ワンオーダー 〜キャッシュがないと戦えないヒーローとそれを支えるボクの話〜_30
槇村さんは、スマホでどこかに連絡すると立ち上がり、繁華街へと向かった。
帰宅ラッシュの電車を乗り継ぎ、降りた駅は近辺の街でも比較的栄えている土地だった。
居酒屋等の通りを抜けると、いわゆる夜の大人の街にさしかかる。
仕事を終えたサラリーマン集団や、デートらしき社会人カップル。接待をしているようなスーツの集団。客を呼び込もうと声をかけるキャッチ。
槇村さんは意外と慣れた様子でずんずん進んで行く。
人ごみをかき分けながらボクは後を追った。
不意に差し出される槇村さんの手。
ボクはそっと握り返した。
槇村さんはボクの方を振り返ると小悪魔的な笑みを浮かべる。
ボクは反応に困り、とりあえず口端を釣り上げた。
きっと奇妙な笑顔に見えたことだろう。
槇村さんはすぐに向き直り、ボクの手を引いて行く。
女の子にリードされると、何故か自分が幼くなったような気がする。
幼少期を思い出すからかもしれない。
母親に手を引かれていた時の記憶が、まだどこかに残っているのかもしれない。
大通りから脇道に入り、しばらく歩いた所で槇村さんは止まった。
「ここです」
「ここかー」
そこにはホストクラブの看板が掲げられている。
名前は「ネクロマンサー」。
どういう意味なのだろう。
意味等無いのかもしれない。
階段は地下へと続いて行く。この建物のB1に店舗があるらしい。
まるでその階段は、ほの暗いダンジョンに続く階段のように見えた。
「私のパパがここの支配人なんです」
「え、お父さんがここで働いてるの?」
「お父さんじゃなくて、パパ」
「パパ」
なんだその区別。
「私がクラブで出会ったパパです」
「そーゆーやつか」
異性不純交遊というやつだ。
ボクの訝しげな表情を読み取ったのか、槇村さんは弁解するように言った。
「勘違いしないでくださいね。別に付き合ったりとかっていう関係じゃないですから。パパも妻子持ちですし」
「妻子持ち……」
ボクはあまりクラブに行った経験がないので分からないが、世の中のイケイケで遊んでいる人種はクラブに集ってわいわいやってるのだろう。
ボクには縁のない人々だ。
「話は通してあるんで、パパに会ってここで働かせてもらえるか訊いてみて下さい。もちろん強制じゃないですよ」
「ぼ、ボクにできるかなぁ……」
弱気である。非常に。
「ものは試しですよ。それにお客さんつかなかったら、私が行って上げます」
「それは心強いけど」
高いんじゃないのか。非常に。
「さ、パパがもういるみたいなんで、行きますよ」
ボクはまた槇村さんに手を引かれ、階段を降り始める。
生きる為、ボクは夜の世界へと第一歩を踏み出した。
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