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#13-3 身勝手

 ファミレスの向かいに座ったアユミは、下を向いたままだった。どうやら、先日のオンラインゲームのメンバーの誰かから情報が洩れ、会う約束を破ってバトルロイヤルに興じていたことがばれたらしい。何度か謝罪の言葉は口にしたが、あまり反応はなく、黙ったきりだ。祐二は溜まっていた気持ちを吐き出すように言葉を並べた。

 「あのさぁ、自分が嘘ついててこんなこと言える立場じゃないんだけど、正直言って、重いんだよね」
 「えっ?」アユミは驚いて顔を上げた。
 「なんつーかさ、ありがためいわくっつーか、プレッシャーっつーか」
 「なんで?私はユウジに頑張ってほしくて応援してただけなのに?何が悪かったの?教えてよ、直すから!」
 「直すとかじゃないんだよ。考え方の違いだから。だから、友達に戻ろ?」
 「そんな・・・」

 あまりに身勝手な祐二の言葉に傷ついたアユミは、もう一度黙って下を向いた。その目からは大粒の涙が落ちていることが、祐二の位置からでもわかった。

 「あー、めんどくせぇ」 


 どうやって話を切り上げて帰ってきたのかは、ハッキリ覚えていない。ただ、晴れて自由の身になったこと、そして、明日から始まるジムでのトレーニングに心が躍った。

 「新しい出会いでもあればいいな」

 
 祐二のやましい心とは対照的に、ジムの雰囲気は無機質なものだった。各々がワイヤレスイヤホンを装着したまま、マシンを使って己と対峙している。とても他人に話しかけられるような空気ではない。トレーナーがいないということは、それに伴う会話もない。施設内に響くのは、空調や機械音、マシンを動かす音と、身体データを通知するアナウンス音だけだ。

 とんでもないところに来てしまったな。祐二は焦りを感じた。中岡に指定された通りのメニューを一通りこなす。思っていたよりも、軽くこなせた。これなら明日以降負荷をもう少し上げてもいいかもしれない。

 変化が訪れたのは、5日目を過ぎたあたりだった。ジムに向かうために自転車にまたがる。足が重い。筋肉痛のそれとは違う、気持ちからくる重さだった。行きたくない。ゲームをしていたい。

 祐二は深いため息をひとつ吐き、家の中へと戻った。部屋に戻り、ベッドに横たわるころには、不思議とゲームがしたいという気持ちも薄れていることに気がついた。あれ?なんで今日はジムに行かないんだろう?

 次の日も、祐二の気持ちの重さは変わらなかった。「筋トレして何になる?自分はプロになんかなれない」そんな考えが頭の中を巡り、暗示のような言葉となって、全身にまとわりついた。

 「そういえば、あれ以来だっけ、こんなにもやる気がなくなったのは」

 学校で1度だけすれ違ったアユミは、目線を逸らして足早に歩いていった。無理しちゃって。そう思ったが、祐二の視線は遠くなっていくアユミの背中を追いかけていた。

 「あれ?もしかして、俺、気にしちゃってる?あんな重たい女のこと?」

 そんなはずはない、と何度も自分に言い聞かせてみる。しかし、言葉を唱えれば唱えるほど、余計に彼女の顔が浮かんできてしまう。一体俺は何をやっているんだろう。

 俺は本当に身勝手だ。自分の時間を犠牲にしてまで、相手に尽くそうとする人を、「重い」という一言で突き放してしまった。そんな彼女に、もう一度会いたくなっている自分がいる。なんで今までは頑張れたのか。もしかしたら彼女のお節介があったからではないのか。目標を見失っていた自分に、もう一度頑張るきっかけを与えてくれた。彼女がいなければ、Cyber FCの存在を知ることもなかった。

 祐二はようやく理解した。人は、誰かのためじゃないと最後の最後は頑張れないのだ。

 取り返しのつかないことをしてしまった。アユミは許してくれるだろうか。

短いPINEのメッセージを送る。「もう一度会えないかな?」

既読にならない。

1時間経って、ようやく既読がつく。

「何勝手なこと言ってんの?もう二度と連絡してこないで」

「心から謝りたいんだ。もう一度会ってくれない?」

それから二度と、既読がつくことはなかった。


「ねぇ、sari、彼女との関係の戻し方を教えてよ 」


「残念ですが、そのお手伝いはできません」


# 14-1  緑   https://note.com/eleven_g_2020/n/n913bc237823d


【著者プロフィール】

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映画監督を志す小説家。日本が初出場を果たした1998年のフランスワールドカップをきっかけにサッカー強豪国の仲間入りを果たすためのアイデアを考え続けている。サッカーとテクノロジーが融合した物語、 11G【イレブンジー】は著者の処女作である。

Twiiter: https://twitter.com/eleven_g_11

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