見出し画像

"ロストタイムトンネル"

予てから噂されている
過ごした時間さえも
なくしてしまう
トンネル…
良いことも悪いことも
消され
全てなくなってしまう記憶。
私は
そのトンネルの前に立っていた。

木々が色づき始め
穏やかな風が心地よく感じる初秋。
山の麓の病院で、ある夫婦に
元気な女の子が生まれた。
清く、心の美しい子になってほしいという願いを込めてキヨ(清)と名付けた。

両親は、キヨをとても可愛がり、
自分たちが与えられるもの全てをキヨに尽くした。
うちのキヨは、心が美しく、器量良しとみんなに自慢をしていた。
キヨは、自分のことを自慢するそんな両親を恥ずかしいと思いながらも、
いつも宝物のように大切にしてくれる両親の気持ちを嬉しく思った。

病気もせず、すくすくと
名前通りに素直で清らかな
とても美しい子に育った。

桜の花びらが風に舞い踊る春…
キヨは高校生になった。
高校生になったら恋もしたいし、今まで以上に勉強もがんばろ〜と胸に誓い、
これからの高校生活が楽しみでわくわくしていた。
徐々に慣れたきた、ある日
いつもと同じように
友達と休み時間に廊下で話をしていると
走って来た男子と肩がぶつかった。
その時、とても懐かしい香りがした
『ごめん。』と言われ、
顔をみると
その男子は、かつて中学生時代に塾で憧れていた先輩だった。
同じ学校だったんだ〜と
その時、初めて知った。
それから、先輩を見るたび、すれ違うたびに
嬉しさを隠しきれなかった。

そんな私を見て、先輩も声を掛けてくれた。
徐々に話すようになり、仲良くなっていった。
みんなに付き合っちゃえばいいのにと囃し立てられ…
いつか、いつの日か
自分の気持ちをちゃんと伝えなくっちゃと思っていた。

夏休みに入る前の終業式の日に
先輩と会えなくなる寂しさから、
気持ちが沈んでいた。

帰り道、下を向いたまま、
とぼとぼと歩いていると
『ヨッ!』と先輩が話しかけてきた。
『どうしたの?そんな悲しい顔して…』
私は、先輩と会えなくなるから
とはいえずに
『何でもない…』と言った。

『落ち込んでないでさー
花火大会に行こうよ』と
先輩から誘われた。
突然の誘いに、私は、戸惑い
『うん』と頷くことしかできなかった。
約束の時間と場所を言われ
『またね!』と走り去る先輩。
だんだんと小さくなっていく先輩の後ろ姿を
見ながら、
嬉しさが込み上げてきた。
やった!もー、本当にー。
小さくガッツポーズをした。
私は、心高鳴るまま夏休みに入ることになった。
部屋のカレンダーに、花火大会の日に丸を付け、毎日毎日バッテンをして、その日を心待ちにしていた。

微かな風に心を寄せる夏の約束の日
私は両親に友達と花火大会に行くからと言って
浴衣を着せてもらい、
髪を結った。
鏡に映る自分がなんだか可愛く見えて、嬉しくなった。

そして、待ちに待った
PM5時の待ち合わせ…
会いたい気持ちを抑えきれずに小走りする私…
先輩が私を見つけて、
クスッと笑っていた。
『もー、恥ずかしいから見ないで〜』と頬を膨らませた私のそのほっぺを先輩が押して
プッと音が鳴った瞬間、
私たちは目を見合わせ笑った
緊張した気持ちが一気に和んだ。

花火を見ながら、綿あめを食べたり、学校の友達のこと、勉強のこと、色々な話をした。
最後のドーンと花火が上がったとき、
先輩から急に抱きしめられ
私たちはキスをした。
花火の音も周りにいた人の声も一瞬消え
時がスローモーションかのように流れた。
初めてのキスは…
甘い味がした。

それから、私たちは、学校が始まり付き合うようになった。
学校でふざけ合ったり、一緒に下校をし、別れ際にはいつもキスをした。

ある日、先輩の両親が留守ということもあり、私は、先輩のお家に遊びに行った。
キスをしているうちに
まだ学生だし、いけないという気持ちがあったけどお互いの気持ちのまま結ばれた。
今まで経験したことのない
先輩の心の花びらが一枚、
そして、もう一枚と私の心の花びらと交互に重なっていくような…そんな感じがした。
それから、私たちの愛は、さらに深まり、
幸せな日々を送っていた。

そのことに嫉妬した親友が、
私と先輩のことを私の両親に
話してしまった。
両親に問いただされた私は、
すべてを正直に話した。
ありのままに…

その日をキッカケに
両親からの虐待が始まった。
あの優しくて、いつも可愛がってくれた温かな両親が嘘のように…
毎日毎日、汚れた、清い心をなくした名前のない子と罵られ、
何らかの儀式でもあるかのように、体に塩を擦り付けられ、水を張った浴槽に何度も入れられ、体の隅々まで洗われて…
心も体も冷えきっていった。
それはまるで春の温かな気持ちから、冬の凍えるような寒々とした痛いような、そんな気持ちに変わっていった。

ある日、『ピンポーンすいませ〜ん』
と言う聞き慣れた声がした。
何日も学校に来ない私を心配した先生や友達が訪ねてきた。
部屋のカーテンの下の隙間から
外を見る…
友達の中にあの親友もいた。
私は声をだして助けを呼びたがったけど、手は縛られて、口にテープが貼られていたので、一生懸命叫んでも声が届かなかった
両親は、私が病気の為、もう遠くの病院に入院したと伝えた。
助けてもらえるチャンスを逃した私は
もう、誰にも助けてもらえない悲しみ、
苦しみ絶望感で胸がいっぱいになった。

それからも、毎日毎日、
儀式は続けられ…
一年、二年と…
希望もなく、心も体も目に入るものも
もう、何も感じない、
何も考えられなくなってきた。
それは、花が咲いたのをみて喜び、
今まで色々なことに感動した私の心の死を
意味することでもあった。

そんな日々が続いた中、ふと本棚の間に先輩からの手紙を見つけた。
それを見た私は
空白な頭の中に一筋の光がさすような
温かさを感じた。
私の心には少しの希望が残ってる事に気付いた。
私…私…まだ死にたくない
先輩に会いたい…会いたいよ。
私のことをこんなひどいことをする
両親なんて、愛があるもんか!
もう、こんな毎日イヤ…嫌、嫌…
痛い、苦しみから逃れたいよ。

両親さえ、
いなくなれば…いなくなれば…
気持ちの中に徐々に
両親への殺意が生まれてきた。

ある日、私は自分の部屋の鍵が
開いてることに気づいた。
ドアに手を掛け、そっと開けた。
ドアを自分で開けたのは、
虐待が始まった日から
三年の月日が経っていた。
ドアから足を一歩出した、
その時、一瞬冷たい風が背筋から、
足元へと伝って流れて行き、体中が震えた。

足音を立てずリビングに向かうと
和室で寝ている父の足が見えた
私は、とっさに逃げようと
走り出そうとしたが、
また、連れ戻されたら、
もっと酷い目にあう
もう、全てを終わりにしようと思った。

私は、台所に行った。
洗いたての包丁を手に取り、
そっと音を消し
父に近づき、力いっぱい
胸に振り下ろした
目を見開き、何か言いたそうな父…
苦しみ、もがき、息絶えていった。
父の服に滲んでいく血を呆然と見ていた。
心の痛みなど、
微塵も感じなかった。

その時、買い物から帰った母が
リビングにいる私を見て、『何で、ここにいるの?』と後ずさりをした。
変わり果てた父に気づき
声にならない叫びをあげながら、
急いで玄関に逃げようとした。
私はその母の腕を掴み
背中めがけて、刺した
声が聞こえなくなるまで刺した。

両親への愛は、消えていく波のようにどこか遠く遠くに行ってしまったのかと思うほどに、
消えていた。

両親が言うように
私は、清い子ではなく
無慈悲な心を持った
冷えきった青い水のような血が
流れている子…清(キヨ)だった
そういう意味だったのかもしれないと…
包丁を手に
そのまま
気を失ってしまった。

それから、数時間後
意識を取り戻した私は、
ふと記憶を消すトンネルを思い出した
私は、玄関を飛び出し、
自転車に乗り、トンネルを目指した。

途中の橋の上で
ふと、あの愛が溢れる先輩との日々が
蘇ってきた。
このまま、先輩との温かな記憶まで
消されてしまう
しかし、虐待の日々や
両親を殺めてしまったこと
苦しみや哀しみ…
もう私には
残された道はなかった。

再び自転車を走せ、トンネルに着いた。
トンネルの奥の光を見ながら
私は、そのトンネルの前に立っていた。
一歩トンネルに入ると、中は生温かい風が吹いていた。

今までの事が、走馬灯のように頭によぎり、
前に進んだり、立ち止まったり、振り返ったり、トンネルの中で長い時間を過ごした。
あと、最後の一歩でトンネルを出てしまう。
今までの自分ありがとう、ありがとう。
愛してくれた先輩ありがとう。
ありがとうありがとう…
ありがとう…
その言葉だけが涙とともに繰り返された。

トンネルを抜けた瞬間、頭から心…体中に風が吹き抜け、その風があらゆるものをさらっていった。
真っ白になった。
どこに住んでるのかも?
自分が誰なのか?
名前さえも、何もかも…
わからなくなった。

その時、トンネルから微かな風音がキーヨーと聞こえた気がした。

おしまい。

#story #物語 #小説 #ストーリー #写真

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?