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#15-1 データ

 電子選手証をタブレットに登録し、メンバー用紙も3枚揃えた。ユニフォームは事前に全員に郵送し、受け取りの確認も取れている。

 「いよいよ、明日か」萩中の胸は高鳴った。Cyber FCにとって初の公式戦である、全国クラブユース選手権四国予選が明日の11時にキックオフを迎える。

 「ミーティングとコンディショニングを兼ねて」と金丸から提案があり、明日の試合会場からマイクロバスで20分ほどの場所にホテルの部屋を押さえた。安価なホテルだが、露天風呂が備えられていることが売りで、繁忙期にはなかなか予約が取れない。5月の連休明けともあり、団体予約が逆に喜ばれたほどだ。

 愛媛県北部、海沿いにある愛媛北スポーツセンターは、天然芝のグラウンド1面、人工芝のグラウンド1面、フットサルコートや野球場、体育館まで併設された、総合スポーツ施設だ。FC MARUGAMEもよくこの施設を利用するため、萩中にとっても馴染みの場所だ。

 とはいえ、全国から集まってくるCyber FCの選手たちにとっては初めての公式戦の会場であり、時折海から吹く強い風やロッカールームの数が少ないことなど、対策が必要なことがある。事前に下見に行き、当日のシミュレーションはしたが、不安が消えることはない。

 一方で、金丸と中岡は普段通り落ち着いている。経験に裏打ちされた自信なのか。いや、それだけではない。この4か月間、リモートコントロールを通じて、良質なコンテンツを送り続けてきた自負、コンテンツを通じてパフォーマンスが上がっているという確信があるのだ。

 萩中のもとに金丸から電話があったのは、ちょうど1か月ほど前のことだった。

 「見せたいものがある。今からTOKIWAに行こうと思うが、そこにいるか?」

 萩中は、金丸が到着する前に、コーヒーを淹れるためのお湯を沸かした。最近は自分でコーヒーを淹れることの楽しさを覚えた。豆の好みも変化し、今ではエチオピア産のイルガチェフェの虜になっている。玄関のドアが開く音を確認し、ドリッパーにお湯を注いだ。

 「イルガチェフェは淹れるのが難しいが、すごく美味しいよ。この紅茶のようなスッキリ感と柑橘系の甘味がなかなか出せない。大したものだ」
 「ありがとうございます。サッカーの指導でそれぐらい褒めてもらえるように頑張ります」

 二人はカップを手にしながら笑い合い、コーヒーを一旦机に置いたあと、金丸が本題に入った。

 「これを見てほしい。今日の午前中に日葵から送られてきたデータだ」

 タブレットには、認知テストのデータと、VRでのトレーニングの映像のクリップが映されていた。

 「3か月前に受けてもらった時との差がこれだ。全員洩れなく認知力の成績がアップしている。このVRのトレーニングの成績に関しても同じだ。1試合目の対戦相手の情報を組み込んだパターン練習においても、パス成功率が高く、非常に高い成績を示している。日葵がVRトレーニングの一部を切り取ってクリップにしてくれたものがこれだ」

 萩中の目からも明らかなほど、すべてのトレーニングにおいて、パス回しや認知行動がスムーズに行われていることが確認できた。問題はこれが実践の中にいかに反映されるかという点だが、金丸は自信を覗かせた。

 「それがまさに今回の挑戦であり、このプロジェクトの根幹にあたる部分だ。チーム練習をしなくてもチームのパフォーマンスは上げられるんじゃないか。その問題提起から始まった。認知力の向上は想像以上だが、間違いなくそれは実際のプレーにも良い影響が出る」

 プレーの実践的な活動は人それぞれだ。フットサルを継続している者もいれば、社会人チームに参加している者もいる。自ら交渉して、練習と練習試合だけ部活の参加を認めてもらっているという例もあった。

 「どのような活動をしてもらっていても構わない。everytimeフィットネスから送られてくるデータが物語っている。サッカーの観点において、プレー強度を維持するための体作りは問題なく行われている。これはみんなが配信されたトレーニングを継続してくれた証拠だ」

 「須長も一時はどうなるかと思いましたけどね」萩中が頭を掻きながら言った。

 「まったくだ。中岡が話をしていなかったら頓挫していた可能性はあっただろう。自分を取り戻してくれて良かった。でも一方で、このぐらいの問題が起こることは想定内だった。預かっているのは高校生だ。恋の悩み、指導者の一言、仲間との関係性、そういったすべてが心の揺れに繋がる。だからこそ、オンライン上で適度な距離感がある中でコミュニケーションを取ることによって、それらの問題を最小限に食い止めることもできる」

 だが・・・と言って、金丸は、より真剣な顔つきになって続けた。

 「問題が起こらないことが問題になることもある。扱っているのは人間だ。ロボットじゃない。感情のぶつかり合いから生まれることも、指導者との掛け合いによって生まれることもある。だからこそ、今日の夜のミーティングや明日の試合を通じて、どんな化学変化が起こるのか、俺自身も楽しみなんだよ」

 「おっしゃる通りだと思います。何よりも、金丸さんが強調されていた、相手の変化まで想定したプレーモデルの刷り込みも、かなり進んだと思っています。個々人の成長に相まって、全体の質が高まっていたら言うことなしですね」

 「物事が順調に進むかどうかはわからない。しかし、そこまで緻密に設計したプログラムは、よほどのエラーが生じない限りは正しい方向へ向かう。コンディショニングをきっちりと行えている土壌があり、頭の中が変わっているのであれば、求めることは相手よりも強い気持ちを持つ。ただそれだけだ」


【著者プロフィール】

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映画監督を志す小説家。日本が初出場を果たした1998年のフランスワールドカップをきっかけにサッカー強豪国の仲間入りを果たすためのアイデアを考え続けている。サッカーとテクノロジーが融合した物語、 11G【イレブンジー】は著者の処女作である。

Twiiter: https://twitter.com/eleven_g_11

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