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#14-3 向日葵

 「驚いた?」

 日葵が今度は無邪気な笑顔で拓真に訊いた。

 「実は全部見てたんだよね。町田大学との試合も、みんなのVRトレーニングの進捗も」
 「えっ?」

 拓真は驚きの声をあげながら、パソコンの画面から目を離し、日葵の方を見た。

 「日葵は俺が香川県に作ったFC MARUGAMEの学生コーチだった。年齢はお前と同じ、高校2年生だよ。3か月前に血液の病気になってしまって、ここに入院してる。身体は動かせるから、入院中に何かやれることはないかって日葵に訊かれてね。映像分析も得意だし、Cyber FCのプロジェクトの一部を遠隔で動かしてもらうことにしたんだ」

 金丸は丁寧に拓真に説明をしたが、拓真はうまく言葉を理解できずにいた。

 「驚いてしまって、色々わからないことがあるんですが・・・高校2年生でコーチ?Cyber FCを遠隔で?」
 「驚くのも仕方ないよ。初めて話す人はだいたいみんな同じリアクションだから」日葵が微笑みながら拓真の方を見た。
 「生まれつき、虚弱体質で、運動制限があったんだ。今回みたいに、ずっと入退院を繰り返してる。兄の影響でサッカーを見始めたんだけど、プレーはしたことないの。兄のプレーを見たり、テレビでJPリーグや海外の試合を見ているうちに、サッカーの世界で働きたいなと思って。ひょんなことで金丸さんと出会って話をしたら、うちで指導の勉強をしないか、って言ってくださって」
 「日葵に初めて会ったとき、ピンときたんだ。この子なら、人の心を動かせる指導者になれるとね。自分の気持ちや身体と向き合ってきた分、人の感情の揺れや言葉に対しても物凄く繊細なんだ。それは指導者にとって大切な能力だ。勉強で身につくものじゃない」
 「そうやって金丸さんが言ってくださるもんだから、私もその気になっちゃってね。FC MARUGAMEのアシスタントコーチをやりながら、中岡さんに分析や学問を教わっているの」
 「今はオンラインで栄養やコーチングの講座も受けている。午前中には英会話のオンラインレッスンも受けていて、俺は脱帽したよ。どこまで努力家なんだって」
 「身体が弱い分、何かで強みを持たないとね。もちろん、まだまだ強みって言えるほどのものは何も持ってないけど」
 日葵がまた無邪気に笑うものだから、拓真はふとここが病院だということを忘れてしまいそうだった。どこまでも努力家で前向きな日葵に、拓真の心は奪われていった。
 
 「すごいですね。体が大変な状態なのに、こんなにも努力するって。僕の周囲に、こんなにも将来を考えて努力を重ねている人、見たことないです。自分の強みや弱みを自分で理解して、芯を持って努力してる人は」
 「それを感じてほしくて、俺はお前をここに呼んだんだよ」金丸がニッコリ笑って拓真の方を見た。
 「えっ?」拓真は驚き、金丸の方を見返す。隣では日葵が優しく微笑んでいた。

 「今までのお前は、努力のベクトルが違っていたんだ。言い換えると、人に強いられたことを、懐疑的に思いながらも、その素直さゆえに受け入れて、一生懸命取り組んできたんだと思う。試合中のスプリントの数、首振りの回数、どれをとっても努力のあとが覗える。それでもユースに昇格ができなかった。そこに相当劣等感を持っただろう。しかし、お前は変化した。身長も伸び、考え方も変化してきた。現にこうして自分の足でここに来ている。もともと持っていたお前の良い感性に、色んなものがやっと追いついてきてるんだよ。だから、これからは、お前の持っているその感性に従って、自分で努力のベクトルを決めていけばいい。そうすれば、お前は間違いなく日本を代表するプレイヤーになれる」

 「金丸さんがよく私に言うの。論理的に考えられたり、知識が豊富なことは大切だ。でも、知識なんてものはCoocleに敵わないし、論理的に考えられたって、説明が巧くなったり、解答に近づけるだけだって。でも、感性は何歳になっても売り切れない。自分の経験や思考に裏打ちされて、実体が伴っているって。曖昧な言葉だけど、曖昧さの中にしか創造の可能性はないんだって」

 「拓真、お前はその大事なものを既に持っている。それがお前にとっての何よりの武器だ。だから自信を持っていい。お前が取り組んでいること、お前の行動や発言、どれをとっても、まったく淀みがない、お前の透き通った気持ちから発信していることが俺にはわかる。それは日葵ともたくさん話してきたことだ。そして、やはりおまえはここに来て、日葵と話し、自らそれをキャッチした。あとはお前が自分に必要なものを見極めて、大会本番までに掴めたら、俺はそれでいい」

 「金丸さん、日葵さん、ありがとうございます。俺、ようやく自分がなんでCyber FCのプロジェクトに惹かれたか、わかった気がします。そして、自分に今何が必要で、何をすべきかも。結局は、自分の感性に対して自分が一番懐疑的だったのかもしれません。俺はもう大丈夫です」
 
 拓真の晴れやかな顔は、金丸と日葵を安心させた。

 今後の人生が大きく変わる。拓真にはそんな素敵な予感がした。

# 15-1  データ   https://note.com/eleven_g_2020/n/nf0e4bd8eea2a


【著者プロフィール】

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映画監督を志す小説家。日本が初出場を果たした1998年のフランスワールドカップをきっかけにサッカー強豪国の仲間入りを果たすためのアイデアを考え続けている。サッカーとテクノロジーが融合した物語、 11G【イレブンジー】は著者の処女作である。

Twiiter: https://twitter.com/eleven_g_11


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