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月と僕だけの秘密。

昔、住んでいたマンションは、最上階にあって、家賃は少々高かったけれど夜景はとてもきれいだった。遠くを見下ろせば、街の明かりが美しい星空みたいにきらめいていた。もしも甘い恋人達に、その部屋を貸したなら、2時間は出てこないんじゃないかと思う。(あまり深い意味はない。)

ふと、窓を開けて夜空を見上げたら、ぽつんと月がひとり浮かんでいた。地上の星はきれいでも、夜空の星は、あまり見えなくなってしまった。幼い頃には”どうすればこのたくさん輝いている星たちを全部数えることができるのだろう?”なんて真剣に悩んでいたというのに。

小さい頃、こんな不思議な出来事があった。今でもよく覚えてはいるのだけど、それが夢だったのか現実だったのか、まったくもって定かではない。

当時小学5年生くらいだった私は、ある真夜中にふと目を覚ました。時計を見ると午前3時。まだまだ真夜中の時間帯だ。でも、すぐに不自然なことに私は気づいた。外がやけに明るいのだ。不思議に思ってカーテンを開けると、なんと、外は真昼並みに明るかったのだ。電柱も犬小屋も、隣の家もすべて柔らかな光に包まれて輝き、影をくっきりと作っていた。

とても信じられない光景だった。当たり前ではあるけれど、私はそれが太陽の光でないことは、すぐにわかった。眩しくないし光がとにかくやわらかく感じた。手に触れることができそうなほど、光が生きた生命体のように感じたのだ。

明るい夜空を見上げると、そこには大きな満月があった。つまり満月の光が、この街のすべてを明るく照らしていたのだった。

思わず私は二段ベットに寝ている兄を、起こしに行ったが、兄は「うるさい!」と言って相手にしてくれず、私はただ一人その不思議な月光のやわらかな光に、しばらく包まれていたのだった。

おかげでこの私の不思議な体験は、誰も証人がいない。でも、あれは本当だったと思う。満月の月明かりが、真昼並みに明るかったのだ。

もしも昔の文献か何かを調べたなら「当時、満月が異常に明るく輝いた夜があった」という記述があるのかもしれない。いや、ないのかもしれない。ただ、私にしてみればそれはどっちでもよく、ただ、あのときのどこまでもあたたかな、それでいて、やさしくなるような気持ちだけは、忘れないでいたいと思っている。

今日も月は、あの頃と変わらず
何もなかったような顔をして輝いている。

あの日のことは、月と僕だけの秘密だ。

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一