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翻訳家が見た!「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」 にあった誤訳の話

※この記事は映画「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」のネタバレを含みます。


めっちゃ面白かったです

Ke Huy Quanがアカデミー賞受賞したことで話題になりましたね。
グーニーズや、インディ・ジョーンズに子役として出演していた役者さんらしいですよ。映画の中でもキラリと光ってました。

そんな映画で誤訳を見つけてしまった

僕は先月、飛行機の中で見ていたのですが…気になってしまったのです。字幕が!!!!

実際のシーンをご覧ください

状況 「母親と娘が岩になって話をしている」

映画を見ていない方へ
→はい、誤字ではありません。映画の中で主人公と、その娘が岩になって話をするというシーンがあります。詳しくは映画を見てください。

岩なので、もちろん声は出せません。音ではなく、場面の中に文字が浮き出てきます。

(思いっきり飛行機の中の感じですが、許してください。)

こんな感じです
白が娘のジョイです
黒がその母エヴリン
ジョイ「次に訪れる新しい発見によって もしかすると…」
ジョイ「さらにちっぽけで馬鹿な気持ちに 私たちはなるかもしれない」
エヴリン「言語とか?」

はい ストップ

ここです。
この訳です。

言語とか?

「これは…違うな」
ニューヨーク到着まであと6時間。その時、飛行機の中で難しい顔をする筆者がいました。

続きを再生

何が違うのか説明する前に一回続きを見てください。

ジョイ「嘘でしょ?」
エヴリン「今のは冗談よ」
ジョイ「笑」
エヴリン「とんだ冗談ね!」
ジョイ「笑…」
ジョイ・エヴリン「笑…」

はい。
いかがでしょうか。

意味が通ってないんよ

はい。これだと意味合いが通りません。
頭から映画を見ている方でも、置いてけぼりになってしまうと思います。

解説

見ていない方のために予備知識の補足

ジョイはアメリカ生まれの若者(20代?)で、エヴリンは中国からの移民で50-60代。難しい話になると、英語が少しおぼつかない。考え方も年相応。ジョイからすると頭が固くて口うるさい。すれ違いが多く、親子関係はぎこちない感じです。

このシーンはある種、親子が打ち解けるような場面です。

「言語とか?」がなぜ誤訳なのか

結論からいうと、
ここでの "Language." は 「口が悪い」という意味です。
その前のジョイのセリフを見るとすぐにわかります。

Joy: "And who knows what great new discovery is coming next…"
Joy: "to make us feel like even smaller pieces of shit." *
Evelyn: "Language."

ジョイ「次に訪れる新しい発見によって もしかすると…」
ジョイ「さらにちっぽけで馬鹿な気持ちに 私たちはなるかもしれない」
エヴリン「言語とか?」

*italic →太字で代用

「piece of shit」というジョイの発言に対して
「そんな言葉は使ってはいけません」とエヴリンが言っているわけです。


直してみる


「次に訪れる新しい発見によって もしかすると…」

さらにちっぽけで馬鹿な気持ちに 私たちはなるかもしれない」
「余計に私たちはちっぽけなカスなんだって気持ちになるかも」

「言語とか?」
「口が悪いわよ」


続き

それでこの後のセリフに綺麗につながるわけですね。

Joy: "Seriously?"
Evelyn: "I'm joking. That was a joke."
Joy: "ha ha ha"
Evelyn: "A big FUCKING joke!"

ジョイ「嘘でしょ?」
エヴリン「今のは冗談よ」
ジョイ「笑」
エヴリン「とんだ冗談ね!」

………

続きも直してみる

「嘘でしょ?」
(ここにきて、まだそんなこと気にする/言い出すの?)

「今のは冗談よ」

「笑」

「とんだ冗談ね!」
「クソ冗談ね!」

自分も汚い言葉を使うことでエヴリンが娘に歩み寄っている大事な一言なので、そこの意図は汲んであげたいですね。

最後に

いかがでしたでしょうか。いつもこんなことばっかり考えながら翻訳の仕事をしています。脚本家の方が考えた意図がひとつひとつのセリフに込められているので、死ぬほど時間がかかるんですが、ひとつひとつの訳を悩み抜くことが大事だと思ってがんばってます。

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以上、読んでいただきありがとうございました!

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