フヨウの美しい花びら。
街で見かけた綺麗な花を、私がカメラで撮っていたとき、一人の美しい少女が家の庭に現れた。どうやらその花の持ち主のようだった。少女は少し驚いて、それでも小さなかわいい声で「こんにちは」とかすかに頬を染めながら、私に挨拶をした。思えばそれが二人の小さな出会いだった。
「すみません、きれいな花だったもので・・・ちょっと撮らせてもらってもいいですか?」私は尋ねた。少女は少し不思議そうな顔をして「いいですよ」とつぶやくように答えてくれた。
夕暮れ前の静かなひととき。ちょうどいい日差しが射し込んできた。
「これはなんという花ですか?」
カメラで撮りながらも私は尋ねた。
「フヨウって言う花なんです。お父さんが大事に育てた花なの。綺麗でしょ」と少女はビー玉みたいな美しい音を立てて小さく笑った。
「あのう・・・写真が好きなんですか?」と少女は私に聞いてきた。「好きですよ」と私は当然のように答える。
「私は大嫌いなんです」と少女はフヨウの花を見上げながら言った。
「どうして?」
私はカメラをゆっくりと降ろし、少女に尋ねた。
「父が・・・父があなたみたいに写真好きで、ずっと私を撮っていたの。小さい頃は、まだ、面白かったのだけど、いつまでも撮るものだから、中学になる頃には、すっかり嫌いになったの」と少女は小さく言葉をこぼした。
「さっき、あなたを見たときに、父が生き返ったんじゃないかってビックリしたの。声もよく似てるし・・・」
「え?君のお父さんに?いや、というか君のお父さんはもう・・・」
「うん、去年の夏に急に亡くなったの。病気でね・・・もう、長くなかったみたいで、私だけ知らされてなくて。だからお父さん、あんなに私の写真を撮りたかったのかなって今になって、わかった気がして・・・」少女の声が少しずつ涙声になってゆく。
「よくわかるよ」
そう私は一言だけ答えた。
「だから私には中学だった3年間、父が撮った私の写真がないの。なんだか父との想い出までもがまったくない気がして・・・。どうして父の望みを叶えてあげなかったんだろうって、それだけが心残りなの・・・」
うつむいたまま、少女は答えた。
それから彼女は、父との幼い頃の思い出を話し始めた。時々、私はうなずきながらも小さく時が流れていった。そして私は思いついたように、突然、彼女にこう尋ねた。
「君の名前は?」
「美樹よ、どうして?」
不思議そうに彼女は答えた。
「ねぇ、目を閉じて、手を広げて。
写真のお礼に君にあげたいものがあるんだ」
少しだけ心が打ち解けた彼女に、私は小さく片目を閉じて、彼女に微笑みながら言った。
「う、うん、これでいい?」と彼女は戸惑いながらも目を閉じて、胸の前で両手を合わせ、受け止めるような形にした。
「さぁ、いいよ、もう目を開けて」
手の平に視線を落とした彼女のきれいな瞳には、私が拾ったフヨウの美しい花びらが映っていた。彼女は不思議そうに私に顔を向けた。
私はそのタイミングが欲しくて、
少しだけ大きな声で、彼女にこう言った。
「さぁ、美樹、笑って。
父さんはとても幸せな人生だったよ」
すると彼女は、ちょっとだけ驚いて
そしてこぼれた涙をぬぐうと、私に満面の笑みを浮かべた。
ありがとう・・・
そう彼女は唇の動きだけで言った。
私はゆっくりと、
彼女にシャッターを切った。
最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一