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オレンジの花かおるアテネ

 不意にオレンジの花の香りがよみがえる。文庫本のページにある「アテネ」という文字を目で追いながら、初めてギリシャを訪れた日のことを思い出していた。

 ギリシャの首都・アテネの街には、甘い花の香りが漂っていた。広場や道沿いに植えられたオレンジの木が、実をつけたまま白い花を咲かせている。どうして実をもがないのだろう、と思って眺めていたが、これはビターオレンジ。そのままだと苦くて食べられないと、後になって知った。
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 初めての海外ひとり旅だった。ギリシャは遠くにありて思うもの。ではないが、ギリシャはとても遠い国で、簡単に訪れることができない気がしていた。子どものころに読んだ神話のイメージが強かったからかもしれない。ところが少し前に友人が旅したのを知って、私も行ってみたくなったのだ。

 「地球の歩き方」を握りしめて、アテネの空港に降り立ったのは早朝だった。荷物を引きずりながらバス乗り場に向かう。「シンタグマ広場に着いたら教えてください」と運転手さんに頼み、座席に座る。茶色く乾いた街並み、四角い家々、ごつごつした山肌、窓から食い入るように外を見ていた。

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 やがてバスは街中へと入っていく。小高い丘の上に、朝日を浴びて輝く大理石の柱が見えてきた。写真や映像で、何度も目にしたパルテノン神殿の姿が目の前にある。

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 バスを止めて運転手さんが何か言っていたのだが、景色に夢中で聞き逃してしまった。しばらくするとバスは動き始め、私は降りるべきシンタグマ広場を通り過ぎ、次のオモニア広場で降りる羽目になった。

 友人がアテネに住むギリシャ人のAさんを紹介してくれて、無事に会うことができた。Aさんとその友人のMさんが、遺跡や街を案内してくれた。遺跡には、赤や黄色、紫などの草花が咲きみだれていた。

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(写真はヘファイストス(テセイオン)神殿)

 初めてのギリシャ。初めてのアテネ。当然ながら旅のハイライトは「パルテノン神殿」になるはずだったが、15時前には早々にクローズしてしまい、その日は見逃してしまった。

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 そこで、帰国前にもう一度、一人で出かけた。ところがなぜか入口が閉まっている。チケット売場には小さな紙が貼られていた。選挙のためクローズすると書いてある。

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 どうしてギリシャに来て、パルテノン神殿を見られないのだろう。しかたなく近くの小高い場所から、同じように入場できずにいる観光客たちと一緒に、神殿の姿を眺めた。

 アクロポリスの丘を下り、タベルナ(食堂)や土産物店が並ぶ通りを歩く。ふんわりと甘い香りが漂う。オレンジの花が咲いている。「またギリシャへ来いということかもしれない」。神殿の姿を振り返り、私は思った。

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 応援する政党の旗を掲げた人たちが街を行きかう。その日は夜遅くまで爆竹が鳴り響き、歓声が続いた。

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 その後、私は何度かギリシャを訪れることになった。もし最初に、パルテノン神殿を見ていたら、もう一度ギリシャを旅しようとは思わなかったかもしれない。

 神話の世界のイメージしかなかったギリシャが、それ以来、ずっと身近に感じられるようになった。次に海外に行くなら、そろそろまた、ギリシャに行きたい。懐かしい風景と、懐かしい人たちに、会いに行ける日が早く訪れますように。

(text・photo/Shoko)

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