して、自身の声を幾重にも重ね、自身の声だけでハーモニーを生み出すパフォーマンスで知られる彼の声をベッカ自身の声に重ねたり、また、ベッカ自身の声を多重録音で重ね、コーラスをしたり、声の重なり合いによる効果がこれまでにはないほど、上手く使われている。

そこに向かう理由として、おそらくジェイコブ・コリアーの音楽との出会いは大きいだろう。もともと歌唱力が圧倒的に高いジェイコブが自身の声の力を最大限に発揮するためにハーモナイザーという機材を使うのと同じように、ベッカも自身の声を最大限にプレゼンテーションするためにオーヴァーダビングを駆使している。

そして、もう一つの理由が、レベッカ・マーティングレッチェン・パーラトとのコーラストリオ、ティレリーでの活動だ。NYのジャズシーンを代表する3人のボーカリストが声をブレンドすることで、生み出されるサウンドは、素朴な3人の声の重なり合いにもかかわらず、時にエフェクトをかけたかのように魅惑的なハーモニーを奏でることがあった。グレッチェンは「私たちは、同じ音を出しても、声のテクスチャーやトーン、響きが違うので、それが重なったときの面白さがあると思う。それぞれの声はユニークで全然違っているのに、重ねたら誰が誰だかわからないくらい混ざり合ってしまうのがこのグループの面白さ。」と語っているが、それは正にこのグループならではサウンドだろう。声を重ねることに対して、ここ数年でかなり意識的になったのではないかとも思う。

そして、もう一つがNYの作曲家AYA NISHINAとの活動だ。彼女の『Flora』というアルバムにベッカは参加しているが、このアルバムは非常に面白いのは声だけで作られた作品だということだ。ベッカ・スティーブンス、グレッチェン・パーラト、ジェン・シュー、モニカ・ヘイデマン、ニナ・ライリー、サラ・セルパという5人の声を録音し編集し重ねたこのアルバムは、まるでエレクトロニカのような不思議な響きをしていて、時に声が電子音のように響くことさえある。この自身の声だけで音楽を作っていたAyaの音楽はベッカを大きくインスパイアしていると思われる。ちなみにこの『Regina』に収録されている「Well Loved」は枕草子から着想した曲で、Aya Nishinaとの活動が発端になっている。

そんな様々な《声》を重ねることで生み出されてきた作品やアーティストからの影響や経験をもとにこの作品が出来ているような気がするのだ。というより、そういった経験がこの『Regina』を生んだのかもしれない。

そして、サウンドはボーカルの処理にフォーカスされるこのが多いこの時代にもフィットしている。ダーティー・プロジェクターズボン・イヴェールなどがハーモナイザーなどを使って疑似コーラス的なボーカルを中心に据えたサウンドを発表し、高い評価を得ている。ベッカのコーラスはそんな時代にエフェクトではなく、生身の人間の声で対抗する方法として、自身の高い歌唱力を駆使して、それを多重録音することで、一つの回答を提示したものとして聴いてみると、実に面白い。他人の声とのコーラスではなく、自身の声をオーヴァーダビングするとエフェクトをかけなくてもどこか機械的な効果が得られるという面白さもあれば、ジェイコブ・コリア―などとの美しいハーモニーで2人の声が混ざり合うことでしか得られない人間的な効果を誇示しているものもある。その他にも、デヴィッド・クロスビーや、ローラ・マヴーラ、アラン・ハンプトンらの個性的な声がベッカの声と重なり合い、響きあう。以前、『Jazz the New Chapter 2』を出したころに高橋健太郎さんがベッカ・スティーブンスとクロスビー・スティルス&ナッシュ、ヤングとの共通点についてツイートしていたことがあったが、そんなことも関係あるのかもしれない。ちなみにグレッチェンはティレリーとフォーク系のコーラスとの関係について聞いたところ「その文脈なら、クロスビー・スティルス&ナッシュかな。」と言っていたりも。

そして、そんな声を的確にアレンジを活かすのが、トロイ・ミラーによるミックスであり、ベッカ・スティーブンス・バンドの盟友たちやスナーキー・パピーマイケル・リーグのような音色やテクスチャ―に対してセンシティブなミュージシャンたちだ。アナログシンセやエレピ、ストリングスなどによるサステインの長い音が効果的に使われ、ベッカの声を引き立てていく。自身の声を中心に据えた本作はこれまでのどのアルバムよりも、ポップに響く。おそらくこのようなサウンドを実現するために、つまり、今までの自身の作品にはないテクスチャーを的確にまとめることが出来る存在として、本作にはトロイ・ミラーの存在が欠かせなかったのだろうという気がする。

それはトロイ・ミラーが手掛けたローラ・マヴーラ『The Dreaming Room』を聴けば一目瞭然だ。ナイル・ロジャースを起用したファンキーなトラックだったり、エレクトロニックなサウンドが多用されたり、80's的な煌びやかさなどが目につくが、個人的にはローラの声の使い方が印象的だ。ここでは1曲の中でも声の定位を変えたり、質感を変えたりと、ローラの声を活かしながら、現代的な質感を表現しようとしてるように思える。その中でやっている多重録音によるコーラスの使い方やその響かせ方に関してはベッカの『Regina』ともかなり近いように思える。おそらくベッカが欲しかったのはこのセンスとバランス感覚なのだろう。プロデュースだけでなく、エンジニアとしてミックスに起用しているあたりにそれが見える。それはつまり声のテクスチャーへのこだわりということだろう。(ついでに言うと、自分のバンドのベーシストでアコースティックなサウンドに強いクリス・トルディーニではなく、スナーキー・パピーのマイケル・リーグを起用して、マイケルにえらく低音を効かせたファンキーなベースラインを弾かせる曲なども、もしかしたら『The Dreaming Room』的なことがやりたかったのかなとも思う。)

一見、これまでのベッカ・スティーブンスの文脈からは、離れたものなのかとも思ったが、おそらく彼女の本質からは全くズレていない。むしろ、ここで聴かせているのは、音楽家としてのベッカ・スティーブンスが目指すものの本質そのものだ。

そして、本作は、ジェイコブ・コリア―がシーンを席巻し、ティレリーがアルバムをリリースし、ミネアポリスの3人組キングによる美しいコーラスワークと柔らかいアナログシンセが生み出すアトモスフィックなサウンドが高い評価を得たり、スナーキー・パピーとのコラボでグラミー賞も受賞したシンガーのレイラ・ハサウェイがマルチフォニックで自身の声を人力で重ねて話題になったりするような「高い技術を持ったボーカリストの声の力が必要とされる」今こそ、リリースされるべきスタジオ録音作品でもあるとも思うのだ。

※1:Jazz The New Chapter 4にベッカ・スティーブンスのインタビューが掲載されています。そちらも併せてごらんください。

※2:柳樂が担当したベッカ・スティーブンスの2015年のインタビューはこちらで読めます。併せてどうぞ ➡  http://www.cdjournal.com/main/cdjpush/becca-stevens/1000001060

Link ➡ Jazz The New Chapter 4<シンコー・ミュージック・ムック>


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