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映画と本とフィンランド

 私の二度目の海外体験は、大学の卒業旅行だった。冬のフィンランドとイギリスの2カ国。氷点下の世界にオーロラと、かなりインパクトのある体験をしたので、フィンランドは私にとって忘れられない場所だ。旅行の後に、首都ヘルシンキが舞台の映画を見た。最近またその映画を見て、旅した日のことを懐かしく思い出している。

『かもめ食堂』の明るい夏

 このnoteは、大学の同級生だったMihokoとNorikoと作っているのだが、私たち3人が初めて一緒に旅をしたのが、卒業旅行だった。ヘルシンキにはフィンランド滞在最終日に1泊だけした。雪が舞う中、路面電車に乗り、緑色の屋根の大聖堂を眺め、海辺のマーケットを覗いた。石で作られたトロル(妖精)の人形を売っていたおばさんは、ロシアの人だった。私は花が描かれたペンダントを買った。

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 昨年、久しぶりにフィンランドが舞台の映画『かもめ食堂』を見た。ヘルシンキで小さな食堂を営む日本人の女性が主人公だ。夏のヘルシンキを舞台にしたこの映画が公開されたのは、私が旅行した後だった。映画を見てからヘルシンキに行ったら、また違う楽しみがあったと思う。撮影に使われたカフェを見に行ったり、映画に出てきたシナモンロールを食べたりしただろう。

 果物や野菜が山盛りのマーケットは、私たちが行ったのと同じ場所だろうか。私が撮った写真には、じゃがいも、玉ねぎ、さつまいもを並べた茶色い店先が写っている。2月の海は凍っていた。色彩豊かな夏のフィンランドは、私が旅した冬とは別の場所みたいだ。旅行中に、夏は白夜でいつまでも明るく、森にはベリーがたくさん実るという話を聞いた。いつか夏のフィンランドも体験したいと思いながら、未だに実現できないでいる。 

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 映画では、小林聡美さん演じるサチエの店を、片桐はいりさんのミドリと、もたいまさこさん演じるマサコが手伝うようになる。映画を見て随分経ってから、原作の群ようこさんの小説や出演していた片桐はいりさんがロケ中のことを書いたエッセイも読んだ。3人が作り出すあたたかな雰囲気と、街の人との触れ合いに心が和む。焼きたてのシナモンロールに大きなおにぎり、おまじないを唱えながら淹れるコーヒー。夏のフィンランド、やっぱりいつか行って見たい。

『ナイト・オン・ザ・プラネット』の暗い冬

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 最近知ったクリープハイプの曲『ナイトオンザプラネット』。曲名になっている映画に着想を得て書かれたもので、松居大悟監督の映画『ちょっと思い出しただけ』の主題歌だという。『ナイト・オン・ザ・プラネット』は、世界の都市を舞台に、その街を走るタクシーの運転手と乗客を描いたオムニバス映画だ。

 旅行からくたくたになって帰国したはずなのに、私たち3人はその翌日に集まった。ヘルシンキが出てくる映画があるから一緒に見よう、という話になったのだ。それが『ナイト・オン・ザ・プラネット』だった。
 すっかり内容を忘れていたので調べてみると、「ロサンゼルス、ニューヨーク、パリ、ローマ、ヘルシンキの五つの都市で同時刻に走るタクシーで起きる物語」と紹介されている。この頃の私が行ったことがある都市は、一番マイナーに思えるヘルシンキだけだった。今は訪れた場所が三つまで増えた。 
 
 夜の話だから、暗い画面をぼんやり見ていたのをなんとなく覚えている。時差ボケで、うとうとしていたかもしれない。

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 久しぶりに映画を見たくなった。あの頃はレンタルショップに行ったけれど、今はネットでクリック一つで簡単に見ることができる。私が覚えていたのはウィノナ・ライダーがタクシー運転手役で出ていたことと、ヘルシンキの街で酔っぱらった男たちが車内で語り合っていたことくらい。

 クリープハイプの歌に「久しぶりに観てみたけどなんか違って」という歌詞があるけれど、まさにそんな感覚だった。引っ切りなしに煙草をふかすウィノナ・ライダーの大きな瞳。時代を感じさせる大きくて無骨な携帯電話。
 カメラは世界地図の上をゆっくりと動いて、舞台となる街で止まる。五つの都市の時刻を示す時計が映し出され、時計の針が動いて止まる。

 急に思い立って見始めたので、夜の12時を回ってもまだフィンランドが出てこない。オムニバスだし途中で止めて明日続きを見ようかと思ったけれど、夜の話なので明るい昼間に見ても雰囲気が出ない気がする。最後まで見ようとそのまま見続けた。

 暗い街を走るタクシーと一緒に、私も五つの都市を巡った。どぎついネオンや派手な看板のロサンゼルス、華やかなニューヨークのタイムズスクエアとブルックリンブリッジ、セーヌ川の水が暗く揺らめくパリ、闇の中に浮かび上がるローマのコロッセオ、そして雪の積もったヘルシンキ。

 ヘルシンキが出てくるのは、一番最後だった。タクシー運転手が酔った3人の男たちを乗せる。「アキ」「ミカ」と日本でも通じるような名前だ。名前が似ているからというわけでもないだろうが、なんだか親しみの持てる人たちだった。私が写真を撮った大聖堂が映し出される。この広場やあの建物の前を歩いたかもしれない。

本でフィンランド

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 本を読んでいて、自分が旅した場所が出てくるとちょっとうれしくなる。フィンランドを舞台にした本といえば映画の原作となった『かもめ食堂』がある。先日、Norikoが書いた記事で、吉本ばななさんの短編集『ミトンとふびん』にフィンランドが出てくると知ったので、楽しみに読んだ。Norikoが引用していた文章は、私が印象に残ったところと同じだった。「外気に触れた手が刺されたように痛かったのだ。」という言葉に、一気にあのヘルシンキの寒さが甦る。

▼Norikoの記事はこちら

 村上春樹さんの『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』という小説にもフィンランドが出てくる。主人公のつくるが、学生時代に仲の良いグループの一員だった女性を訪ね、彼女の住むヘルシンキ近郊の町を訪ねる。こちらは「ほとんど夜中までぴかぴかに明るい」夏のフィンランドだ。
 空港から乗り込んだタクシーの運転手は、休暇をとり友だちに会いに来たという彼に向かって、こんなことを言う。

「それはいい」と運転手は言った。「休暇と友だちは、人生においてもっとも素晴らしい二つのものだ」

 ちなみに村上春樹さんの紀行文『遠い太鼓』にもヘルシンキに滞在したときのことが少し書かれている。吉本ばななさんの『ミトンとふびん』をめくっていたら、こんな一節があった。

 そしてこの冷たい空気は日本の春とひとつの空でつながっている。
 それは地球が丸いからだ。

 映画『ナイト・オン・ザ・プラネット』で映し出された世界地図を思い出した。世界はぐるりとつながっている。

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 Norikoによると、日記に「フィンランドから帰った翌日の夜、Mihokoの家で『ナイト・オン・ザ・プラネット』映画会だった。深夜1時に帰宅」と書いていたそうだ。「元気だったなあ」とNorikoが振り返る。今はもうそんなことできそうにない。

 旅の楽しい時間をもう少し長く味わっていたいという気持ちもあったのではないかとも思う。卒業後はNorikoも私も地元の町に戻ることになっていた。もう今までみたいに毎日のように会って話して、誰かの家に集まって過ごす、なんてことはできなくなる。
 私たちはそれからずいぶん離れた場所に住むようになったけれど、何度か一緒に旅行し、何年かに一度は会い、最近ではオンラインでおしゃべりしている。

 古い映画を見て、新しい本を読んで、いろんな思い出が甦ってきた。映画と本と旅、どれが先でも後でもいい。旅の後に見て、読んで。旅の前に読んで、見て。週末はまた、映画を見て、本を読もう。

(Text:Shoko, Photos:Shoko&Mihoko) ©️elia

■紹介した作品
かもめ食堂』群ようこ(幻冬舎)
ミトンとふびん』吉本ばなな(新潮社)
色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』村上春樹(文藝春秋)
遠い太鼓』村上春樹(講談社)
かもめ食堂』荻上直子監督
ナイト・オン・ザ・プラネット』ジム・ジャームッシュ監督
ちょっと思い出しただけ』松居⼤悟監督
ナイトオンザプラネット』クリープハイプ

※映画『ちょっと思い出しただけ』公開されました。早速観てきました!『ナイト・オン・ザ・プラネット』を観てから行くとより楽しめました。


▼以前書いたフィンランド旅行記はこちら








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