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羊焼くギリシャの春

 イースター(復活祭)とクリスマスの時期にギリシャに来るといいよ、と言われて、いつか行ってみたいと思っていた。初めて旅したギリシャの春の美しさも忘れがたく、この時期に合わせて旅を計画した。10年以上前のことになる。

花咲くギリシャ再び

 以前旅をしたときお世話になった、ギリシャ在住の日本人女性Mさんを訪ねた。今回は母と一緒だ。空港までMさん夫婦が迎えに来てくれた。

 ギリシャでは、ギリシャ正教が広く信仰されている。キリストの復活を祝うイースター(復活祭)は、ギリシャではパスハと呼ばれる。観光施設や商店も休みになり、日本のお正月のように家族や親戚と祝うそうだ。Mさん家族は近郊の島の別荘に集まるといい、一緒に連れて行ってもらった。車ごとフェリーに乗り込み、10分かそこらで目的の島に着く。

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 春のギリシャは、花でいっぱい。道端や草地、遺跡の中にも色とりどりの草花が咲きみだれている。島内にある遺跡に連れて行ってもらった。ここでも白や黄色の花が揺れていた。

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復活祭の前に

 復活祭の日にちは毎年変わるが、春分の日の後の満月が過ぎてから、最初の週の日曜日。私が旅した年は4月のはじめだった。西方教会とギリシャ正教などの東方教会では日付の数え方が違うため、日程が異なることが多いという。調べたところ、2021年は、西方教会が4月4日、東方教会では5月2日だ。

 ギリシャでは復活祭の前の48日間は、「メガリ・サラコスティ」と呼ばれ、肉や魚などを食べない節食期間。イカやエビなどは食べてよいそうだ。節食期間の1日目にあたる「カサリデフテラ」には、野外で凧をあげ、シーフードや野菜の料理を食べるという。

 節食期間の水曜と金曜、直前の1週間はワインやオイルも控える。この時期用に卵やバターを使わないお菓子もあるそうだ。40日以上という長期間の節食はしなくとも、復活祭前1週間は、肉や魚を控える人が多いという。

 私は直前に到着したので体験できなかったが、テレビ番組でこの期間のタベルナ(レストラン)の様子を見たことがある。テレビに出たアテネの店では、イカを使った特別メニューを出していた。

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羊のスープと赤い卵

 パスハのごちそうは、羊。「羊の丸焼きをするのよ」とMさんに聞き、興味津々。前日の土曜日に、翌日の料理の準備をした。

 復活祭の日曜午前0時になると、節食期間が終わり、マギリツァという羊の内臓のスープを食べる。このスープで胃を慣らして、ごちそうに備えるのだ。

 Mさんに調理の様子を見せてもらった。羊の腸はひっくり返して、レモン汁をかけて洗う。茹でたレバーと先ほどの腸を細かく刻み、ディルを加えて炒め、水を入れる。やわらかなくなったら米を少し加え、しばらく煮て火を止める。卵とレモン汁を合わせて混ぜたものをスープでのばし、鍋に入れ混ぜ合わせる。

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 ココレッツィもパスハで食べられる料理だ。みんなで庭で準備をする。長い串にレバーや内臓を刺し、レース状の脂身をかぶせ、ぐるぐると羊腸を巻きつけていく。

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 カラフルなペイントを施された卵や卵形のチョコレートがかごに盛られている。赤く染められたゆで卵を編み込んだパンもあり、卵の形のろうそくやウサギの人形が飾られていた。

 夜が更けると、ろうそくを持って教会に行く。日付が変わり日曜午前0時、教会から神父さんが現れ、復活祭の訪れを告げる。神父さんのろうそくから、それぞれのろうそくへ火を灯し、祝う。

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 私が最初にギリシャを旅したのも4月で、ろうそくを持った地元の人たちを見かけた覚えがある。もしかしたら最初の旅も復活祭に重なっていたのかもしれない。

 家に帰ると、羊のスープ、マギリツァを食べ、赤く染めた卵をお互いにぶつけ合う。赤く染めるのは、キリストの血を表しているとも、復活の喜びを表しているともいわれるそうだ。また、ローマ皇帝がキリストの復活は白い卵が赤く染まるほどあり得ないことだと言ったところ、たちまち籠に盛られた卵が赤く染まったという伝説に基づくという説もあった。

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パスハのごちそう、羊の丸焼き

 日曜日。いよいよパスハ当日だ。松の木に何やら布に包まれたものがぶら下がっている。その中身は、羊! 用意されたのは、どーんとまるごと一頭。なかなかの迫力だ。丸焼きなんて、鶏か七面鳥でしか体験したことがない。

 後日、ギリシャについての本を見ていると、ギリシャ料理には肉料理が豊富だと書かれていた。それまでエーゲ海の島など海の近くを旅行したので、ギリシャ料理=シーフードのイメージが強かったが、肉食の国だったんだなあ、と改めて思った。そういえばアテネの市場を覗いたときも、牛や羊や豚の塊肉がずらっと並んでいた。

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 Mさんの夫のDさんと弟さん、2人がかりで羊を抱えて準備する。お腹には庭で取れたレモンが詰められる。庭にはバーベキューのための炉があり、まずは、昨日用意したココレッツィをアルミでくるんで焼く。下ごしらえした羊も串に通され、炭火の上で回しながら焼かれていく。肉の焼ける香ばしい香りが漂う。ココレッツィはしばらく焼いた後、アルミを外して炙る。 

 焼き上げられた丸焼きは、手際よくカットされていく。カリッと焼けたココレッツィも一緒だ。庭に出した大きなテーブルを囲み、にぎやかで楽しい食事となった。

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  作家の村上春樹さんが、復活祭の時期にギリシャを旅したときのことを書いている。「復活祭にはギリシャ中で何万頭という羊が焼かれる。まるごと一頭の羊が串に刺されて火の上でぐるぐると回されて焼かれるのだ。人々は庭に集まり、みんなで哀れな羊を焼く。脂がじゅうじゅうとしたたり落ちる。そしてギリシャに春がやってくる。」「日曜日の朝だ。すごく天気が良かった。羊焼き日和である。」(「遠い太鼓」)

 この日も「羊焼き日和」の青空だった。きっとギリシャのあちこちで、羊が焼かれたはずだ。

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 復活祭は、本格的な春の訪れを祝うものでもあるのだろう。海辺を歩いていると、たくさんの花が咲いていた。家族連れが浜辺で遊んでいる、と思ったら、その先に、海に入っている人の姿が見えた。まだ水は冷たいはずなのに、海を見ると、入らずにはいられなかったのかもしれない。

 青い空と海、野に咲く花、羊と卵。懐かしいギリシャの春の思い出だ。

(Text & Photos: Shoko)  ©️elia

■参考文献・サイト
「世界の歴史と文化 ギリシア」(西村太良監修、新潮社)、「ヨーロッパ・カルチャーガイド⑧ギリシア」(ECG編集室、トラベルジャーナル)、「見て楽しい作っておいしいギリシア料理」(アレクサンドロス・ヴァラヴァニス、吉田浩子監修、FOTORAMA)、「遠い太鼓」(村上春樹、講談社)
イースター・エッグ - Wikipedia
イースター、2021年は4月4日 (食メディア「Pen&Spoon」)

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