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ピース

「死体ってさ、探すよりも、作る方が簡単なんだよな」
  人の気配がしない夜中の町の路地裏で、黒服を着込んだ二人が話をしていた。
「その事に、もうちょっと、早く、気付いて……いれば……なぁ……」
  一人はボイスレコーダーを片手に、一人は横たわっていた。

 ――――この街では死体が売れる。状態が良ければ良い値段で。更に年齢や性別、人間以外の動物によっても値段は変わる。
 死体を集めているのはネクロフィリア(死体愛好家)だけじゃない。科学者や医者が集めている。それは新薬の実験やその他の実験の為らしい。詳しい内容は知らない、というか知りたくない。
 第四次世界大戦後、五十余年が経ったが状況は改善されず、それどころか街は貧富の差が広がり、散々な状況だ。
 劣悪な環境が更に悪化を極め、未知の伝染病まで流行っている始末。正直、一瞬一瞬を生きることに俺達『P's』(ピース)は手いっぱいだった。
 『P's』は下町、いわゆるスラムの連中が集まって死体を集めるハンターたちみたいなもんだ。
 一日のノルマは五人。そう、五人の死体を集める。犬や猫でもいいんだが、それだと報酬が少ない。五人ぐらいの人間の死体を集めれば、年齢や性別、大人か子どもか、どういう死因のどういう状態かなどを考慮しても一日の薬や飯を買える金が手に入る。勿論全員分の。全員といっても『P's』は十二人。それプラス、スラムの住人の約二百人分の一日分の「生」が買える。安いもんだろ?
 でも案外五人の死体ってのは厳しい。スラムの住人も時々死んじまうけど、毎日五人じゃ無理がある。だから俺たちはいつも探しに行くんだ。こっちのスラムの数十倍の人間が住んでいる隣街のスラムへ。
 向こうじゃ伝染病が蔓延していて、俺らみたいな抗体を持っているやつらは皆無。だからかなりの頻度で死んでいくんだ。
 勿論、危険な道中さ。例の伝染病を発症した奴らがいつ襲ってくるかもしれない。
 でも行かなきゃ、俺らを含んでスラムの皆が死んじまう。そんなことはさせない。いつか、あの富裕層の野郎共に一発くらわせてやる。
 そんな風に思いながら毎日を送っていたわけさ。
 でも、続かなかった。
 発症するわけないと思ってた『P's』の中の一人がかかっちまったんだ。そこからチームに亀裂が走って、今はバラバラ。
 襲われたらかなわない。必死に、かつて仲間だった奴らから逃げて逃げて逃げまくって、そして俺は、誰が聞くか解らないけど、こうしてボイスレコーダーに録音してるってわけだ。死期を悟っちまったからな。
 
 それは突然だった。
 その時、路地裏に俺たち二人は隠れていたんだ。
「おい、気付いてたか?」

「何にだよ」
俺は素っ気なく返した。

「死体ってさ、探すよりも、作る方が簡単なんだよな」
 空を見上げながらそう言うこいつには、目に輝きが無かった。

「お前、何言って……おい!」
 そいつは自分の喉に、震えながらナイフを当てていた。
「その事に、もうちょっと、早く、気付いて……いれば……なぁ……」
 虚ろな眼差しは、ただ夜空を眺めて、双眸からは頬に涙が伝っていた。震えは止まっていた。
「何してんだよ!!やめーー」
 刹那、俺が手を伸ばすよりも早く、ナイフがそいつの喉を裂いた。
 まるで噴水のようだった。深くナイフで切りつけた為、切っ先は剄動脈まで達し、そいつの首からは勢い良く血飛沫を舞わせた。
 辺りも俺の視界、赤く染まったよ。
「ポジティブ……シンクス……の……ごぶっ」
 必死で、必死で俺は喉元に手を当てて血を止めようとしていた。
「ゴプゥゥ、ふぅ、ぐ、一員として、……恥じ、ないっ、最期……だ、ろ?」
「馬鹿野郎! 死んじまったら……死んじまったら何も出来ねぇじゃねぇか!」
「ちゃんと、換金、してくれ……な」
 ふざけるな、死ぬな死ぬな死ぬな。
 いくら喉元に手を当てても、血は止まることはなかった。止まれ止まれ止まれと、呪文のように唱え続けても、無駄だった。
「一足、先に……いっ……」
 
 言葉と血が、同時に口から出ていく。
 俺はその様をただ茫然と見ていた。
 崩れ落ちるようにそいつは、自らが作り出した血の海に寝転び、もう目覚めることはなかった。

 伝染病にかかった連中は、こうやって自決するか、他人に殺させようとするんだ。そう、襲いかかって、無理矢理にでも殺させようとする。自決するやつは稀さ。大抵の奴はもう、自分を失ってるから。

 死体は探すより、作る方が簡単……確かにそうさ。解ってる。気付いていたさ。でも、本当に心から死にたがってるやつなんていないのに、どうやって命を奪えばいいんだよ。
 皆、生きたくてしょうがない。
 だけど、時々生き方が解らなくなっちまうんだよな……そんな解らなくなっちまった時に、例の伝染病にかかって、発症しちまう。
 ああ、伝染病の名前も一応吹き込んでおくか。
 『NeT』(ネット)、ネガティブシンクス。和名は「うつ病」。
 俺ら『P's』はそれに相反するモノを持った者たち。
 『NeT』は未だに完全に治す方法は無いと言われている。薬でごまかすしか出来ない。だけど必ず克服出来るはず。そうやって人類は進化してきたわけだしな。
 さて、俺が死ぬ前に、こいつが死んじまったわけで……結果的に俺が殺しちまったようなもんだ。ちゃーんと、償うとするか。出来るだけ綺麗に死なないと。
 ……あれ、俺、何しようとしてんだ? はは、もしかすると俺ももう……はははは、はは。
 
 ――くそ。
 
 終劇。


あとがき↓
中学生になった時に、初めて物語りを自分で作ってみようと思って書いた短編。
当時のまま打ち込んでみたが、拙さが伝わってくる。描写が甘い。
でも自分の中では読みやすいからいいか。
確かこれの続き書こうとしてたんだけど、プロットどこやったんだろ。

過去の自分の話がちょいと疲れたので小休止がてら、昔の短編を載せてみました。
朗読劇にも使えるかと思うので、使ってみてくださいな。残酷すぎる気はしないでもないけれど。

朗読したいという方、許諾は快くしますので、Twitterかこちらへメッセージいただけたら幸いです。聴きに行きたいだけなので。

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