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人生と旅と物語ー私の「ばなな愛」

「Norikoには笑われるけれど、私の紀行文のお手本は村上さんだ。 」
先週、村上春樹さんを取り上げたnoteにShokoはこう書いていた。

では私は、というと、紀行文のお手本は吉本ばななさんだ。

吉本ばななさんが「キッチン」で一大ブームを巻き起こしたのは、私が中学生の頃だ。流行に乗るかたちで「とりあえず」読んでみたところ、すっかりはまり、いまに至るまでわりと熱心なファンだ。ほぼすべての作品を発売直後に購読してきた。残念ながら、引っ越しを繰り返すうちにほとんど手放してしまった。最近は手放さなくてよいように、電子書籍で購入している。


大学では文学を専攻した。1年生のときのゼミ形式の講義(その名も「文学を読み、語る」)で、「オリジナルの小説でも好きな作品の評論でも何でもOK。テーマ自由、4000字にまとめる」という課題が出たときには、ここぞとばかりに「吉本ばななの魅力に迫る」というタイトルの論文を提出した。描かれる景色が色彩豊かで美しいのが魅力、と書いたように思う。受講している学生全員でお互いに講評しあったのだけど、私の作品については、「…本当に好きなんですね」「好きで好きでたまらないということはよくわかりました」のような感想ばかり。いま思うと単なる「ファンレター」に仕上がっていたのだろう。

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ファン歴30年以上の私、もっとも好きな作品は、短編集「デッドエンドの思い出」に収められた「幽霊の家」だ。出版された2003年からいまに至るまで、ずっとベスト1だ。
大学生の「せっちゃん」と「岩倉くん」が、ひょんなことから、岩倉くんの家で幸せそうな老夫婦の幽霊を一緒に見る。その数年後、2人は偶然再会し、最終的に結婚する。こう書くとなんのこっちゃな感じなのだけれど、せっちゃんと岩倉くんが数年ぶりに再会するシーン、そしてせっちゃんが思い浮かべたこの光景が大好きなのだ。

光が降り注ぐその窓際の席で、紅茶を飲みながら、何かぽわんとした、暖かい黄色い光がふたりを包んでいた。そしてこれこそが欲しかったもので、乾いている心に「これだ、これが足りなかったんだ」と思わせる光だった。祝福という言葉がその感じに一番似ていたかもしれない。

このシーン、実は現在の夫と同様の経験をしたのだ。この人と結婚するかもと思った瞬間だった。だから多分この作品はずっと好きでいると思う。

「ばなな愛」とごくごく私的なエピソードををついつい語ってしまった。すみません。


旅と吉本ばななさんについて。
ばななさんは、世界各国を舞台にした作品を多数書いている。いくつか挙げると、バリ「マリカの永い夜」、エジプト「SLY」、アルゼンチン「不倫と南米」、タヒチ「虹」。そしてハワイは「まぼろしハワイ」「サウスポイント」。
このnoteにも以前書いたが、ばななさんの作品やエッセイを読んで私はハワイに行こうと思った。

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このほかにも小説には、サイパンやオーストラリアやアリゾナなどが登場する。いずれの作品でも、主人公はその国に旅人として訪れる設定なので、読者も旅人として一緒に旅をし、さまざまなことに驚いたり感心したりできる。

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去年12月に出版された最新作「ミトンとふびん」もそうだ。
こちらは短編集で、台湾、イタリア、八丈島などが舞台だ。

たとえば主人公が新婚旅行でフィンランドを訪れる表題作「ミトンとふびん」にはこんな描写がある。


外気に触れた手が刺されたように痛かったのだ。生きているだけで手が痛い?そんなことがあるだろうかと思うくらいに空気のつぶつぶは尖っていた。見た目はふつうのきれいな夕空なのに、破壊的に寒かった。人の命を奪うことができる寒さだと感じた。


2月のフィンランドを訪ねたことがある私は、あのときの寒さが即座によみがえる。そうそう、そうだった。あの寒さをこんなに的確に言い表せるなんて!と思う。当時私は「超寒い」「ほんとに寒い」くらいしか言葉が思い浮かばなかった。ばななさんは街の雰囲気、におい、空の色といった「場の空気感」の描写が素晴らしいのだ。

ばななさんのエッセイも大好きだ。文章を覚えてしまうくらい、こちらも繰り返し繰り返し読んでいる。エッセイには、小説用に取材旅行した際のエピソードがひんぱんに登場する。

偶然気づいた旅先でのおかしなものごと、旅の仲間と盛り上がった話題、うんざりしたことなど、知り合いが「そういえばこのあいださー」と語りかけてくれているような、親しみのある文章だ。けれどその中には、ばななさんならではの観察力、推察力が鋭く光る。冒頭の話題に戻るけれど、だから私が理想とするのはばななさんの紀行文なのだ。

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エッセイ集「人生の旅をゆく」というシリーズがある。月刊誌、週刊誌、ウェブマガジンなどさまざまな媒体に書かれたエッセイをまとめたもので、そのエッセイの並べ方など編集がものすごく良い。現在、シリーズ3まで出ている。


3では、亡くなった両親にまつわる話題が「いのちをつなぐ」という項目でまとめられている。子ども時代の両親との思い出。介護の最中に考えたこと。亡くなってしばらくして思うこと。育ち盛りの息子のこと。それぞれ違う媒体に書かれたものなので、ところどころ重複する箇所もある。そこがまた、たたみかけるようでぐっと深みが増すのだ。

「人生の旅をゆく」。この言葉、深いと思う。近々「4」が発売されるという。新刊を読んでばななさんの文章にまたうなりながら、人生と旅について考えてみよう。

(text&photo,Noriko)©elia


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