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疑わしきは……「英語のそこのところ」第64回

【前書き】

 今回、投稿するエッセイは7年前の2015年2月19日に水戸市の「文化問屋みかど商会」のファクシミリ配信誌に掲載されたものです。時節にそぐわない内容はご容赦ください。
 日本語には、憶測と妄想と邪推で、話を面白おかしくしてしまうという遊びがあって、私も大好物ですが、それを遊び以外に、しかも、Native English Speaker 相手には使ってほしくないものです。(著者)

【本文】

「徳田君も、隅におけないわねぇ」
 カウンターの奥の棚の掃除をしているとベテランホステスのりりが徳田に声をかけた。
「え? なんですか?」
「見たんだから、この前、朝の10時ごろ坂の上のほう歩いてたでしょ?」
「朝10時ごろ?」
 徳田は首を傾げる。坂の上のほう?
「あら、本当? 大学生のくせに生意気」
 話を聞きつけたココが、りりと徳田の話に入ってくる。りりもココも源氏名で、徳田は本名は知らない。本名を教えてもらえるほど相手にされていないのだ。相手は20代後半のベテランホステスで、大学生の徳田からすれば、海千山千のお姐さまだ。格が違う。
「しかも、女の子と歩いてるのよ。かわいい子」
「あらやだ、そんな時間になったら、別々に帰るもんよ。ホテル街を朝歩いてるのなんか見られたら、女の子のほうが困るでしょ。デリカシーがないんだから」
「ホテル街?」
 遅まきながら、坂の上というのが新宿の区役所通りの奥にあるラブホテル街であることに徳田は気が付いた。なんの話をされているのか、話が見通せる。

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「いや、違いますよ。誤解ですって」
「なに? 言い訳するつもり? あんな時間に坂の上を若い男女が歩いてるんだから、どういう関係かは明々白々。白状しなさいよ。榎本さんには内緒にしてあげるから」
 りりが、徳田を贔屓にしてくれている女性客の名前を挙げて、自白に追い込もうとする。
「ちょっと、勘弁してくださいよ。まったくの誤解ですって。やましいことはないんですから」
「またまた、自分からやましいなんて言うところがまた怪しい」
 しい、しい、と形容詞の攻撃に、徳田はぐうの音もでない。
「いや、ですから」
「ですから? どういうご関係?」
 タイミングよくココが徳田の言葉を引き取る。話術で、夜の新宿を生き抜いているだけに、間もいい。とてもかなうものではない。
 徳田は観念する。
「あれはですね……」
 と、言ったところで、徳田は言い淀んだ。
「いや、やっぱり言えません」
「ああ、そうなんだ」
 と、りり。
「言えない関係なんだね」
 と、ココ。
「いや、ちょっとぉ」
 と、徳田。頭を抱える。
 関係は言える。言えるのだが、あそこを歩いていた理由は言えないのだ。SF小説の同人誌の原稿を印刷屋さんに持っていった帰りだなんて、羞ずかしくって言えたものではない。一緒に歩いていたのは、サークルの後輩で、ほんとうにまったくの友人なのだ。だが、それを言ったところで、信用されないし、されなければ、ホテル街を歩いていた理由を説明しなくてはならない。まったくもって八方塞がり。In a catch 22! 
「いいわよ。言わなくたって。その代わり、黙っといてあげるから、今度おごってね」
「貧乏学生にたかる気ですか?」
「人の弱みは、最大限に使わないと」
「この、ひとでなし先輩!」

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